「デデデって何年くらい生きてるの?」
「あ~?んな正確には数えてねえよ……大体30年くらいじゃないか?」
「えー!バブちゃんじゃん」
「んだとてめえコラ、そういうお前はいくつなんだよ」
「えー、普通に400年くらい?」
「普通なわけねーだろそれ!!」
「デデデの普通わかるわけないじゃん、クソ雑魚青おにぎりの生態なんて知りませーん!」
「よーしあとで殴る!いや今殴ってやる覚悟しろや」
「お?やる?やっちゃう?いいよ?また僕が勝つもんね」
「そういうわけでデデデって全然年下だったんだよね、知らなかったよ僕。まあ関係ないけど」
「そうか」
「メタナイトは驚かないね」
急に訪ねてきたカービィを邪険にすることもなく、メタナイトは紅茶を淹れる。沸かしたお湯に茶葉をぶち込むだけの作法もへったくれもないやり方だったが、メタナイトはプププランドに来てから覚えたこの適当さが気に入っていたし、それを咎める者がこの星には一人もいないことを清々しく思っていた。
「こちらに来てからその辺りの知識は得た、我々と彼らは違う存在なのだから、必要になることもあるだろうと思ってな」
「相変わらず真面目だね」
「性分だからな。……話を戻すと、彼らの寿命は大体200年程度なのだから、デデデ大王はバブちゃんどころか、大人として多少は生きている中堅くらいの存在だ、我々とそう大きくは変わるまいよ」
「ふーん、寿命って何?」
「お前は……生物が死を迎えるまでの期限だ」
「死って何?」
「……本当に常識外というか……この世から消えて跡形もなくなることだ」
「え?!」
そのとき、ようやくカービィは驚きの声をあげた。その様子に、わずかばかりの腹立たしさと諦めを抱えながら、メタナイトは話し続ける。
「カービィ……君と私は、デデデたちとは同じ存在ではない」
その言葉に、カービィはぱちりと青い目を瞬かせる。メタナイトは仮面の奥の金色の瞳を伏せるようにし、続けた。
「デデデたちは――純粋な、原種的な、生命だ。傷つき、老い、そして……死ぬ」
「それが、……200年後?」
「いや、すでにデデデが30年程度生きているのであれば、残り170年程度と考えるのが妥当だろう。それに、その前に命を終えることもある」
「もっと前?!」
「傷が深ければ、病にかかれば、命が短くなる。急に明日死ぬことだってある、生命というのはそういうものだ」
……まあ、あれほどの豪傑がそう易々とくたばるとは思えないがな、と一人ごちて、メタナイトは武者震いした。デデデのハンマー捌きを思い出したからだ。そうだ、もう少ししたらデデデを鍛錬に誘って、また剣を交えるのも悪くない。うん、良い。そうしよう。と一人で勝手に予定を立てている間に、カービィは己の中で何らかの結論を出したらしい。
「……そうなんだ」
相変わらず、判断が早い。もっと動揺するかと思ったが。カービィがデデデやこの星に対して執着……いや、思慕の情を抱いていることは明らかだ。そう易々と諦めるはずはないと思っていたが……。読み違いだっただろうか。
仮面の奥でわずかばかりに眉間に皺を寄せたメタナイトを、青い瞳が射抜いた。
「で?何の誰を殴れば、死を無くせるわけ?」
あまりにも単純で、あまりにも常識から外れた問い。
「……君は……」
メタナイトは、深いため息をついた。カービィはそれに不思議そうに首を傾げる。
「死は……敵ではない」
カービィはなおも表情を作らぬ顔で、メタナイトを見ていた。その瞳には、死への恐怖ではなく、ただ「解決すべき問題」を前にした純粋な決意が宿っている。カービィの視線を受けたまま、メタナイトは一度、間を置いた。
……剣士は、間合いを取ってから、言葉を紡ぐ。
「……生物にとって死は、“克服すべき障害”ではない。死があるから、生は循環し、意味を持つ。世界の基本サイクルだ。失われれば、その循環が乱れる」
口に出しながら、それがまるでらしくない道徳の授業でも行っているような気持ちになって、仮面の下でメタナイトは自嘲気味に笑った。
「……死はごく当たり前の出来事であり……生命の未来のために、必要なものだ」
言い終えて、メタナイトはカービィを見る。彼は砂糖をいっぱい入れた紅茶を丁度飲み干したところだった。
「ふーん」
カービィは気の抜けた声を出し、少し考えるように首を傾げる。そして、悪びれもなく言った。
「でもそれって、僕には関係ないことだよね?」
否定でも反論でもない。ただの確認。
カービィの青い瞳は、曇りなく澄んでいる。
