プロローグ
人は信じるものなしに生きていくことはできない。
信じるものを失ったとき、私たちは命を落とすのだろう。
魂をノヴァに還すこと…つまり殺しこそが、私の“信じ”だった。
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桜が舞ったのをみて、もうそんな季節か。と鼻を啜った。まだ少し寒さが残っている。大きなプルオーバーパーカーのポケットに手を突っ込んで、足早に路地を抜けた。
髪を隠した帽子を深く被って、襟で口元を隠す。人気の少ない郊外の道に、目的の人間が私の前を歩いていた。その、目的の人間を抜かすように足を早めると、突然、ダンッと鼓膜が震える様な銃弾の音。それと同時にそいつはパタリと倒れてしまった。近づくとソレはトクトクと首から血を流している。銃弾により、頸動脈は綺麗に破られていた。
獲物を取られて、気分が悪いような、綺麗な殺し方で少し感心してるような。
弾が飛んできた方を見上げると黒い影がニヤリと笑った気がした。同業の人間だろうか。関わらないように、と素通りしようとすると、上から声をかけられる。思わず足を止めると、声をかけてきた人間はスルスルと縁を駆使して廃れたビルの上から降りてきた。
「なぁ、血塗れのザックってお前?」
不織布のマスクをした、真っ黒な瞳、真っ黒な髪の背の高い男が私に尋ねる。
私はその男を見たことがあるような気がした。
ジリジリと近づいてくるその男から逃げるように一歩ずつ後ずさる。明確な殺意がみえてこないから、何を企んでいるのかさっぱりわからない。
私は肯定も否定もできず、ただ、その男と目を合わせ続ける。
男が私に手を伸ばしてきた瞬間に私は小型の拳銃を取り出して、掠めるように引き金を引く。
パァン、と鳴り響いた銃声が合図のように、私と彼の鬼ごっこが始まった。
勘弁してくれ。
切にそう願ったのは生まれて初めてだったかもしれない。
1話
自分の過去を聞かれると、話が長くなるので割愛させてもらうけど、一言で言うなら、「普通ではなかった」と思う。
しかし、生きて行くにはその普通に紛れてしまうのが一番平和だと、私は本能的に知っていた。
自分の正確な年齢などはわからないが、便宜上18になって私は高校を卒業した。そして今日、大学へ進学する。そんな普通を私は全うしている。14歳の頃から18に至るまでの4年間、なにもヘマすることもなく、着実に。
だからそれはこれからも続くものだと思っていた。これが私の人生なのだと。
「水面 彼岸です」
たまたま受かった大学の、適当に選んだサークル。そこで、私は目を惹くほどの黒髪と黒い瞳を持った男に出会った。出会ったというよりは、再会した、と言ったほうがいいかもしない。その男と会うのはすでに3回目だった。そして、できれば出会いたくないと思っていた。
1度目は自宅のアパート。そいつは隣の部屋の住民だった。血の匂いを纏い、機嫌が悪そうに帰宅した彼と蜂合い、しっかりと目があった。彼はまるで私のことが見えていないかのように目線を自身の部屋の鍵穴に戻し、部屋の中へと消えていった。
それだけで関わりたくないと思うには十分だったのに、つい昨日、”仕事中”に彼に遭遇した。あちらはそれが“赤﨑 石榴”であることに気がついていないようだったが、このままでは時間の問題だ。
早急に大学もアパートも捨てて、どこかへ逃げてしまったほうがいいかもしれない。……いや、そうするべきだった。
整った顔立ちの男は胡散臭い笑顔で自己紹介をした。
今日もそいつは私のことなど見えていないようだ。できればこのまま逃げ出したかった。
「じゃあつぎ、きみだね」
先輩が私の方を見てそう言った。はっとなり、ゆっくり立ち上がる。
「あ…赤﨑 石榴です。他国語サークルは…えっと、将来に活かしたくて入りました。よろしくお願いします」
緊張した面持ちで当たり障りのない自己紹介をすると、みんな優しく拍手をする。
再度席に座った私に、隣に座っていた女の子が話をかけてきた。
「私、紫雲 雨音。よろしくねぇ」
物腰柔らかい、波打った焦茶色の髪に青紫色の瞳をもった女の子。にっこりと笑うその子に同じように小さく笑顔を返す。
すると、彼女はずいっと椅子を近づけ、水面 彼岸を見て私に耳打ちをした。
