現状

東京高裁は、大学の主張を全面的に退け、学長らの証人尋問を経て判決へ。

1.事件の概要

「先生がどのような発言を学生にしているのかを調査する必要がありました。そこで、教職員が直接聞くこととなり、聞き逃す可能性があったので録音したのです。」(大学当局)

大学当局は、教授の授業を盗聴して秘密録音し、授業の録音テープを無断で使用していました。明治学院大学では授業の盗聴が慣例として行われており、今回の秘密録音も大学組織を守るために行ったとのことでした。この点について副学長は次のように語っています。「組織を守るための一つの手段として録音が必要だったわけですから、何も問題ないです」。

別の教員もまた、授業を盗聴された上で、「職務態度に問題がある」との理由で解雇されていました。明治学院大学では、授業を調査するための盗聴ばかりか、大学の教育理念であるキリスト教を批判しないように、授業で使う教科書を検閲したり、学生の答案用紙を抜き取って検閲したり、プリント教材を事前に検閲して配付を禁止したりしていました。「大学の慣例では、授業もテストも公開されていますので」(副学長)というのが、大学側の主張です。

ところが、教授が大学当局による授業の無断録音を公表すると、大学は「名誉を毀損された」との理由で教授を解雇してきたのです。そこで、教授は裁判所に救済を求めました。

2.事件の詳細

2015年4月、教授は1回目の授業をしていました。そのとき、教職員がスマホを使って授業を録音し、録音データを調査委員会に渡したとのことです。調査委員長は録音を聞き、調査対象の教授を呼び出して尋問しました。録音があることは隠したまま、「授業の中で、大学の方針に反対すると語っていたのか」と詰問してきました。その後、調査委員長が尋問の結果を教授会に報告し、教授を処分しました。これが明治学院大学のやり方です。

大学当局は、法に触れないぎりぎりのところで盗聴行為を繰り返して秘密録音をしていました。日本の法律では、盗聴も秘密録音もそれだけでは違法行為とはならないので、顧問弁護士が大学執行部や調査委員会に事前に指示を出していました。慣例的に授業の盗聴を行っている明治学院大学では、法的な対応には抜かりがありません。たとえ盗聴行為や秘密録音がばれたとしても、裁判にならなければ事実を認めることもないですし、録音者や録音資料を開示することもありません。「録音について説明する必要も開示する義務もない」(副学長)というのが、大学の見解でした。

2015年12月、大学当局は、授業の中で大学の運営方針を批判したとして教授を厳重注意にしました。本当は懲戒処分にしたかったのですが、大学を批判した程度で懲戒処分にすると裁判で負けるという顧問弁護士の助言に従って、とりあえず注意して、次の機会に確実に解雇できるように注意を重ねていきます。明治学院大学ではこれを「がれき集め」と呼んでいます。ところが、ここから予期せぬ方向へと展開していきます。厳重注意がなされたので、教授は、録音テープを使用した調査委員長の名前を公表して大学当局を告発することにしたのです。

大学の不正行為を知った学生たちは、手分けをして情報収集に行ってくれました。調査委員長のところに行った学生によると、「大学の方針に反対する教員が複数いて、教授もその一人だったから、授業を録音した」とのことでした。こうして大学当局による授業の盗聴と秘密録音が学生たちの間にも知れ渡ると、大学側は開き直って「授業の録音は正当なものである」(副学長)と言い逃れをしてきました。すると、学生たちが教授を支援したり、大学を非難したりするに至りました。教授が行ったアンケート調査によると、多くの学生が大学の盗聴行為を「犯罪」だと非難していました。調査結果を教授が公表しようとすると、ついには理事会が出てきて、2016年10月、教授を懲戒解雇したのです。

ところが、懲戒解雇は裁判では認められないという顧問弁護士からの助言もあり、普通解雇を抱き合わせにして教授を解雇することしました。教授は、理事会の意向で、明治学院大学のキリスト教主義を批判する不適切な教員ということになりました。理事会は、まずは解雇しておけばよいだろうと考えて、たとえ裁判になっても、民事事件だから金さえ払えば済むものと予想していました。顧問弁護士と相談した副学長は、「定年までの賃金の半分を支払えばよいから、8000万円から9000万円くらい、解雇が無効だとしても、1億円から1億数千万円の和解金を支払えば済む」と豪語していました。なお、明治学院大学は、2010年にも不当解雇裁判で敗訴しており、数千万円の解決金を払っていました。

さて、2016年10月、教授が労働審判を申し立てたところ、労働審判委員会は、すぐさま解雇を無効として復職を提案してくれました。しかし、大学が拒否したため和解は不成立となりました。そこで、2016年12月、教授は、東京地裁に地位確認を求めて提訴したのです。数回にわたって書面が提出された後、証人尋問があり、その後、和解協議に入りました。2018年4月、東京地裁は、解雇の撤回と無断録音の謝罪を和解案として提示しましたが、大学が謝罪を拒否したので和解は不成立となりました。そしてついに2018年6月28日、解雇は違法であるとの判決が下ったのです。