何らかの束縛から、完全に切り離された自由な存在。不可能を照らし、絶望を切り裂き、どこまでも己を貫くことができる、星の輝き。改めて彼がそういうモノであることを、メタナイトは自覚させられていた。
……しばしの沈黙を破ったのは、カービィだった。
「で、ねえメタナイト」
彼はカップをソーサーに戻した。
「“死”ってさ……誰が決めてるの?」
“起こる”ってことは、“管理してる”存在がいるってことじゃない?そう言外に問いかけるカービィの問い。その鋭い着眼点に、メタナイトの中で何かが“教えるべきではない“と説いていたが、彼はそれを振り払った。
「死を司る存在。生と死の境を管理する者はいる……私が昔この辺りの座標にいた時に聞いた」
「なら簡単だね。その管理者を殴ればいいわけだ」
あまりにも迷いのない結論。至極当然、当たり前の答えだった。
「じゃ、行ってくるよ」
次の日、カービィの姿はもうなかった。
家も、いつもの場所も、そのまま残されている。ただ、本人だけがいない。
「……まぁ、すぐ戻ってくるだろ」
そう言ってデデデは笑った。腕を組み、いつもの調子で肩をすくめる。
「家も置いてってるしな。面倒くさくなって、やる気がなくなったらすぐ帰ってくるに決まってる」
軽い言い方だったが、その声色の奥に、わずかな動揺があったのをメタナイトは聞き逃さなかった。
「……そうだな、君が心配しているようでは、周囲も落ち着かなくなる」
「別に心配なんか――」
段々声が小さくなり、くどくどぶつぶつと文句を言い始めるデデデに、メタナイトはそれ以上踏み込まない。
「……それより大王!昨日に引き続いて、また今日も剣を交えようではないか」
「お前も飽きねえよなあ、俺はハンマーを使うけどな」
「……まあ構わん」
「なんで毎度ちょっと不服そうなんだよ。俺が剣使ったことねえだろ」
やいのやいの言っていれば、そのうちカービィは帰ってくるだろう。
そうでなければ、探しにいけばいい。大王だってついてきてくれる。早々負けるとは思えない。それより決闘だ!そう決心したメタナイトの気持ちはこれからの楽しみに飲み込まれていった。
そこから更に数日後。
何事もなかったかのように、カービィは帰ってきた。傷ひとつない、いつもの姿で。風呂敷に初めて見る鮮やかな色のフルーツをいくつも包んで。
「たーだいまー!」
その声に、最初に反応したのはデデデ大王だった。振り向いた瞬間、目を見開き、細め、何事もなかったかの如く手を振った。
「……なんだ、戻ってくるんじゃねぇか」
先ほどまで鍛錬をしていた影響で、隣にいた騎士はその呟きにやはり気が付かぬフリをしてやった。
「どこ行ってたんだよ~。急にいなくなりやがって」
カービィはにこっと笑い、風呂敷を広げながらデデデに話しかける。
「前にね、旅の途中で美味しいフルーツがたくさんあるところに行ったんだ。せっかくだから、みんなに持ってこようと思って、はい、お土産!」
まるで、ただ思いつきで旅行でもしたかのような口ぶり。
やがて自然と、フルーツを囲んだ小さなパーティが始まる。場の空気はいつもの平和なものへと戻っていった。
メタナイトはその輪の少し外から、静かに様子を見ていた。
(……無事か)
まぁ勿論、あのカービィがやられるなど想像はしていなかったが。ただ少しの不安があったことは事実だ。
だが同時に、拭いきれない違和感も残っていた。あれほど死の管理者を打ちのめすことに一直線だったカービィが、何も成さずに戻ってきたこと。まるで何事もなかったかのように、たかがフルーツをお土産にして帰ってきたこと。それが「今後」に影響することもあって、パーティーの最中、メタナイトは意を決してカービィに声をかけた。
「カービィ」
振り向いた青い瞳は、いつもと変わらない。
「……死の管理者に会いに行くのは、やめたのか?」
カービィは、その質問に首を傾げた。だがカービィは何か思い出したように目を見開いたのち、笑ってこう言った。
「ああ、ちゃんと会ってきたよ」
「では……」
「いやね?君が、死の管理者は頑固だって言ってたからさ、話が通じないなら、殴ってやろうと思ってたんだけど……別にそんなことなかったから」
「……というと?」
メタナイトが問い返すと、カービィは何かを思い出すように目を伏せた。
「僕、昔旅をしてた時があったでしょ。その時に寄ったことがあったんだよ。死の管理者の星に。ほら、おっちゃんが一人だけで果樹園してる所でしょ?」
……おっちゃん?コイツ、死の管理者をおっちゃん呼ばわりしたのか?
