Research on molecular pathophysiology of diseases and biomarkers based on chemical analysis, and research on mechanisms of adverse drug reactions for personalized medicine
疾患は、それぞれに定義づけられた疾患概念と診断基準に基づいて診断されることではじめて、治療が開始されます。従って、疾患を発見し、正しく診断することが、薬物治療を行う上での第一歩となります。化学診断は、疾患に特徴的な生体物質、すなわち、バイオマーカーに基づいて疾患を診断する一つの診断方法です。化学診断を行うためには、疾患に特異的なバイオマーカーを発見し、そのバイオマーカーを正確に定量することが必要です。
また、疾患治療のために、多くの薬物が用いられますが、ときとして有害事象 (ADR) が発現します。こうしたADRは、薬物治療の中止など、その障害となってしまうことから、その回避が望まれます。すでに臨床で汎用されるバイオマーカーも存在しますが、早期発見やリスクを定量的に評価できているとは言えません。そうした背景からADRの分子機構の解明とそれに基づくバイオマーカー探索に取り組んでいます。
前川准教授のグループでは、臨床医や基礎研究医他、多くの研究者との共同研究に基づいて、各種疾患の病態分子機構の解明、疾患の早期診断バイオマーカーの探索、疾患の予後予測や、薬物治療における有害事象の早期発見バイオマーカー探索、発現分子メカニズムの解明などを、定量分析に基づく化学診断法の開発を研究テーマの一つとして行っています (図:MM1)。 基盤技術として、液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析法を活用し、内因性代謝物、薬物等、幅広い分子の定量、定性、同定等を推し進め、薬学・医学・生命科学研究へ貢献します。(研究受賞:2023年度日本薬学会奨励賞、2019年度クロマトグラフィー科学会奨励賞 等)
(参考文献:Masamitsu Maekawa et al, BMC 2022:top downloaded article, top cited article 受賞)
1) ニーマンピック病C型のバイオマーカー探索ならびに疾患代謝研究を行っています (1)。尿中の新規バイオマーカー探索と定量法の開発、血液中未知バイオマーカーの構造決定と定量法開発による診断性能の評価を行ってきました (図:MM2)。
2) 癌のバイオマーカー探索に関する研究も展開しています。癌の中でも転移率の高い悪性度の高い、腎癌のバイオマーカー探索研究を行っております (図:MM3)。スフィンゴ糖脂質に着目したワイドターゲット質量分析法により、腎細胞癌の診断バイオマーカーの開発研究を進めています。
研究費:2023年度東北大学大学院医学系研究科若手共同研究費
論文:IJMS 2024 等
3) 他にも非アルコール性脂肪性肝疾患のバイオマーカー探索を目指したコレステロール代謝物の網羅的解析研究を展開しています。NASHの早期診断を指向したリピドミクス研究を展開しています。
4) また、現在、治療薬物モニタリングなどの薬物療法の個別化に向けた研究も現在展開しております。タンデム質量分析を活用することで、TDMをより効率的に行うための仕組みづくりなども進めています (図:MM4)。
論文:BMC 2021 等
肝胆道疾患における薬物トランスポーターの役割の解明(佐藤紀)
有機アニオントランスポーターOATPは薬物および生体内物質の輸送を担う重要なトランスポーターである。例えば、薬物動態学的側面においては、これらのトランスポーターの輸送阻害がスタチン系薬物の血中濃度変動を引き起こします。さらに、病態生理学的側面においては、ビリルビンを輸送する肝臓のOATP1B1/1B3の遺伝子欠損がRotor症候群の要因であることが明らかとなっています。また、これらは胆汁酸の輸送を担い(Suga T. et al., PLoS One, 12: e0169719, 2017)、その体内動態(腸肝循環)の制御にも関与しています。
OATPファミリーに属する分子は他の臓器(腸管、腎臓など)にも発現しており、その薬物動態学的重要性は解析されてきたが、病態生理学的重要性の解析は十分ではありません。佐藤紀宏助教らは、これまで腎臓のOATP4C1の薬物相互作用評価に力を入れてきました(Sato T. et al., J. Pharmacol. Exp. Ther.,362: 271-277, 2017, Sato T. et al., J. Pharm. Pharm. Sci., 24: 227-236, 2021)。
最近、OATPファミリーの相互作用研究で着目されている胆汁酸(Pharm. Res., 34: 1601-1614, 2017)に着目し、OATP4C1における相互作用を解析しました。その結果、一部の胆汁酸が肝疾患を有する患者において、実際に腎臓のOATP4C1の輸送を阻害していることが明らかとなりました(Yamauchi M., Sato T. et al., Int. J. Mol. Sci., 23: 8508, 2022)。肝疾患患者に最適な薬物療法を提供するために、引き続き、他のトランスポーターも含めて解析を続けています。
