学習の定義

学習とは何か

 学習(learning)とはなんでしょうか。実験心理学では、「経験によって生じる比較的永続的な行動の変化」と定義されることが一般的です。経験とは何か、行動とは何かといった問題も重要ではあるのですが、ここではこの問題には立ち入りません。詳しくは拙著(1)あるいは過去に書いたWebページをご覧ください。

 最近の海外の教科書(2)では、これに加えて「環境内の規則性に基づいた観察可能な行動の変化」という定義が紹介されていました。例を挙げて説明します。

 「雲行きが怪しくなると雨が降る」という規則性があるのは、了解できると思います。これは雨雲と雨の間にある規則性、つまり「外部環境内にある事象のあいだの規則性」です。この規則性が理解できていれば、我々は「雨雲が出てきた段階で雨を降ることを予測する」ということが可能になります。また、「傘をさすと雨に濡れない」という規則性を理解していれば、「雨が降ると傘をさす」ということも可能になります。これは傘をさすという行動と雨に濡れないという結果の間の規則性、つまり「行動と環境のあいだにある規則性」ということになります。これらを合わせて、「環境内の規則性」とみなします。

 この定義に照らせば、「学習と呼んでよいもの」と「学習とは呼ばないもの」の区別が(ある程度)できます。例えば、発達や加齢に伴って起こる行動の変化は、環境内の規則性に関わりなく生じることがあるので、学習とは呼びません。また、疲労や薬物摂取などによる一時的な行動変容も、環境内の規則性によるものではないので学習とは呼びません。ただし、「この場所ではこの薬物を摂取する」という規則性があり、その結果として生じる行動変容は学習です。

 ここまでの議論をすこし一般化して表現すると、上の図のようになります。生活体(人間や動物)とは関係なく、世界の中にはいろいろな事象が起こっていて、この中にはいろいろな規則性があります。また、生活体の行動が環境に影響を与えることもあります。このように、環境内の事象のあいだの規則性、あるいは行動と環境のあいだの規則性に基づいて、生活体の行動が時とともに変化していきます。この生活体の行動の変化を、ここでは学習と呼びます。

 わかりやすくするために、一部を切り出してみます。環境のなかにはいろいろな事象があり、時間に合わせて変化していきます。ある先行事象(例えば雨雲)があり、そのあとに後続事象(例えば降雨)が起こる、といった具合です。この場合、先行事象と後続事象のあいだには生活体の行動に依存しない規則性があり、この規則性に基づいて行動が起こり、また変化します。また、行動(例えば傘をさすこと)と後続事象(例えば濡れなくなること)のあいだには行動に依存する規則性があり、これもまた行動を制御・変化させます。

 このように、我々を取り巻く環境には「行動に依存しない規則性」と「行動に依存する規則性」があり、これらが行動を制御し、また変化させていくと考えることができます(この二つの規則性に対応した学習過程については、別ページで紹介します)。つまり学習心理学とは、「人間や動物の行動を制御するメカニズムを、環境内の規則性との相互作用によって説明する試み」と言えます。

学習研究の狙い

 学習とは「環境内の規則性に基づいた観察可能な行動の変化」であり、学習心理学とは「人間や動物の行動を制御するメカニズムを、環境内の規則性との相互作用によって説明する試み」であると定義しました。この定義に基づいて学習という現象あるいは手続きを研究すると、何がうれしいのでしょうか。

行動のメカニズムがわかるとうれしい

 人間や動物は環境のなかで様々な行動を取ります。そうした行動は、なぜ生じるのでしょうか。我々の行動の理由を明らかにするということは、それだけで十分に知的好奇心の対象となりえるでしょう。また、行動のメカニズムがわかれば、行動を支える生物学的基盤である神経機構の機能を知るための手がかりを得ることもできます。

行動の予測と制御ができるとうれしい

 学習が行動の変化であるならば、これを研究すれば人間や動物の行動を望む方向に変化させること、つまり制御することが可能になるかもしれません。行動の変化の根源が「環境内の規則性」であるならば、適切な規則性を設定してやることで、人間や動物の行動を制御することができるはずです。教育や臨床場面、広告やマーケティングなど、行動変容を目的とした応用分野は数多くあります。同時に、環境内の規則性が行動を規定するならば、その規則性を観察してやることでその環境内で人間や動物がどのような行動を取るのかを予測することが可能になるはずです。行動の予測ができれば、不適切な行動を未然に防ぐことができるかもしれませんし、行動の制御を行ううえでの見通しを立てることもできるでしょう。

