研究の解説を書くのは大変なので、赴任後に発表した論文のコメントを書くことにしました(余計大変では?)
科研費等の題目も参考になると思うので、ここにまとめておきます。
【学術変革領域研究 (A)、分担者、2022-2026年度】「学習物理学」の創成-機械学習と物理学の融合新領域による基礎物理学の変革(A01計画班)
【基盤研究 (B)、分担者、2019-2022年度】複素積分経路の最適化による符号問題への挑戦
【基盤研究 (C)、代表者、2018-2020年度】トポロジカル相転移に基づくクォークの閉じ込め・非閉じ込め相転移の研究
【基研研究員研究費、2017年度】*京都大学基礎物理学研究所の基研研究員向け研究費
【特別研究員奨励費、代表者、2014-2016年度】虚数化学ポテンシャルと強磁場を利用したQCD相構造と状態方程式の定量的決定
【基礎科学特別研究員研究費、2011-2013年度】*理化学研究所の基礎科学特別研究員向け研究費
【特別研究員奨励費、代表者、2009-2010年度】実数および虚数化学ポテンシャル領域におけるQCD相図の統一的解明
【hep-lat/2503.20828】 Quantum simulation of 2-color QCD on a 2-dimensional small lattice
非常に小さい格子における2+1次元SU(2)ゲージ理論の熱化を量子計算を用いて調べた研究。フェルミオンの寄与も入っている。自由度が小さいため、現実世界に何かを強く言える段階ではないが、ゲージ理論の時間発展を調べる上で重要な研究だと思う。
【hep-lat/2502.02804】 Path optimization method for sign problem coursed by Fermion determinant
経路最適化法をフェルミ行列式由来の符号問題の生じる模型に適用した研究。具体的には1次元シリング模型に適用した。これまでの経路最適化法を応用してきた模型は、フェルミ行列式由来の符号問題ではない符号問題を持っていたりしたので、これでQCDへの適用への希望がぐっと高まった気がする。院生が頑張った研究。
【hep-ph/2410.11598】Hadron-quark hybrid model, modular transformation and Roberge-Weiss transition
虚数化学ポテンシャルにおける体積排除効果入りのハドロン-クォーク模型をモジュラー変換の観点から解析した。その結果、Roberge-Weiss転移温度より上と下でトポロジカルな変化が存在することを見出した。
【hep-th/240903268】Chiral condensate in a holographic dilute nuclear matter
インスタントンとHolographic 模型を用いてカイラル凝縮の密度依存性を計算した研究。ただし、閉じ込め相のみを考慮し、比較的低い密度の領域のみを調べた。色々と近似は入っているが、この研究によりholographic模型とカイラル摂動論との比較が可能となった(と思う)。
【hep-ph/2405.08333】Polyakov loop phase, canonical partition function, and thermodynamics revisited
Feynman 図に基づいた手法(摂動論、汎関数繰り込み群、Schwinger-Dyson 方程式)は、通常 Roberge-Weiss 周期性を虚数化学ポテンシャルで持たない。これまでこの点はあまり興味を持たれなかったが、カノニカル法を介すことで、このような手法が有限温度では必ずしも正しい解と一致しないことを議論した。具体的には、本来ゼロになるべき成分のカノニカル分配関数が有限になり、この寄与が熱力学量にも影響してしまう。以前に別の文脈で提案されている半古典近似でグルーオン場を展開すると、この点が改善することも確認した。
【hep-ph/2311.14306】Roberge-Weiss periodicity and singularity in hadron resonance gas model with excluded volume effects
体積排除効果入りの有効模型の虚数化学ポテンシャル領域の性質を議論した。この模型でも、中間温度領域で Roberge-Weiss 相転移的な振る舞いが現れることを確認した。高温領域などの挙動については今後検討する必要あり。佐賀大学の院生さんが主導した研究。
【hep-ph/2310.09738】Excluded volume effects, quark-hadron transition and chiral symmetry restoration
体積排除効果入りの有効模型で状態方程式(EoS)を議論した。具体的にはクロスオバーの場合と一次相転移的な場合に、状態方程式や音速、共形普遍性の指標を計算してみた。特徴的な振る舞いとして、体積排除効果入りでは2ピーク構造が現れ得ることを見出した。河野さんが主導された研究。
【hep-lat/2309.06018】 Application of the path optimization method for a discrete spin system
経路最適化法をイジング模型に適用した研究。スピン模型の分配関数は統計和で表されており、そのスピンも多くの場合に離散値をとる。そのため、符号問題に対処するための手法の多くがそのままでは使えない。経路最適化法ももちろんそのままでは使えないが、一工夫することで利用が可能となる。 今更だけれど、discrete spin system は意図と違う意味に取られる可能性があるからタイトルが良くなかった気もする。
