南大洋(南極海)の最大の特徴は海氷の存在です。冬季の最大海氷分布面積は約2,000万平方kmに達しますが、夏季にはそのほとんどが融解し、約200〜400万平方kmにまで減少します。夏季の海氷縁辺域では、海氷融解により海洋表層の塩分が低下し、成層構造が発達するため、植物プランクトンの大増殖(氷縁ブルーム)が起こります。ここで生成される一次生産有機物が食物連鎖の出発点となり、南極海の豊富な生物資源を支えていると考えられています。
しかしながら、海氷域での長期間の観測は簡単ではなく、危険も伴うため、南大洋の生態系や物質循環については未だに不明な点が数多く残されています。
当研究室では、国立極地研究所・東京海洋大学・国立環境研究所などと共同で、漂流系を用いた観測など様々な方法を駆使して南大洋の生態系研究を行っています。
南大洋季節海氷域
南極や高山、深海などには低温に適応した微生物が生息しています。彼らは進化の過程で低温でも生育できる能力を獲得しました。しかしながら、それらの多くは未だ培養されておらず、生理生態については多くの謎が残されています。
当研究室では、低温環境の中でも南極大陸に注目して低温に適応した微生物の研究を行っています。南極大陸は、単に寒いというだけでなく、乾燥、貧栄養、強紫外線とった複数の極限環境に曝され、また沿岸部には様々な塩濃度の湖沼が存在します。このような多様な環境は、北極、高山、深海などには見られません。したがって南極大陸には、他の低温環境よりもずっと多様な好冷菌が生息しているはずです。
当研究室では、南極大陸で採取した湖沼の堆積物や水試料などを用いて、誰も培養したことのない新規な低温適応微生物の発見を目的とした分類学的な研究を行っています。
南極大陸 露岩地帯(ユキドリ池)
好熱菌とは、至適生育温度が45℃以上の微生物の総称です。これらの中には、至適生育温度が80℃を超える種も存在し、超好熱菌と呼ばれています。
好熱菌は、全生物を含む進化系統樹上で最も「根」に近い部分に位置づけられていることから、地球上に最初に誕生した生物の性質を色濃く残していると考えられています。したがって好熱菌を研究することにより、最初に誕生した生物はどのような性質を持ち、どのように進化が始まったのかについて考える材料となります。また、好熱菌の酵素は高い熱安定性をもち、遺伝子工学などの分野で利用されています。最近よく耳にする「PCR」も、好熱菌のDNA合成酵素を用いる事によって実用化されました。
当研究室では、好熱菌の分類学的研究を行ってきました。温泉の源泉等から好熱菌を分離し、性質を詳しく調べて新種として記載(論文として公表)します。それらの新種は、記載と同時に公的な菌株保存機関にも寄託され、様々な研究者が利用できる共有の生物材料となります。
鹿児島県霧島市「湯の池」
温泉には、一般的な好熱菌の他に、光合成を行う様々な微細藻類、具体的には、シアノバクテリアなどの原核藻類と、紅藻・珪藻・緑藻などの真核藻類が生息しています。高温環境で光合成を行うという興味深い生物ですが、一般の微生物と比較すると記載種は少なく、種内多型や生物地理学的な知見も多くありません。
当研究室では、2021年から新たに温泉藻類の研究を開始しました。これまでの好熱菌研究で培った技術やノウハウを生かして、新種の探索と記載、および遺伝的多様性と生物地理学的研究を進めていきたいと考えています。
温泉藻の一種 イデユコゴメ類
(Galdieria sulphuraria)
カイアシ類とは、節足動物門 甲殻亜門 カイアシ亜綱に属する微小動物です。極域を含め、世界中の海洋および淡水系に広く分布しています。特に海洋においては、卓越した生物量をもつ“動物プランクトン(浮遊性の動物)”として知られていますが、底生性や寄生性の種も存在します。
当研究室では、日本沿岸に生息するカイアシ類の生物地理学的研究と、南大洋海氷中に生息するカイアシ類の分類学・生態学的研究を行っています。生物地理学的研究では、日本沿岸に生息するAcartia属に注目して、生息地域と遺伝子型との関係について調べています。南大洋海氷中のカイアシ類については、まずどのような種がどれくらいの生物量で存在しているのか調べるとともに、それらの海氷への適応や生活史について探っていきたいと考えています。
カラヌス目カイアシ類 Acartia steueri