他方、消化管および肝臓に発現するOATP2B1はOATP1B1/1B3と40%程度の相同性があり、基質や阻害剤となる化合物が類似していることが報告されています。佐藤紀宏助教らは、このトランスポーターにも着目して、病態生理学的重要性の解析を行っています。
治療抵抗性統合失調症治療薬クロザピン服用患者の薬物動態関連遺伝子の解析(佐藤紀)
わが国の統合失調症患者は約78万人と推定されており、そのうちの約30%程度は治療抵抗性統合失調症(Treatment resistant schizophrenia: TRS)であると考えられています。本邦で唯一TRSに適応を持つクロザピン導入の遅れがクロザピンの治療反応性の低下と関連していることが示唆されており、TRS発症1年以内に治療抵抗性となる早発型(ER)を如何に早く診断し、クロザピンを早期導入するかが課題となっています。
また、TRS患者の一部はクロザピンが無効なultra-treatment-resistant schizophrenia(URS)であるが、URS患者の中には薬物血中濃度が治療有効域に達していないために治療効果が得られない見かけ上のURSが一定数存在すると考えられており、本邦におけるクロザピンの治療薬物モニタリング(TDM)や薬物血中濃度を制御する薬物動態関連因子の評価が強く求められています。
佐藤紀宏助教らは、TRS患者に最適なクロザピン治療を提供するために、クロザピンTDMと薬物動態関連制御因子の遺伝子多型を考慮した個別化薬物療法の有用性評価を行っています。本研究成果が、ERおよびURS患者の治療成績の向上に寄与することが期待されます。
実臨床におけるシトクロムP450を介した薬物相互作用に関する研究(佐藤裕)
現在、ポリファーマーシーは深刻な問題であり、多剤併用療法による薬物相互作用は有害事象を引き起こす可能性があります。
薬物相互作用の多くには、薬物代謝酵素シトクロムP450や薬物トランスポーター等の薬物動態因子が関与しています。しかしながら、その機序について全てが明らかになっているわけではありません。
薬物代謝酵素シトクロムP450に対する阻害・誘導に関する情報収集や、添付文書などに記載はないが実臨床で薬物相互作用が疑われた有害事象の解析に取り組んでます。
個別化医療の実践に向けた基礎・臨床研究(公文代)
実臨床における薬物療法は、同一疾患を有する患者に対して治療ガイドラインに基づいた医薬品の選択が行われる標準治療が一般的ですが、医薬品による治療効果や副作用発現には個人差が存在するので、患者個々に最適な医薬品を最適な投与量で用いる個別化薬物療法の実践が重要となります。
現在、1) 医薬品投与時点における薬物代謝酵素活性を予測するバイオマーカーの探索や合成、定量定量系の構築、有用性の検証など、2) 薬物血中濃度測定系の構築や治療薬物モニタリングの有用性検証、3) 初代ヒト肝細胞の3次元スフェロイド培養を利用した薬剤性肝障害早期発見バイオマーカーの探索に取り組んでいます。
妊婦・児への薬の影響に関する薬剤疫学研究(小原)
妊婦・児の医薬品使用の安全性に関しては、医薬品の開発段階で情報が得られないことや、その評価基盤が限られるため、世界的にも圧倒的に情報が不足しています。
複数の出生(ゲノム)コホート研究(BOSHI研究、エコチル調査、三世代コホート調査等)や、レセプト(JMDC等)・電子カルテ情報(MID-NET等)を用いたデータベース研究の環境整備を進め、妊婦・児の医薬品使用の安全性評価に関する薬剤疫学研究を推進しています。
≪研究テーマ≫
妊婦の医薬品使用と児の離脱症候群・奇形・発育・発達との関連
授乳婦の医薬品使用による母乳を介した児への影響
小児の発達障害治療薬と循環器疾患発症との関連
小児の適応外使用の安全性評価
Multigenerational genome cohort studyにおいて、遺伝要因と環境要因を考慮した各種疾患・副作用のリスク予測に関する研究(小原)
近年、各種表現型の関連遺伝子を検討する際に、家系情報を固定効果とした解析手法を用いるとその関連性が減衰することが報告されており、一般集団におけるGWAS解析の結果得られる表現型との関連SNPの効果量が過大評価されている可能性があります。
したがって、家系情報を考慮したGWAS解析によって、各種疾患・副作用の発症に関連するゲノム要因を精度高く抽出する手法を用いた研究を行っています。
≪研究テーマ≫
両親のジェノタイプを考慮したGWAS解析によるNAFLDおよび肝線維化の関連SNPsの検討
妊娠中の免疫抑制薬使用に関する研究(小原・野田)
妊娠を希望する女性や妊婦の中には、免疫抑制薬を使用せざるを得ない患者がいます。しかしながら、妊娠中における免疫抑制薬使用の妊婦自身および出生児に対する安全性に関するエビデンスが不十分です。出生コホート調査、レセプトデータ、電子カルテなどを通して、妊婦に対する免疫抑制薬使用が妊婦の妊娠継続・転帰および児の奇形・発育・発達に与える影響について、エビデンスを創出することを目指し、研究を推進しています。
小児における医薬品副作用報告に関する研究(小原・野田)
小児における医薬品使用の安全性情報は不足しています。医薬品副作用報告データベース(JADER)や患者報告、アンケート調査などを通して、小児における医薬品副作用報告の傾向や内容を評価しています。安全性評価体制の構築を目指し研究・調査をしています。