「あ…」
「ん?」
「……いや、ハロウィンだったなと」
白井が、風呂から上がって髪を拭きながら、ふと時計に目をやって言った。
……そういえば何もしてなかった、みたいな顔で言うことじゃないだろ。俺は、お前が風呂の前にライブビューイングでアイドルのハロウィンコンサート観てたの知ってるんだからな。
「その顔はなんだ。確かにライブはハロウィンイベントだったけど、それとこれとは感覚が違うんだ」
「どう違うんだよ」
「……そこにいる自分はめちゃくちゃハイになってる別存在の自分で、実際に季節のイベントを楽しんでいるのではなくて、というかイベントっていう理由付けをして行われたライブを見てるわけだからそれはハロウィンイベントではない。ハロウィンライブは素晴らしいが、そこにはライブを楽しんでいてもハロウィンを楽しんでいる自分はいないんだ」
……屁理屈だな?と俺は包帯を巻きつつ考える。
ただ、地域の催しに参加したかったとか、病院でのお菓子配りに混ざりたかったとかそういう話でもないのだろう。それならコイツはやっている。行動力はある奴だからな。前に看護師同士の井戸端会議に混じってた時は正直ギョッとして肝が冷えた。まぁボロが出る前だったから良かったけど。
とすると……かぼちゃでも食いたいってことか?いやそれこそコイツが用意しない理由はない。今日の夕飯は筑前煮と焼き魚と小松菜の和物だった。うまかった。まぁ忘れてたという可能性もなくはないが。でも昨日、かぼちゃのケーキガン無視してロールケーキ買ってたしな。違うか。
じゃあ……じゃあって言うのもアレだけど、ようは、その、恋人同士のイベントとしてなんかしたかったってことか……?
そりゃ、俺たち付き合ってるけど……。
でも、その、こう……それって俺に求める話なんだろうか?
……ない。
ないわ。
うん、無いね。ナイナイ。
落ち着け、俺今ちょっと自分に都合の良い思考したぞ。
白井とは付き合えたけども、院内で間違えたら困るから呼び方だって変えてないし、肉体関係こそ持ったとはいえコイツは元々引く手数多の異性愛者。
俺に対して時々なんか乗り気になってくれることはあっても……おれが、セックスアピールして、喜ぶかは、話が別。そういうあからさまな感じは嫌かもしれない。いや、その可能性は非常に高い。
大体さっきだって見てたのは女性アイドルだしな。
ありえないあり得ない。
可能性は低いぞ、期待するな。
うんうん。よし、ちゃんと落ち着いた。
……じゃあ結局なんなんだ?
「じゃ、なんかする?」
「……いいのか?」
「今更って時間帯だけどな。もう11/1だし」
「さすが話のわかる奴だよお前は……」
途端に少し浮き足立って物置を漁り始める白井。
なんだよ、なんか用意してたのか。それなら、時間過ぎて残念に思いもするよな。
俺は本を閉じる。しかし何をするんだか。でかい菓子セットでも買ってあってめっちゃ食いたいとかかな。
「コスプレセックスしようぜ!!!どれがいい??」
二度見した。
一度目はめっちゃ笑顔ですげーことをデカい声で言いながら三着くらいの衣装を持ってきた事に頭の理解が追いつかなくて目を逸らした。
なんとなく話が処理できたところでもう一度目を合わせると、全体的に露出多めのナース、サキュバス、バニー衣装を手に満面の笑みを浮かべるイケメンがいた。
また目を逸らしたくなった。多分イケメンじゃなきゃ殴ってる。
…‥いや待て、だいぶキモいぞ。そうかいくらイケメンでもキモいムーブすると普通にキモいんだな。知らなかったー勉強になったわー。殴ろうかな。
しかしこのムーブを女性の前でかまさなかったことだけは幸いと言える。
うん、付き合ってるのが俺でよかった。
女性陣は百年の恋が冷めるどころか凍傷ができて心の傷になる。
「あ、選ばなかった衣装はちゃんと来たるべき時に備えて保管しとくからな、安心していいぞ」
来たるべき時ってなんだよ。
来たるべき時とか言うなバカ。
お前んち来るたびに来たるべき用の服があるって思っちゃうだろーがよ。
来たるべき用の衣装について脳のリソースを毎度消費する未来を思うととても安心できねーよ。
「……ちょっとタンマ」
「ミニスカポリスのがよかったか?」
「落ち着け!今性癖の話してねぇよ!」
……理解不能みたいな顔するな。今ここで性癖以外の話する余地ありますう?みたいな、心底不思議な顔してるんじゃねえ。
「……それ、俺が着るんだよな?」
「……!俺も……着るか?あるぞ」
「ちげーよ座れ」
「はい」
そんな閃いた!みたいなノリで立ち上がるな。
あといくつ衣装買ったんだよ……?
