コラム


◆コラム1◆ 青眼のネコの難聴

ダーウィン(Charles Darwin)の名著「種の起源」には青眼のネコの難聴についての記載があります。眼(虹彩)色異常の動物が難聴であることは古くから知られていたようです。これはメラノサイトの分化欠損によります。個体発生において,メラノサイト前駆細胞は神経管背部から長い道のりを移動して皮膚,眼球の脈絡膜や虹彩,内耳の血管条などに定着して分化します。内耳の血管条は,蝸牛管中央階を満たす内リンパ液を分泌する組織ですが,メラノサイトはその機能に重要な役割を担っている中間細胞です。メラノサイトの分化欠損個体では,虹彩のメラノサイトを欠くために青眼になりますが,それと共に,内耳では内リンパ液の分泌がうまくいかなくなって難聴になるのです。アルビノでは聴覚異常が起きないので,メラニン産生とはまったく別の話のようです。メラノサイトは視覚や聴覚だけでなくさまざまなはたらきのあることがわかってきました。びっくりですね。

◆コラム2◆ 化石から蘇った恐竜…の体色

恐竜の体色なんて永久に分からない,そう考えられてきました。2010年早春,2つの研究がこの考えを覆しました。ひとつは,白亜紀前期の羽毛恐竜シノサウロプテリクスの研究です。シノサウロプテリクスの化石には明暗の領域がありますが,それぞれの領域の羽毛化石を走査電子顕微鏡で観察したところ,暗い領域にはフェオメラノソームがみられ,明るい領域にはメラノソームがまったく含まれていなかったそうです。この観察から,シノサウロプテリクスは全身が黄色羽毛で覆われ,尾が黄色と白色の縞になっていたと推定されました (Nature 463, 1075-1078, 2010)。

その後,間もなく同様な走査電子顕微鏡観察から,ジュラ紀後期の羽毛恐竜アンキオルニスの全身の体色を推定することに成功したと発表されました(Science 327, 1369-1372, 2010)。現生鳥類の羽毛に含まれるメラノソームの形や密度と羽色との関係を調べ,羽毛化石の各部位の色を推定しました。アンキオルニスは全身が黒く,翼羽は黒縁の白色羽で,頭頂部に赤い飾り羽毛をもっていたようです。飾り羽はメスにアピールするためのものだったかもしれませんね。



◆コラム3◆ 黄色マウスの研究から摂食増進ペプチドの発見

アグーチ遺伝子座のAyアリルをもつと,ASIPが体のあらゆるところでいつでもつくられるため,全身の毛が黄色になります。興味深いことに,この黄色マウスは食欲旺盛で,過食による肥満やインスリン非依存性糖尿病を発症してしまいます。この多面発現がヒントとなって,1997年,ASIPとの配列の類似性を基に,摂食増進ペプチド,アグーチ関連タンパク質(AgRP)がみつかりました(Science 278: 135-138,1997)。間脳視床下部では,AgRPと神経ペプチドY(NPY)を共発現するニューロンが摂食を促進し,α-MSHとコカイン・アンフェタミン調節転写産物(CART)を共発現するニューロンが抑制します。メラニン産生と摂食が,α-MSHが関与する似たしくみで調節されていることは何を意味しているのでしょうか?「色」と「食い気」,やはり関係しているということなのでしょうかね。

◆コラム4◆ キジ目キジ科の老鳥はオス型羽装に

2010年の夏,インターネットで興味深いニュースを見つけました。滋賀県大津市の個人宅で飼育されていた天然記念物「東天紅」(ニワトリの一品種)の高齢のメス(約15歳)がオスの羽装色に変化したという記事です。通常,東天紅のメスは全身の羽が茶色,オスは首や背中の羽が赤褐色で尾羽は黒色です。ところが,今回の老鳥,秋から約1カ月かけて換羽が済むとあら不思議,首と背中が赤褐色,尾も黒色に生え替わったそうです。同じように,2014年の秋,京都市動物園で飼育されていた高齢のメスクジャクに(16歳以上),オス特有の目玉模様をもつ羽が生えたことが報じられました。