【hep-th/2303.06364】A holographic cold compact star with color superconducting core
Bottom-up holographic 模型を用いて「状態方程式」と「中性子星の質量-半径 関係」を計算した研究の続き。今回は閉じ込め相だけでなく非閉じ込め相も用意し、二相模型を作った。計算は基本的には M-R 関係を調べているが、Bottom-up holographic 模型において trace anomaly についても議論を行った。核子相とクォーク相を系統的に holographic 模型で取り扱う点が他の研究とは違う点。
【arXivなし、出版済み】 Some Aspects of Persistent Homology Analysis on Phase Transition: Examples in an Effective QCD Model with Heavy Quarks
Persistent homology 解析を、クォークが重い状況での QCD の有効模型である「外場を拡張した Potts 模型」に対して「有限虚数化学ポテンシャル領域」において適応した研究。この領域には明確な相転移が存在することが知られている。加えて、この転移は「閉じ込め・非閉じ込め相転移」と関係することも知られている。このことを利用して、閉じ込め・非閉じ込め相転移に対するpersistent homology の違いを調べた。大学院生の安徳君が頑張った研究。いまいち出版の権利関係がわからないので arXiv には挙げていない。
[hep-lat:2210.05402] Improving efficiency of the path optimization method for a gauge theory
U(1)ゲージ理論を例にしてゲージ対称性を尊重したニューラルネットワークを経路最適化法に導入した研究。「ニューラルネットワーク自体をゲージ共変に取るアプローチ」と「インプットデータに対してゲージ変換を施すことでデータの水増しを行って学習させるアプローチ」の両方を試してみた。また、莫大な計算コストを要求する Jacobian の計算を近似する方法も調べた。これらにより (まだきついけれど) 3+1 次元 QCD を計算する上で必要な道具が揃った感がある。滑川さんが主体の研究。
[hep-lat/2109.11710] Gauge invariant input to neural network for path optimization method
1+1 次元 U(1) ゲージ理論に生じる符号問題に対して経路最適化法を適用した論文。滑川さんが主体となって進めた研究。これまでと異なって、経路の最適化でのインプットにゲージ不変な量を利用したところが新しい点。ゲージ固定しないと経路の最適化がうまくいかないと思われていたが、ゲージ不変に取り扱うとうまくいくことを小さな系ではあるが確認した。大きな系は今後の課題。
[hep-ph/2109.09273] Multiplicity, probability, and canonical sectors for the cold QCD matter
低温かつ有限化学ポテンシャルの相構造を、情報エントロピーとカノニカル法を用いて議論した論文。虚数化学ポテンシャルでの分配関数の振動モードの仮定からある程度のことが言えるのが面白いところ。加えて、非自明な基底状態の縮退と今回のカノニカル法から得られる帰結の関係も議論してみた。具体的にはクォーキョニック相とカノニカル分配関数の関係の議論が主。
[hep-th/2107.14450] Stiff Equation of state for holographic nuclear matter as instanton gas
Bottom-up holographic 模型を用いて「状態方程式」と「中性子星の質量-半径 関係」を計算した研究。6次元の Bottom-up 模型でインスタントンを用いて核子を表現して詳しく解析した点が新しいところ。特に閉じ込め相での EoS を holography で議論するときは、原子核物理で知られている EoS を使う方法が主流なので、そこで holographic な EoS を用意したこと自体も面白い点。EoS は非常に硬いものになっており、2倍の太陽質量の条件はクリアーする。ただし、ハイペロンが入っていなかったり、インスタントン間の相互作用が入っていなかったりなど拡張の余地あり。
[arXivなし、出版済み] Investigation of the thermal QCD matter from canonical sectors
有限温度かつゼロ密度での相転移(クロスオーバー含む)をカノニカルアンサンブルの観点から解析した論文。虚数化学ポテンシャル領域でのクォーク数密度の振る舞いが重要という結論で、双対カイラル凝縮の改良版も提案した。いろいろと調べないといけない点はまだあるけれど、現段階での結果でもまあまあ面白いと思う。久しぶりに単著で書いてみたが、一人だけで考えているのでどうしても議論の広がりが限られ、やっぱり単著は微妙。いまいち出版の権利関係がわからないので arXiv には挙げていない。