「……。」
……なんか黙ってられるのもそれはそれで腹立つな。
こっちは色々考えて言葉発してるのにコイツはわーいセックス~しか考えて無いわけだろ、あ、やばい今の例え良くなかったほんと良くなかったすんごいムカっ腹が立った。
だってコイツはどこまで平気なのかわからない。なのにそんなかっるいノリで幻滅されでもしたら、正直立ち直れない。本当に。
「三井……もしかして、コスプレ系はあんまり好きじゃないか?」
「……。」
「小説だとマミフィケーションものとかも読んでるし俺はてっきり」
「性癖の話はしてないつってんだろが。そうじゃなくて、その……俺は男じゃん?」
「?」
「お前は元々、女性としか経験無いって……言ってたから……どこまでその、そういう話をして良いものなのか、俺は考えてきたわけよ。なのにそんな急にギアあげて来られてもこっちは感覚わかんねえっていうか」
「……抽象的すぎてよくわからん、もっと具体的に頼む」
「俺がセクシーな格好してお前興奮すんの?って話」
「する」
「だーーから!それってどこまで?!ほら、昔のレイザーラモン的なハードゲイ系とかあるじゃん?そういうのはイイのか?!あとは女装とかオネエとか、まぁそっち系に限らずとも……あるだろ?!いろいろ!!セクシーにも!!!何が刺さるのかわかんないんだって!」
「いや性癖がどこまで行けるかは実際に目の当たりにするまではわからないだろ。あ、つまりシュレディンガーのチンポ」
「バーーーーーカ!!!お前ほんっとにバカ!!!!」
お茶を濁されたような気がしてイラつく。
本当は、一言「何があってもお前に幻滅することはない」とかなんやかんや言ってもらえれば解決する話なんだろう。でもコイツはそういう事は言わない。そもそも「何があっても」なんて言い方をするわけがないし、むしろ「絶対なんてあり得ないだろ」と論破する方だ。逆にそんな歯の浮いたことを言われたらこっちが引いてしまう。……いや嘘。やっぱ嬉しくなっちゃうんだろうな。そういう異様に女々しい自分が嫌だ。あーめっちゃ嫌。ぜってえ墓に持ってく。
それに当たり前だが、人の感情や欲望なんてもんは本来誰にもコントロールできない。本人ですらだ。そういうもんだって事は痛いほど身に染みてる。俺が本を手放せないように、コイツが何か思うことを俺は止められない。
でも、いや、だからこそか。コイツが奇跡的に俺に持ってくれた恋愛感情を失う事を……想像したくない。制御不能な他人の感情なんてものに振り回されている時点で無駄だとか、滑稽だとかいうことを頭では理解しながらも。飢餓感に似た渇望が、満たされてしまった感触を、またしても失う事に……どうしても、耐えられそうもないのだ。まだ、諦めて蓋をしてしまっていた頃の方がマシだった。
でも、多分、きっとうまくいかない。全身ケロイドに覆われた、性格も良くない、能力もさして無い男を、彼が愛してくれたのは奇跡だと思う。だがそれは、奇跡的なバランスで積み上がった塔でしかない。そこに何かを足した所で…….崩れる未来しか、見えない。
白井はダイニングテーブルに衣装を置き、しばし思案した。
「……まぁ勃つか勃たないかという話は置いておいてさ」
「ようやくか……」
「俺が勃たないって事にお前が何でそんなに拘ってるのかわからん」
「話戻ってねえか……?」
「いや、戻ってないぞ。俺が勃たないことを何故そこまでタブー視するのか、と言う話だ」
腕を組んで、神妙な顔でチンポの反応について語る姿はギャグすぎて一周回って後ろのシーリングライトが後光に見えたが、彼は至極真面目に話を続ける。
「俺は別にお前に奉仕される立場じゃないだろ、三井。あくまで対等な関係な訳で、なぜそんなに俺を喜ばせるという事に拘ってるのか納得がいかない」
「お互いに楽しむもんだろ性交渉は」
「それはそうだ。だが性交渉がうまくいかなかった、とか、好みにそぐわない内容だった、から拒絶、ではないだろう。違うなら辞めていつも通りしようぜ……じゃないのか?」
彼は至極真っ当にそう言った。
俺は……どう反論して良いのかわからなかった。
「…………。」
「別に俺がやりたいことを提案して、お前が嫌だって言うことが悪いことじゃあないし、逆も然りだろ。それの、何が悪いんだ?だからお前がやってみたい事があるなら言えば良い。俺はお前ほどそういう話に詳しくないが、事前に説明されれば、内容もわかる。その内容についてああだこうだと文句を言い続けるのは、一人の大人の対応として間違っていると思うんだが」
白井隼人は、感情的に物を見ない。道理のような正しさを、まっすぐ見ている男だ。そこがブレることはほとんどない。その清廉潔白さは、時に人への配慮の薄さや、視野の狭さに繋がっている部分もある。
でも、俺はそういうお前が好きだ。自分の理屈を信じ貫いていく、岩の隙間から漏れた一筋の光のようなお前のその思考が、どれほど俺にとって価値があるか。
どれほど、僕を救ってきたか。
「……わかった。いや、俺の考え方が間違ってた。確かにその通りだ」
「そうか。じゃ、どうする」
彼はケロッとして言った。話変わるの早いよ。てか……どうするってコスプレの話だよな?うん、そうっぽい。チラチラ見てる。
「…………ナースにしない?ほら、包帯だからハロウィンらしくできるぞ」
「天才か?」
天才はお前だよ。
あーあ、にしても、ロクでもないことにその良い頭使ちゃって。結局、流されてハロウィンコスプレセックスするんだな。あーくだらん。くだらなさすぎて、最高だった。
おまけ
「白井これスカートミニすぎて……はみ出るんだけど」
「よっしゃノーパンでヤろう」
「……マジで需要あんの……?」
「?面白いかエロいかの二択なんだから需要あるだろ」
「……やっぱお前すげーよ」