「ねぇねぇ、あの人、かっこいいよね」
そう言われて、彼女の視線を辿る。彼はまるで空虚を見るように、退屈そうにしていた。
一般的には整った顔の部類……どころか、まるで造形物と言ってもいいほどの、若干人間離れした容姿を持っていた。
「仲良くなれるといいねぇ」
「そう、だね」
ちっとも思っていないことを口走る。
できれば関わりたくない。選んだサークルどころか、大学、居住地まで間違えてしまった。波乱の予感に思わずネックレスのチェーンを指でなぞった。
———
初めてのサークル活動が終わり、大学の門を出たところで、水面 彼岸が背後からやってきた。できるだけ距離を取ろうと早足で帰路を辿ったが、身長180近くもありそうな男の早さに敵うはずもなかった。おまけに帰る場所は同じだ。
「ねぇ、赤﨑ちゃん」
名前を呼ばれて無視をするわけにもいかないので、渋々振り返る。
彼はゆっくり近づいて、私の右手を優しく掴んだ。
彼のヒンヤリとした手に少し悪寒を感じながらも、私はそれを拒まなかった。
「血塗れのザックって知ってる?」
…脈を測られている。私が嘘をついていないかを探っているのだ。
けれど、私はあいにくその名前を存じ上げない。昨日もその人を探していたのは知っているが、焦るような質問ではなかった。おそらくその“ザック”という人物は、私と同じように殺しを行う人間なのだろう。なぜ彼がその、ザックという人間を探しているのかは知らないが、基本的にこういうのは関わらない方が良い。
「さぁ…漫画のキャラクターか何か?」
私がそう惚けると、彼岸はするりと手を外した。
「そ?俺の勘違いだったかな」
「…」
「ま、いいや。一緒に帰ろうよ。道一緒だよね」
(なんだ、同じアパートだってこと、気がついていたの。…それは…都合が悪いな…)
私は持っていたリュックサックをきゅっと掴んで、愛想笑いを浮かべる。
「ごめん。寄るとこあって」
「ふぅん…もしかして俺避けられてる?」
「そんなこと…ある、かも。ほら、彼岸くん、女の子に人気みたいだし、変に勘違いされても嫌だなって」
嘘をつくときは少し事実を混ぜるといいらしい。そんなことないよ、というよりは、もう、避けていると認めた方が効果的だ。
「あぁ、そういうこと。まぁでもお隣さんなんだし、仲良くしようよ」
彼岸は機嫌が良さそうに笑う。私は困りながらも笑いを浮かべ、彼から目を逸らした。そんな会話をしていると、後ろから聞き覚えのある声が響く。
「あ、赤﨑さんに水面くん!」
振り返るとそこには先ほど、隣に座っていた少女・紫雲 雨音が私たちに手を振りながら駆け寄ってくる姿があった。
まるで彼女が私を助けてくれたような感覚になる。
「紫雲さん…」
「いいなぁ水面くん、赤﨑さんともう仲良くなったの?」
「いや」
思わず否定の言葉が出た。少ししまった、と感じて口を噤む。ちらりと水面 彼岸のほうに目を向けると、空虚を見つめる様な退屈そうな表情を浮かべていた。
「あれ?うふふ、そうなの?仲良くしようよ。紫雲なんて呼びにくくない?雨音って呼んでよ。私も石榴って呼びたいなぁ」
「うん。石榴でいいよ」
「やったぁ。水面くんも、気軽に呼んでよ」
雨音は私の両手を握って軽くピョンピョンと飛んだ。女の子らしく、可愛らしい姿に思わず笑みが溢れる。
「あぁ、うん。俺のことも好きに呼んで」
「いいの?よろしくね。彼岸くん」
雨音が彼岸に向けてにっこり笑うと、彼も同じように愛想笑いを浮かべて、先を歩いて行った。…しかし、まぁ、結局向かうところは同じなわけだけど。
「ごめんね、会話遮ちゃって。なんとなく、困ってるように見えたから」
「え、あ、…りがとう…」
「彼岸くん、かっこいいけど、いろんな噂聞くもんね」
「噂?」
「女遊び激しいとか。色々?」
「あぁ…」
雨音はずいぶんと感情に鋭いようだった。
まるで「愛されて育ちました」とラベリングされているかのような女の子だった。明るくて、優しい可愛らしい女の子。クルクルと表情を変えて楽しそうに帰路を辿る彼女を、私はまだ、何にも理解していなかったわけだけど。
———
そして、数日。
あれから彼岸に血塗れのザックとやらを追及されることはなかった。
淡々とすぎていく大学生活に、そろそろ慣れを感じる頃。
《〇〇グループ 壊滅?