「……戦わなかったのか?」
「ぜーんぜん」
カービィはあっけらかんと笑った。
「むしろね、僕がしたいならその通りにしなさい、って言ってくれてさ。そのまま、お土産にこのフルーツをたくさんくれたんだ」
あまりにも拍子抜けする展開に、メタナイトは言葉を失う。
「で、何事もなく帰ってきたんだ。……とっても良い人だったよ?」
その言葉に、別の種類の困惑が胸に広がる。
管理者が拒まなかった。力も、道理も試されなかった。ただ自然にはいわかりました、果物をどうぞ、と。そんなバカな。
メタナイトは、カービィが抱えてきたフルーツに視線を落とした。メタナイトは星を股にかける傭兵だった。戦いを求めて、どんな星にでも旅立った。だからある程度のことは知っているつもりだ。……だが、このフルーツは初めて見た。いや、待て、死の逸話について、まだ知っていることがあったはずだ。確か……。
「……カービィ」
自分の中にある荒唐無稽だ、所詮伝説だろう、という言葉を奥に奥に飲み込んで、メタナイトはカービィに尋ねた。
「このフルーツの名前は……アンブロシア、というもので合っているか?」
カービィは一瞬、きょとんとしたあと、ぱっと花が咲くように笑った。
「さーすがメタナイトってば、物知りだね!僕、覚える気なくて忘れてたよ。そうそう!そのアンなんとかってやつ」
メタナイトは絶句した。
アンブロシア。
――それを口にした者は、死から逃れることができるという。
そして本来、その果実を得るためには、死の管理者を打ち倒すしかない。
……いや、一つ例外がある。
それは――管理者よりも上位の存在に、請われた場合。
(まさか……)
思考がそこまで辿り着いたメタナイトは、黙ったまま掌にある果実を見た。
まだ、口にしていないが、その見たことのない果実は、それは美しく膨らんでおり、薄皮の下には甘い果汁と肉がはち切れんばかりに詰まっているのがよくわかった。
メタナイトはその時、一瞬目を瞑り……そして再度頭を上げて視線を傾けた。
その先にはデデデ大王がいた。彼は、既に果実を口にしていた。
それを見て、メタナイトは仮面の下で一瞬笑む。そして。
そのまま、自分も手にしていた果実を口に運んだ。
瑞々しい果皮が歯に弾ける。
溢れ出す果汁。
舌の上に広がる甘露のような甘さと、きらめくような酸味。鼻腔を満たす、深く豊かな香り。
「……っ」
思わず息が漏れる。
旨い。
理屈も、疑念も、警戒も――そのすべてが、瞬く間に塗り潰されていく。
「うん……いい味だな」
「でしょー?」
カービィも美味しそうに果物を頬張った。
メタナイトは頷く。果実の甘美さが、事態を重く考える意思を霧散させていく。
どうでもいいではないか、この生活がしばらく続く保証が一つ増えた、それだけのこと。
それこそカービィの言う通り……その他については「関係ない」だろう。
メタナイトは皿の上に乗った実をもう一つ取り、豪快にかぶりついた。
「……大王、この種は、植えればプププランドに自生する可能性があるのではないか?」
「あー?それは……カービィ、その果樹園の星ってのは、どんなとこだった?」
「うーん、あったかくて、緑が多くて、土がふかふかだった」
「ふーん、じゃあひょっとしたら、かもな?種ならしばらく保管できるだろうし、一年ずつ条件を変えて試せば、ま、可能性はあるだろ」
「なるほど、そうしたら食べ放題というわけだ!」
「お前、本当に甘味には目がねえよな」
「……メタナイトも大概物騒な発想するよね。前に外来種を育てるのは良くないって僕たちに教えてくれたのはメタナイトなのに」
「それはそれ、これはこれ」
「勝手なやつ!」