環境と行動の関数関係を考える

 こうした学習研究の目的を達成するためには、なにが必要になるでしょうか。いろいろな考え方がありますが、ここでは「環境と行動の関数関係を明らかにする」という方向を考えます。そこでまず、「関数とは何か」について紹介します。おそらく皆さんは関数(function)という言葉を「一次関数」「指数関数」といった具合に聞いたこと(習ったこと)があると思いますが、いったんそれを横においてください。

関数とは、「集合の要素を別の集合の要素に対応させること」、もう少し砕いて言えば「集合の要素を別の集合の要素に移すこと(写像)」の一種と言えます。左の図は、集合Xの要素(元と呼びます)を集合Yの要素に移す様子を示しています。

集合とは、「お互いに区別することのできるものの集まり」という程度の意味です。したがって、「果物の集合」や「動物の集合」も当然可能ですし、「偶数の集合」「3で割ったときに余りが1になる数の集合」でも構いません。

ただし、ある対象が集合に含まれるかどうかが決められなければなりません。「背の高い人の集合」では、身長がどれくらいならば集合の元になるのかが決められないので、集合とは言えません。「身長180cm以上の人の集合」であれば問題ありません。

 この図では、集合XのなかにX1、X2、X3、X4という4つの元があり、集合YのなかにはY1、Y2、Y3、Y4という元があります。これはあくまでも例であり、元の数はいくつでも構いません。極端な話、元がない集合(空集合)も可能ですし、元が無限にある集合もあります。

 集合XとYの各要素の間には矢印が引かれていて、X1はY1へ、X2はY2へ、といった具合に「集合Xの元を集合Yの元に移す」という機能を示しています。このように、集合Xと集合Yの元を対応させる規則が関数です。

 ここまでの説明と、心理学の関連がよくわからないかもしれませんが、左の図のように考えてみるとどうでしょうか。

 ここでは、環境刺激の集合と、人間の取りうる行動の集合の間の写像関係、関数関係が示されています。我々は「赤信号」や「遮断機が降りている」という状況に対して「止まる」という行動を、「青信号」「遮断機が上がっている」という状況に対して「進む」という行動を対応させています。


 一口に「進む」といってもいろいろな行動があり得るので、行動の集合の中にある「進む」という元は、実際には複数の行動を元とする集合になります。「歩く」「走る」「スキップする」など、いろいろな行動を元とする集合が「進む」というものであり、これが行動の集合に含まれています。このように、ある集合(ここでは「進む」)が別の集合(ここでは「行動」)に含まれているとき、前者を後者の部分集合と呼びます。ここでは、「歩く・走る・スキップするなど『進むという行動の集合』が『行動の集合』の部分集合」ということになります。

 もちろん、前述のように集合の元となるかどうかが明確に決められないといけません。「これは進んでいるといってよいのか」「これは遮断機が降りた状態といってよいのか」といった基準は明確に決めたうえの話なので、そう簡単にはいきません。ただ、こうした集合と写像について理解しておくことは、学習という現象に限らず、いろいろな場面で重要です。

 集合XとYの図と比べて、刺激と行動の集合の図では、矢印の付き方に違いがあることがわかります。集合X・Yの図と違い、刺激・行動集合のほうでは、「進む」や「止まる」という一つの元(実際には部分集合)に対して複数の矢印が来ていますし、「話す」という元のはどこからも矢印が来ていません。このように、集合のあいだの写像関係には、いろいろなパターンがあります。

左の図では、集合Xの元をひとつ決めると、集合Yの元がひとつ定まり、重複がありません。こうした写像を単射と呼びます。集合Yのなかに「どこからも写像されてこない元」がありますが、「複数の元から移ってこない」というのが単射の要件です。