XX年4月28日 製薬会社の社長〇〇氏が先日遺体で発見された。
兼ねてより裏社会との関わりを言及されていた〇〇氏であったが——...》
「ざーくろっ」
「雨音」
「何読んでるの?ってニュース?」
「あ、や…間違えて開いちゃって。」
この国では人が死ぬのなんて、日常茶飯事だ。水面下では裏社会が国家を牛耳っており、不都合はすぐに消されてしまう。それに乗じて起こる犯罪件数は年々上がっていっている。
悪しき魂をノヴァに還すために私も人の命を奪っている。悪いことなんてするもんじゃないな、と私が思うのも変な話だ。
「このニュース、結構近所なんだって。知ってた?」
「彼岸…」
私と雨音の会話に混ざった彼岸が私を見て笑う。居た堪れずに目を逸らす。彼はこの事件の犯人をほぼ確信しているようだった。
「この社長、結構ヤバい薬流したりしてたんだってさ」
「聞いた聞いた、結構派手に殺されてたらしいし、見せしめだなってパパが言ってたなぁ」
「へぇ…」
「石榴も気をつけなよ」
「…どうして私が」
「悪いことしてるから?」
「してない。彼岸の方が気を付けたほうがいいんじゃない」
「あはは、言えてる!」
私と彼岸の言い合いに、雨音が肩をすくめる。なぜか、サークル内ではこの3人でいることが当たり前になってきてしまった。
円形の机を囲んでノートを広げる。互いの得意な言語が違うから、ちょうどいいといえばちょうどいいのだけど。
「ストラディアもいつからこんなに治安悪くなったんだろー。昔はこんなじゃなかった気がするんだけどなぁ」
「ま、いいんじゃない。べつに。悪いことしなきゃ殺されないでしょ」
「えー私か弱いからすぐ殺されちゃうな」
「大丈夫大丈夫、可愛い子は殺されるってより売られるだけだから」
「もっとやじゃん」
随分と慣れたもので、彼岸と雨音は私を挟んで冗談を言い合って笑う。私たちはすっかり、大学のサークル仲間となっているわけだ。
私と彼岸のアパートが同じだと知った雨音は「えーっいいなぁ!付き合っちゃいなよ〜」と無責任な言葉を投げてきた。出会った当初、彼岸に問い詰められ困っている私を助けてくれた子と同一人物とは思えない。
「ねね、今日夜どっか食べに行かない?パパとママが記念日ディナーでお家にいないんだぁ」
「ストーキングは今日はしなくていいの?」
「ストーキングじゃないもん!今日はいいの!お家で寝てるみたいだから」
(ストーカー…)
雨音はとある人物に片思いをしているらしく、その人物の行動を1秒たりとも見逃したくないらしい。
恋人でもないのに相手の行動を勝手に把握している時点でアウトだと気が付かないのは世間知らずなせいだろうか。
そんな言葉で片付けていいものかとも思いつつ。
「ごめん、今日は用事ある」
「俺も」
「え〜じゃあいいやぁ。お家で1人で食べよっかな」
不貞腐れた雨音は今日はめっきりやる気を無くしたそうで、ノートの端っこに落書きを始めた。机に伏せた雨音を見た後に、チラリと彼岸の方を見る。目が合うと彼岸は表情も変えないで、私と視線を合わせていた。
「なに?」
「いや、こっちがなに?」
視線の意味を尋ねると、少し機嫌が悪そうに返される。会話を続けるのも面倒で、スッと目を逸らすと、彼岸は私の耳元で囁いた。
「俺もついていってあげるよ」
「…なんの話?」
「さぁ?」
私たちの会話を雨音は「私も混ぜてよぉ!」と遮った。
雨音には助けられてばかりかも。
あぁ、嫌な予感がする。
2話
日が暮れ、真っ黒な月が登る。今日は新月だ。春は仕事が多い。
出会いと別れの季節とはよく言ったものだ。
ターゲットがもうすぐ、ここへやってくる。約束の時間まで、あと30分。どうか、邪魔されませんように。そう心の中で祈りながら、首元のノヴァの瞳を握った。
路地裏のコンテナの影に身を潜めながら、気配を殺すじっと集中を研ぎ澄ましていると、とあることに気がつく。
(…あぁ、嫌な匂いがする。)
水面 彼岸が近くにいる。
(尾けられた?いや、かなり警戒していたのに?)