3.本件の地裁判決

「明治学院大学事件」の地裁判決は、次の通りでした。

1 教授が大学に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 大学は、教授に対し、33万2714円及びこれに対する平成28年10月23日から支払い済みまで年5%の割合による金員を支払え。

3 大学は、教授に対し、平成28年11月22日からこの判決の確定の日まで、毎月22日限り、69万8700円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済まで年5%の割合による金員を支払え。

4 教授のその余の請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、これを14分し、その5を教授の負担とし、その余は、大学の負担とする。

地裁判決を要約すると、1は解雇無効なので教授の地位を認め、2と3で賃金を認めたけれども、4の慰謝料は認めないというもので、5の裁判費用の割合から、教授の7割勝訴でした。結論としては、大学による解雇は解雇権を濫用したものだから無効であり、教授の地位と賃金は認めたものの、授業の無断録音は教授の人格権を侵害するものとまではいえないから慰謝料は認めない、というものでした。

まず、懲戒解雇について見ると、大学は教授の4つの行為(①録音に関与した教員の氏名を公表したこと、②教授会の謝罪要請に応じなかったこと、③学生にアンケート調査をしたこと、④調査結果を公表しようとしたこと)について、就業規則の懲戒事由に該当すると主張しました。地裁は、①と②について、教授にも落ち度があるとして就業規則への該当性は認めたものの、大学が録音行為について説明していないこと、教授会の要請が教授の認識に反する見解を表明させるものだから、懲戒解雇には該当しないと判断しました。

次に、普通解雇について見ると、大学は教授の授業における言動やキリスト教を批判する教科書を解雇理由として主張しましたが、地裁は、教授の言動もそれほど重大なものではなく意見聴取もされていないし、教科書のキリスト教批判も風刺と理解できるから普通解雇には該当しないと判断しました。

そして、慰謝料請求について見ると、教授は無断で授業を録音されたから人格権が侵害されたと主張しましたが、大学が録音したのは1回目の授業で行われたガイダンスでしたから、研究や教育の具体的な内容を把握するためのものではないし、録音は大学の管理運営のための権限の範囲内において行われたから適法とのことでした。以上から、地裁は、授業の無断録音は教育基本法の不当な支配には当たらず、教授の研究活動を侵害し自由な教育の機会を奪うものではないと判断しました。

判決の意義としては、大学当局に反対の意見を表明した教授の解雇について、裁判所が大学教授に憲法23条の教授の自由が保障されていることを重視し、解雇を無効と判断した点は評価できます。大学の組織運営に対する反対意見を表明したり、大学が標榜する教育理念を批判したりしただけで解雇するといった不寛容を許さないという意味があります。しかし、地裁が一般論として教授に断ることなく授業を録音することは不法行為を構成すると認めながらも、本件では録音が初回授業のガイダンスであった点を重視するあまり慰謝料請求を否定した点に不満が残りました。

4.本件の現在

2018年7月、大学は東京地裁の判決を不服として東京高裁に控訴し、ついで教授も慰謝料の支払いを求めて東京高裁に控訴しました。こうして双方が控訴した結果、本件は引き続き高裁にて審理されることになりました。2018年10月、1回目の裁判期日の後、すぐに和解協議に移ることになり、12月から翌年3月まで、6回の和解協議が行われ、双方から和解案が出されました。2019年3月末、提示された和解案は、解雇の撤回、無断録音の謝罪、解決金の支払い等であったのですが、和解はついに成立しませんでした。そして、2019年4月、裁判官が交代して仕切り直しとなりました。6月、新しい裁判長は大学の主張を全面的に退け、盗聴を指示していた学長と副学長の証人尋問を検討するとのことでした。

これまでのところ、労働審判においては復職の提案がなされ、地裁においては解雇無効の判決が下されていますので、教授の2連勝なのですが、高裁ではどうなるのか、そして最高裁ではどうなるのか、まだまだ予断を許しません。

5.最新情報

明治学院大学は、学生を15パーセントも増やしながらも、教養科目の教員は20パーセントも削減することにしました。これに合わせて、授業態度が悪いといって言語文化論の講師を解雇し、大学を批判したといって倫理学の教授を解雇しました。最初に解雇されたのは、「明学★人気授業ランキング」で1位と2位の教員でした。人気教員を解雇して人件費の削減に貢献したセンター長と主任は、その功績によって副学長と学部長に昇格し、キリスト教信者にもなって理事会のメンバーに抜擢されました。その後、学内で日常的に横行している「非公式の懲罰や私刑や制裁」を告発した、哲学担当の教授も解雇されました。明治学院大学のニュースメディア「明学プレス」によると、「大学を追われた教授は多数いる」とのことです。

理事会は、浮いたお金でキャンパスを移転し、新学部にスポーツ学科まで作るそうですが、地裁判決後、大学の中では、解雇を強行した理事会の責任と、無断録音を指示していた学長・副学長の責任を問う声も上がってきており、事態の収束を図ることのできない顧問弁護士への風当たりも強くなっていると聞いています。