いずれの場合も加齢により卵巣からの雌性ホルモンの分泌が低下したことでデフォルト羽装である雄型羽装が現れたと考えられます。東天紅もクジャクもキジ目キジ科。子育てに適したメスの地味な羽装は卵巣のおかげなのですね。

◆コラム5◆ 絶滅種の体色

4万3千年前(更新世)のシベリアマンモスの骨のDNA解析から,マンモスに体色多型が存在したことが報告されました(Science 313, 62,2006)。この研究では,マルチプレックスPCRにより増幅したマンモスMc1r遺伝子の塩基配列を決定したところ,2つのアリルの存在を見出しました。機能解析の結果,一方は正常な受容体活性をもつのに対し,他方は活性の低い受容体であることがわかりました。このことから,マンモスには明暗の体色多型が存在したと推定されました。同様に,ネアンデルタール人のMc1r遺伝子解析から,彼らが赤毛の白人であったことが判明しました(Science 318, 1453-1455,2007)。紫外線は日焼けや皮膚がんを引き起こす一方で,ビタミンDの合成に重要なはたらきをもちます。ネアンデルタール人の体色は,紫外線が弱くビタミンDが欠乏しやすい高緯度地域で生き残るための適応だったと考えられています。


◆コラム6◆ セキセイインコの黄色や黄緑をつくる酵素が同定

セキセイインコの羽装色はいろいろで,黄緑色(ノーマル),青色(オパーリン),黄色(ルチノー),白色(アルビノ)などさまざまな品種が存在します。これらの色のバリエーションは,psittacofulvinとよばれる黄色色素の層,ケラチンと空気がつくる層,およびメラニンの層の3層の在り方によってつくられます。最もなじみ深い野生型(ノーマル)はこの3層がすべて揃ったもので,メラニンに裏打ちされたケラチン/エア層がつくりだす青色の構造色と,psittacofulvinの黄色層により黄緑色が表現されます。この黄色色素,psittacofulvinが羽枝隆起のaxial plateにおいて,polyketide synthase (MuPKS)によって合成されることが報告されました(Cell 171, 427-439, 2017)。青色羽装のオパーリンは,その酵素の644番目のアミノ酸がアルギニンからトリプトファンに変化していたそうです。たった一つのアミノ酸置換で体色がこんなに変わってしまうというのはすごいですね。

◆コラム7◆ カナリアの黄色と赤色のちがいは遺伝子の変化に起因

カナリアの仲間には,羽装が黄色や赤色のものがいます。いずれの羽装色もカロチノイド色素によりますが,黄色種は食餌から摂取した黄色カロチノイド(β-カロチンやルテインなど)を羽の着色に利用していますが,赤色種ではこれらの色素を羽包や肝臓で赤色のケトカロチノイドに変換してから利用しています。この黄色から赤色に変換する酵素が最近同定されました(Current Biology 26, 1427-1434, 2016)。この酵素CYP2J19は,赤色感知の網膜錐体細胞の油滴色素産生酵素として,鳥類への進化経路においてカメ以降に出現したものでした。赤色種では遺伝子突然変異により,網膜に加えて羽包や肝臓で発現するようになって,羽装色が赤色化したとの考えが提唱されました。あの黄と赤のカナリア,それが遺伝子の発現調節領域の変異によるとはまったくもってびっくりですね。


◆コラム8◆ 野鳥の黒色変異種~その原因は…

ソロモン諸島では,チャバラカササギヒタキの黒色変異種が遠く離れた小島に生息しています。この黒色変異種の原因をゲノムワイド関連解析(GWAS)で調べたところ,ある小島の黒色変異種はMC1Rの変異(119番目のアミノ酸がアスパラギン酸からアスパラギンに置換;Asp119Asn)によるもので,別の離れ小島の黒色変異種はASIPの変異(55番目のアミノ酸がイソロイシンからトレオニンに置換;Ile55Thr)による可能性が高いことがわかったそうです(Proceedings of the Royal Society B 283: 20160731, 2016)。ちなみに,MC1Rの同様な変異がヒツジやブタの黒色変異種で報告されています。野鳥において,MC1RとASIPの異なる遺伝子の変異によって同じような体色変化が起こっているという事実は面白いですね。


◆コラム9◆ ASIPがアゴニストに変身!?