[hep-ph/2104.04732] Nonanalyticity, sign problem and Polyakov line in Z_3-symmetric heavy quark model at low temperature: Phenomenological model analyses
Effective Polyakov-line 模型を利用して、Z_3対称化した模型と元々の模型の対応を調べた。Z_3対称化はマニアックだけれど最近いろいろなところで使われているが、ゼロ温度でも元々の理論や模型との対応が完全にはわかっていなかったのでそれを調べたというもの。
[hep-lat/2103.12554] Persistent homology analysis for dense QCD effective model with heavy quarks
Potts模型にアイソスピン化学ポテンシャルを導入して有限密度(like)なスピン配列をメトロポリス法を用いて生成し、persistent homology を解析した。Persistent homology は空間的な非自明な構造を見分けることができると期待されている量で、今回はこの量を利用して Potts 模型に空間的に非自明な構造があるのか、またこの量が相転移の次数にどのように関係しているのかを数値計算で調べてみたという論文。
[hep-ph/2103.11579] Anatomy of the dense QCD matter with canonical sectors
低温・有限密度QCDの相構造をカノニカル・アンサンブルの観点から議論した論文。quarkyonic 相とカラー超伝導相、カイラル対称性の回復について取り扱った。数値計算が現状難しい領域なので、すでに知らている議論や虚数化学ポテンシャルでの構造を基にして(何とか)議論した論文。計算はシンプルだけれど(仮定が多いけれど…)、個人的にはとても面白いと思う。
[hep-ph/2009.12067] Information theoretical view of QCD effective model with heavy quarks
講義で情報理論を教えるため勉強したのでQCDの有効模型に応用してみたという論文。相互情報量を相転移を調べるために使うというもの。イジング模型では解析解を利用してすでに計算されていたけれど、この論文では解析解の無い模型や理論でモンテカルロ計算を使って計算できるようにした。個人的には秩序変数を直接見なくてもよい点が面白いんだけれど、一般受けしない内容かなあ。
[hep-lat/2007.04167] Path optimization for U(1) gauge theory with complexified parameters
プラケットが一つだけのU(1)ゲージ理論を例にして、経路最適化法におけるゲージ固定の重要性と交換モンテカルロ法の有用性を示した論文。結合定数を複素化することにより発生する符号問題を取り扱った。このような結合定数や様々なパラメータの複素化は、Lee-Yang zeros の研究において役に立つので、複素結合の理解はとても重要だと思う。プラケットを増やした場合の結果は今後に期待。
[hep-th/2005.14416] Extension to imaginary chemical potential in holographic models
ゲージ・重力対応に基づく holographic 模型を用いて虚数化学ポテンシャル領域を調べた論文。先行研究よりも詳しく、閉じ込め相と非閉じ込め相でのカイラル凝縮の振る舞いを議論した。特に、Roberge-Weiss 周期性だけでなく自明な2π周期についてもある程度正確に議論した点は新しいと思う。
[10月10日発売済み] 物理学者, 機械学習を使うー機械学習・深層学習の物理学への応用ー の第11章を執筆
有限密度QCDに現れる符号問題への機械学習を利用したアプローチをまとめたもの。専門家というよりは修士過程の学生くらい向けにという事なので、QCDの説明や符号問題そのものの解説なども盛り込んだ。本題は「経路最適化法」という(森君が頑張った)手法について。ページ数の割によくまとまっていると思う(自画自賛)。発売すぐに重版がかかったらしいので、それなりに読んでもらえた様子。
[hep-lat/1904.11140] Path optimization in 0+1 dimensional QCD at finite density
経路最適化法を0+1次元QCDに適用した(森君が頑張った)論文。 0+1 次元なので空間次元がなく、それ故に理論が非常に単純化する。しかし QCD が持つ符号問題は存在し、その原因も同じなので符号問題を研究する良い実験場として使うことができる。今回はゲージ固定を課す場合と課さない場合を調べ、ゲージ固定を課さない場合の方がゲージ場の空間でのサンプリングがうまく行くため、モンテカルロ計算の観点から見てより"良い"ことを確認した。もちろん、複素空間での経路の最適化により符号問題は改善することも確認。次の仮題は 1+1 次元QCD。
[arXivなし、出版済み] Imaginary Chemical Potential, NJL-Type Model and Confinement-Deconfinement Transition
依頼をうけて書いたレビュー論文。虚数化学ポテンシャルと Nambu--Jona-Lasinio 模型のレビュー。虚数化学ポテンシャルについてのまとまったレビューは無いので(まあマイナーな部類の研究なので)、良い機会かと思って書いた。類似度の観点からの計算など、これまで発表していなかった微妙な議論もせっかくなので追加してみた。通常の論文は査読の関係でどうしても小さくまとめざるを得ないので、幅広い内容を伸び伸び書けるのはいいことだと再認識した。いまいち出版の権利関係がわからないので arXiv には挙げていない。
