心理療法としてのミュージック・セラピー
心理療法としてのミュージック・セラピー
心理療法としてのミュージック・セラピーのセラピールームには,様々な楽器を用意しています。どの楽器も,本物の質のよい楽器です。鳴らすのに難しい技術などは必要なく,叩いたり,振ったりするだけで,簡単によい音が出せます。中には,手触りが心地よい楽器もあります。様々な形,色,触感,素材,音色をもつ楽器を使って,クライエント(とミュージック・セラピスト)は音楽的に表現していきます。簡単に質のよい音が出る本物の楽器を用意することの大切さをお伝えするために,ミュージック・セラピストの書いた記述をいくつか紹介しましょう。
「質のよい音は,深い内的交流を促進するために不可欠です。楽器は,言語に代わる交流に耐えらえるだけの,あるいは自己を映し返す道具となりうるだけの特性をそなえていなければならないのです。」(稲田雅美『ミュージックセラピィ:対話のエチュード』ミネルヴァ書房, 2003, p.114より)
「安価なもの(楽器)はたくさん手に入れやすいでしょうが,満足な音が得られません。音の質はたいへん重要です。響きの澄んだ音ほど子どもの集中力を高めます。」(イレーネ・ストリーター『子どもとつくる音楽:発達支援の音楽療法入門』クリエイツかもがわ, 訳書出版2005, p.30より)
「楽器の音質に関して妥協しないこと!いい音がする楽器を弾きたい!いい楽器を弾いていること自体が私たち自身を気持ちよくしてくれる。もしあなたがひとつの音を鳴らすのに全身の力を要する人々(例えば小児麻痺や,脳溢血を起こした人など)と働いているとしたら,その音がシンバルであれ,チャイムバーであれできる限り素晴らしい音が響くようにしたいと思わないだろうか?」(メルセデス・パブリチェビク『みんなで楽しく音楽を!:音楽療法士からの提言」』音楽之友社, 訳書出版2006, p.57より)
他でもない<あなた>の内面を表現するための楽器が,安価なおもちゃであったらどう感じるでしょう。あなた自身が安く見積もられているように感じないでしょうか。大人のあなたに,幼児用の楽器が用意されたらどう感じるでしょう。例えば,きっとみなさんも幼稚園や小学校で使ったことのある赤と青のカスタネット,これ自体は必ずしも質の悪いものではありませんが,それでもまるであなた自身が幼児や小学生のように見られていると感じないでしょうか。ミュージック・セラピーでは,クライエントが大人でも子どもでも,1人の人として敬意をもって関わります。楽器の準備をするときにも,そのことを忘れません。
下の写真は,私が現在の職場(短大)の教室に模擬的に作ったセラピールームです。あくまでも一例ですが,例えばこんな風に楽器や椅子を配置します。
模擬的に作成したミュージック・セラピーのセラピールーム①
模擬的に作成したミュージック・セラピーのセラピールーム②(①と同じ部屋の別の角度)
さて,セラピールームは,プライバシーが守られる場であることが非常に重要です。セラピールームに,クライエントとミュージック・セラピスト以外の人が同席し見学していると,クライエントもミュージック・セラピストも心の作業に集中することができません。他者の目を気にしないことはできません。第三者が室内にいると,意識的には気にしていないつもりでも,無意識のうちに,その人に見られてもよい姿しか見せられません。その人に聞かれても大丈夫な音しか出せません。大事なことは話せません。セラピールームの中で起こったこと,表現されたことは,<ここだけのこと>であり,クライエントとミュージック・セラピストの間だけのことであり,外に持ち出すことは決してない,という確固たる約束があるからこそ,クライエントは安心して自分自身の内面を,自分自身のもつ様々な感情を,ミュージック・セラピストとの間に表し,探索していくことができます。安心して挑戦し,失敗することもできます。
例えそれが家族でも,家族だからこそ,家族を思うからこそ,見せられないことや言えないことがあったりします。クライエントが子どもの場合も同じです。子どもは親が見ていないところで成長したりします。あるいは成長した姿を親に見せるのが恥ずかしいという気持ち,みなさんも経験したことがありませんか?セラピールームに親と一緒に入るのではなく,自分1人で入る。そして,自分が主体としてミュージック・セラピストと関わる,というのは,子どもにとっては,自分が「親の子ども」として扱われているのではないということです。ミュージック・セラピストは,クライエントが子どもでも大人でも,独立した1人の人として向き合います。クライエントが1人でセラピールームに入るというのは,そのことをクライエントに示すことでもあります。それは,クライエントに,自分の内面を探索する勇気をもたらすと思います。
日本では,ミュージック・セラピー(音楽療法)の中には心理療法としての実践もあるということが,あまり広く認識されていないと感じています。だからではないかなと思うのですが,このようなプライバシーの重要性を理解してもらうことが非常に難しいと感じています。例え子どもでも,例え障がいなどのために自分で話したり動いたりすることができなくても,セラピールームのプライバシーを守ることがクライエントの利益になる,ということを理解してもらえるように努力しなくてはと思っています。