ASIPはMC1Rのインバースアゴニストとしてはたらき,MC1Rの受容体活性を抑えることが知られています。このことは,ハイイロリスでも同じなのですが,興味深いことに,ハイイロリスの体色黒化を引き起こす変異MC1Rに対しては,ASIPは受容体活性を刺激するアゴニストとしてはたらくことが報告されました(FEBS Letters 588, 2335-2343, 2014)。同じタンパク質が受容体によってアゴニストになったり,インバースアゴニストになったり。正反対のはたらきをするというのは実に面白いですね。


◆コラム10◆ ジャガーとヒョウの黒変種

ヒョウとジャガー,区別がつきますか?黄色の地に黒色の輪模様がヒョウ,その輪模様の中に点があるのがジャガーです。このよく似たネコ科の両種には黒変種が存在しますが,興味深いことにその原因遺伝子は異なり,遺伝様式も異なります。ブラックジャガーの原因遺伝子はMC1Rの優性変異遺伝子です。数個のアミノ酸残基が欠失することで受容体活性の抑制が利かなくなり,MC1Rがユーメラニン産生を促進し続けることで体色が黒色化します(Current Biology13, 448–453, 2003)。一方,クロヒョウの原因遺伝子はASIPの劣性変異遺伝子です。ナンセンス変異によってASIPの活性領域が欠損することで,フェオメラニン産生を促進することができなくなり体色が黒色化します(PLOS ONE 7,e50386,2012)。

異なる遺伝子の変異により同じ表現型が現れ定着しているというのは実に面白いですね。ちなみに,ブラックジャガーもクロヒョウも黒色の模様は消えずに見られるそうですよ。


◆コラム11◆ ヒトコブラクダの体色バリエーション

ヒトコブラクダ(アラビアラクダ)には薄茶,暗褐色,黒,白の体色バリエーションがみられる。この白色はMC1Rの翻訳領域のSNPと,黒色と暗褐色はASIP遺伝子の第2エキソン内の1塩基欠失と,それぞれ関連することが報告された(Journal of Heredity, esy024, 2018)。薄茶が祖先型とのことですが,この報告がヒトコブラクダのメンデル形質の初めての報告だそうです。脊椎動物でのメンデル遺伝が初めて示されたのはマウスのアルビノ(白子),1903年のことです。体色の遺伝は表現型が容易に分かるので,遺伝学研究の有能な対象ですね。

◆コラム12◆ セアカクロムシクイの羽装の性差

セアカクロムシクイはオーストラリアに棲息するスズメ目。非繁殖期は雌雄共に茶色羽装であるが,繁殖期前の換羽で,雄は全身黒色で背と腹の一部がオレンジ色の婚姻色羽装に変化する。血中テストステロン(T)濃度は,非繁殖期では性差がないが,繁殖期では雄で高くなる。そこで,非繁殖期の雌雄にTの入ったカプセルを移植して換羽させたところ,雌でも雄と同じ位置にオレンジ色の羽が生えた。しかし,茶色の羽は黒色の羽に代わることは無かった。オレンジ色はカロチノイド系色素,黒色はメラニン色素による。このことから,羽装性差のすべての特徴が一つのホルモンによって調節されているわけではないことが明らかとなった(Journal of Experimental Biology 219, 2016)。自分の遺伝子を後世に残すための生存戦略,さすがに単純なものでは無いのですね。


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