[hep-ph/1903.11737] Roberge-Weiss periodicity, canonical sector and modified Polyakov-loop
Polyakov-loop paradox という(世界で誰も気にしていない)未解決問題を解決しますよという論文。この paradox は、カノニカルアンサンブルで Polyakov-loop を計算すると常にゼロとなり、グランドカノニカルアンサンブルの結果と異なってしまうというモノ。実は modified Polyakov-loop という位相回転を含めた量で計算するときちんと Polyakov-loop が計算でき、paradox が解決できる。あと、カノニカル分配関数を作るときの積分領域を"正しく"限定すると解決できる。世界で2,3人くらいは関心してくれるはず。
[hep-lat/1903.03679] Application of path optimization method to the model sign problem in QCD effective model with repulsive vector-type interaction
前論文 [hep-ph/1805.08940] の進展をまとめたもの。斥力型のベクター相互作用があるときに出てくる模型符号問題について議論した。斥力型のベクター型相互作用は、そのままだと実は経路積分が不安定になっていて良くないので、ウィック回転させるんだけれどそうすると符号問題が出てくる。何故か経路積分が不安定でも良い思っている人たちがいたので(分野の大御所にも)、これをきちんと数値計算で取り扱おうという心意気の論文。レフシッツ・シンブル法でも解決できるけど数値計算は大変(ほぼ無理)なので経路最適化法を使った。
[hep-th/1902.01093] Color superconductivity in a holographic model
カラー超電導をボトムアップの holographic model を用いて研究しようという論文。先行研究がいくつかあるが、ここでは化学ポテンシャルの back reaction まで含めた模型を用いて詳細を調べた。完全な probe 近似のもとでは、有限密度においてカラー超電導相がかなり広い領域で出てくるが化学ポテンシャルの back reaction まで考慮すると(現実的条件下では)その領域はなくなる。QCD有効模型の結果とはだいぶ違う気もするが、仮定がいろいろ違うので単純には比較できない。あまり弦理論とかは詳しくないので良い勉強になった(と思う)。
[cond-mat/1812.01522] Phase transition encoded in neural network
機械学習(ニューラルネットワーク)のパラメータにどのように相転移の情報が埋め込まれているのかを(菊池くんが頑張って)調べた論文。もちろん有限温度ではエネルギーの分布は、エネルギー分布関数の広がりに応じて色々取れるので100%の推定は原理的に無理なのだが、それでも推定精度を見てみると相転移温度が分かったりする。ニューラルネットのウェイトに、実は温度以外にも相関関数の情報が含まれており、(機械学習の設定次第で)相転移が区別できることがわかった。
[hep-lat/1810.07635] Persistent homology analysis of deconfinement transition in effective Polyakov-line model
パーシステント・ホモロジーというものが空間的な構造を見分けることに役立つということを聞いて(開田くんが頑張って)行った研究。QCD真空はトポロジカルなオブジェクトが(見方を変えると変わるけれど)いるので、それが見えないかなと期待して行った計算。まあ、あまり見えなかったんだけれど。とりあえず、空間各点での Polyakov-loop の位相を利用して分類してみたところ、確かに非閉じ込め相転移の情報を拾っている様子。レフリーからは非閉じ込め相転移のことがわかっていないという謎のお叱りを受ける(ちゃんと論文を読まず、思い込みで返信するレフリーの様子)。
[hep-ph/1805.08940] Controlling the model sign problem via path optimization method
QCD有効模型である Polyakov-loop extended Nambu--Jona-Lasinio 模型には、符号問題(いわゆる模型符号問題)があることが知られていたが、あまりきちんとした事が述べられてこなかったので、それをまとめる意味で(頑張って)書いた論文。ちなみに、現実的な有効模型には模型符号問題がでるのでそれなりに意味のある論文だと思う。積分変数を複素化して符号問題を弱める経路を取ると、最も寄与する鞍点において背景グルーオン場の(ゲルマン行列の)第8成分が純虚数になり符号問題が出なくなる。その成分が純虚数になること自体は、CK対称性(C:荷電共役、K:複素共役)をフェルミオン行列式に課す(もしくは分配関数を実にするよう方程式を解く)と出てくるのだが、その手法の正当性はあまり明確でなかった。一応、レフシッツ・シンブル法で正当性は示すことはできるのだが、実際の数値計算が難しすぎるので経路最適化法を使った簡便な計算法を与えた(つもり)。