しかし、風向きを考えると私の背後にいるわけではなさそうだ。
昼間の彼岸の言葉を思い出す。
「俺もついていってあげるよ」
あれがどういう意図で発せられた言葉なのかわからないが、私が認めない限りは彼岸は私を暗殺者だと断定することはできない。
彼岸は厄介だ。バレれば退学は確実、ストラディアから出ていくことを視野に入れなければならない。
そんな風に考えていると、前から男が歩いてくる。非常に平然と、何かを警戒するわけでもなく、たまたまここを通る一般人のように。こんな治安の悪い国で、こんな時間に、こんな路地裏を一般人が通るわけもない。
私はソレにバレる前に隠していた身を曝け出す。彼岸が進む道の前に立つと、彼はニッコリと笑った。
「やっぱり会えたね、血塗れのザック」
私は声も発さず、服に顔を埋める。彼は私が“血塗れのザック”だと思い込んでいる。
顔は不織布のマスクで覆うだけの、飄々とした態度に気圧されてしまう。
この人はきっと、何も持っていない。大切にしているもなんてなにもないから、姿を隠す必要がないのだ。
この間、コイツとやった鬼ごっこは非常に神経が削られた。もちろん足は速いし、鼻も利いて、勘もいい。容赦も躊躇いもなく、私を本気で狙ってくる。なんとか身を隠し、撒くことができたけれど、次に同じことがあれば、正直勝負はわからない。
殺せたらどれだけ楽だろうと、下唇を噛んだ。
「この間の鬼ごっこ楽しかったよ。けど、まぁ帰る家が一緒だなんて思わなかったね」
「…」
「帰ってきた時の足音ですぐわかったよ。あー、さっきのやつと同一人物だなって」
これに限る。どれだけ逃げようと、帰る場所が同じなのだ。判断が揺らぐ。
約束の時間が刻一刻と迫っている。こんなやつに構っている暇はない。こないだみたいな鬼ごっこなんてもってのほかだ。
「安心してよ。ザックのターゲット、ここには来ないよ」
彼岸はそういうと私に携帯機器を投げつけた。見慣れた端末だ。
その画面を見ると、確かに私が殺すはずだった男が大量の血を流して地面に横たわっている写真が写っていた。少しだけ顔を歪めると、携帯機器を返せというように手を伸ばす。私も同じようにそれを投げつけた。
「誰が殺しても一緒でしょ。いいじゃん、手間が省けたんだから」
「…」
「…ねぇ石榴、返事してよ」
確信をもった彼岸が“私”に呼びかける。
「この前みたいな鬼ごっこでもする?得策じゃないと思うけどね」
一歩一歩近づいてくる彼岸に向き合ったまま、私は立ち竦んでいた。
最善が思い浮かばなかった。
逃げる?帰る場所は一緒だ。逃げ切って、二度とあのアパートにも大学にも足を運ばない。それが最善か?
殺す?できない。私はノヴァ教の“返還者”として行動に責任を持たなければならない。
話す?話した先の想像がつかない。
(こいつは私に何を求めているんだ…)
迷って動けずにいることが一番のミステイクだ。
結局前と同じように拳銃を取り出した。彼岸はその時を待っていたとでも言うように、私の腕に絡みつく。まずいと思う間もなく、グキンッと肘から嫌な音が鳴った。
「ッ…!」(関節を外された…!)