一方、次の図では、集合Yのひとつの元に対して、集合Xの複数の元から写像されているものがあります。なのでこれは単射ではありません。一方で、集合Yのなかに「どこからも写像されてこない元」はなく、集合Yのすべての元が写像元を持ちます。こうした写像を全射と呼びます。


「単射であり、全射である」ような写像を全単射と呼びます。左の図で言えば、「写像先である集合Yのすべての元について、写像元である集合Xのなかの元がただひとつに定まる」というような写像です。

 全単射であれば、矢印の向きを逆にしてやれば集合Yから集合Xへの写像を定めることができます。これを逆写像と呼びます。単射、全射では逆写像を定めることができません。


 抽象的な話に見えますが、学習心理学に引きもどすと、「ある刺激状況下でどういう行動を取るかを決める」ということは、「刺激の集合と行動の集合のあいだの写像関係を定める」という問題とみなすことができるということであり、「環境内の規則性に基づいて刺激の集合と行動の集合のあいだの写像関係を定めることを学習と呼ぶ」というように言い換えることもできるわけです。

 「関数とは写像の一種である」と最初に説明しましたが、これまでに見聞きした数学の関数は、例えば1次関数のように数字を入れると数字が返ってくるものというのが一般的だと思います。しかしこれも、「数の集合を数の集合に写像する」ということなので、写像の一種です。

左の図は、横軸(x軸)の値に3をかけて5を足した値を縦軸(y軸)にとったグラフです。つまり式にすると

y = 3x + 5

になり、いわゆる1次関数と呼ばれるものです。

これは、横軸であらわされている数字の集合を縦軸であらわされている数字の集合に移しているわけですから、写像です。すべてを列挙することはできませんが、0→5、1→8、3.5→15.5といった具合に、「横軸の数字を決めてやれば縦軸の数字がひとつ定まる」ということになっています。また、縦軸であらわされている数字(写像先の集合、上の例では集合Y)のすべてについて横軸の数字(写像元の集合、上の例では集合X)がひとつに定まります。つまりこれは全単射である、ということになります。


 このように、1次関数のような一般的な意味での関数は「数字の集合をある規則に基づいて数字の集合に移す」という写像であり、「刺激の集合をある規則に基づいて行動の集合に移す」という写像は、まさしく「環境と行動の関数関係」といえるでしょう。学習研究とは、刺激の集合や行動の集合を適切に設定し、そのあいだの写像関係が環境の規則性に基づいて形成されていく過程を明らかにする営みであるとみなすことができます。

 刺激や行動をどうやって集合の元として扱うのか、その集合がどういう性質を持つのか、環境内の規則性に基づいた写像とはどういうものでどうやって決めるのかなど、問題は山積です。ただこれは数学の問題ではなく心理学の問題なので、経験科学らしく実際の実験やデータに基づいて、「心理学が知りたいことを知るためにはどうすればいいか」をこれから見ていくことにします。

応用的補足

**機械学習や統計的学習理論などについて触れたことのない人は読み飛ばしてください**

 ここまで、学習心理学における学習の定義と研究の方向性について述べてきました。学習という研究対象は心理学の専売特許ではなく、機械学習(machine learning)をはじめとする工学的な研究でも扱われています。そうした研究のなかで、学習(特に統計的学習)は「与えられたサンプルから真の分布を推定すること」と定義されることがあります。もちろん分布の推定という問題設定は学習心理学でも利用します。一方で人間や動物は必ずしも「真の分布」を推定する必要はなく、適応的な行動を取れさえすればよいとも言えるので、本サイトでは人間や動物の行動変容としての学習を扱うにあたっては、この定義は採用しません。

 実際には「与えられたサンプルから真の分布を推定すること」を達成するためのアルゴリズムが生活体の行動そのものを制御している必要はなく、「全体としては適応的な行動の選択をしているが、その下部構造では統計的学習理論に従った計算を行っている」ということもあり得ます。機械学習のアイデアは、適宜必要に応じて(可能な範囲で)紹介します。

引用文献

  1. 澤幸祐 (2021). 私たちは学習している. ちとせプレス

  2. De Houwer, J., & Hughes, S. (2020). The Psychology of Learning: An Introduction from a Functional-Cognitive Perspective. MIT Press.