握っていた拳銃が右手を彼岸が開かせる。それを阻止するように、私は左手にナイフを握り、彼岸に振りかざした。殺しさえしなければいい。それでも殺す気で首元を狙った。しかし、刺さる寸前、彼岸は私の左手首を掴んだ。刃先が彼岸の首元を突き刺し、微かに血が流れる。
(止められたっ……)
彼岸が私から拳銃を取り上げると、右腕はぶらりと宙に浮いた。左手首は握られたまま、彼岸は私の帽子を外し、服のジッパーを下ろす。自分の長い黒髪が頬を撫で、隠していた口元が露わになった。
「夕方ぶりだね?石榴」
「…放して」
彼岸を睨みつけると、彼は楽しそうに笑った。左手首を握る手がどんどん強くなっていく。
(折る気だ……あぁ、もう、最悪だ)
逃げる算段を必死に組み立てる。痛みで顔が歪みそうになった時、一匹の猫が私たちに向かって強い威嚇を放った。
「なぁぁぁぁあん!」
「「!」」
互いに気を取られたが、判断は私の方が早かった。
気の緩んだ彼岸から左手を振り解き、彼のお腹を強く蹴り、突き飛ばす。
猫のいる方向へ身体を向け、右足を踏み込んだ瞬間、銃声が鳴り響き、銃弾が私の横を突き抜けた。
それは先ほど威嚇を放った三毛猫に命中した。
「あれ、そこの黒猫狙ったつもりだったんだけど」
その三毛猫は母猫だったようで、周りに子猫が心配そうに集まってくる。
彼岸は「はは」と乾いた笑いを浮かべながら、その子猫たちにも躊躇いなく引き金を引いた。
私は生まれて初めて他者の行動に引いていた。
今更残忍な光景に心を痛めたりはしないけれど、殺しの理由は私と彼岸では明確に違った。彼岸は心の底から「殺し」を愛しているようだった。自分の命ともども、生命なんてどうだっていいんだ。彼はきっと、殺ししか愛さない…。今まで何度もろくでもない人間を見てきたけれど、そんな人間に初めて出会った。
彼岸は呆気に取られる私の頭を掴み、路地の壁に勢いよく打ちつけた。意識が朦朧とする中、はっきりと認識できたのは、左肩の関節を外される感覚と、自分の身に纏うものを剥がされているという事実。
冷たい、ノヴァ様の瞳が揺れているのを感じて、私は貞操を失ったことを理解した。
———…全ての事を終えると、彼岸は私の関節を戻し、服を着るよう促し、機嫌よさそうに笑った。
私は睨みつける元気もなく、口の中の血を吐く。
「あー久しぶりによかったなぁ。結局最後までちゃーんと意識あったし。さすがだね」
「…」
私が立ち上がろうとした時、物陰から一匹の子猫がおずおずと姿を現した。
まだ、生きている子がいたのか。わざわざこんなタイミングで姿を現さなくても、と少し呆れた。彼岸は煩わしいものを見るような視線を向けて、銃口を子猫に向ける。
「やめて」
そんな言葉が出たことに、自分でも驚いた。散々人の命を奪っている身で、止める資格など存在するはずがない。彼岸も少しだけ驚いた顔をしたが、私の言葉に気を悪くしたのか、ポイと銃を私に投げ捨て、私の首を強く掴んだ。
「石榴、俺と仲間になってよ。お前の殺し方に興味がある」
「ッ…な…………はぁ???」
「そしたら、あの猫、殺さないであげるし」
闇に飲まれそうな真っ黒な瞳に吸い込まれそうになる。
普段だったら、絶対に乗らない話に、疲れと動揺から冷静さも判断力も失っていた私は、「わかった」と小さく呟いた。返事を聞いた彼岸はフッと笑って、私の首からするりと手を外す。帰路についた彼岸の背中を見送って、憐れにも私の膝に乗ってきた子猫を抱き上げ、彼岸の歩いて行った道をなぞる様に辿った。
「いつか絶対に殺してやる…」
ぽつりと呟いた台詞に自分で驚いた。私は水面 彼岸という種類の人間に初めて出会った。敵意、だなんて言葉では言い表せないが、他の言葉を知らない。
このバッドエンドのようなシナリオが、私と彼岸の物語の始まりだった。