刺激般化

刺激般化とは何か

 野生動物のつもりになってみましょう。森を歩いていると、茂みがガサガサと音を立てたとします。あなたは警戒して茂みを眺めていたところ、天敵が現れて襲い掛かってきました。なんとか難を逃れたあなたは、「茂みがガサガサと音を立てたら天敵が現れる」という環境内の規則性を学習し、次に同じことがあったら警戒して逃げ出すことに決めたとします。次の日、あなたはまた森を歩いていると、茂みがガサガサガサと音を立てたとします。あなたは「昨日とは別の音だし、まあいいや」と警戒を怠ったとします。すると何が起こるかは、容易に想像できるでしょう。天敵にまた襲われ、今度は命を落とすかもしれません。

 このように、自然環境内では「全く同じ出来事が繰り返し起こる」ということはありません。たとえ同じ物体であっても、光の具合によって違って見えることもあるでしょうし、汚れが付いたりあるいはきれいに洗ってあるかもしれません。したがって、「経験する刺激として違ったものであっても、ある程度似た刺激に対しては同じ反応を返せること」というのは重要な意味を持ちます。このように、ある刺激に対して表出する行動や反応を、別の似た刺激に対しても表出することを刺激般化(stimulus generalization)と呼びます。

 では経験的な結果を紹介します。刺激般化について最も有名な研究はGuttman & Kalish (1956)(1)です。この研究では、実験箱に入れたハトに対して、「光刺激が提示されるとエサが与えられる」という訓練を行いました。ハトは光刺激とエサの対呈示を経験すると光刺激を提示しているキーをクチバシでつつくという反応を学習します(自動反応形成, 2)。ハトは4グループに分けられていて、提示される刺激はそれぞれ530nm、550nm、580nm、600nmの波長光です(元論文ではナノメートルではなくミリミクロン表記)。ここでは話を簡単にするため、580nmの波長をもつ光刺激を標的刺激とした群に絞って話をすすめます。

 光は波長によって違う色に見えるわけですが、580nmの光は人間の場合にはおおむね黄色く見えます。この色の光をハトに呈示し、そのあとにエサがやってくるという経験をさせると、この色が提示されると反応キーをつつくようになるわけです。この訓練のあとに、標的刺激より波長の長いもの・短いものをテスト刺激としてハトに呈示します(左図上)。

 これらの刺激は、標的刺激と違って「刺激のあとにエサがやってくる」という訓練をしていません。したがって、ハトは反応キーをつつく理由は基本的にはないはずです。しかし実際には、標的刺激に波長が近いほど強い反応が確認され、標的刺激から波長が離れていくほど反応が弱くなっていくという結果が得られました。

 つまりテスト刺激については、「そのあとにエサが提示される」という訓練をしていないのにハトは反応を示したわけで、刺激般化が生じたと判断できます。また、標的刺激から波長が離れていくほど反応が減衰していくカーブを般化勾配(generalization decrement)と呼びます。

 刺激般化を巡る実験研究は膨大にありますので、別の手続きによる研究は別ページで扱うことにして、話をすすめます。

「似ている」とはどういうことか

 刺激般化が起こる理由、つまり「標的刺激と違う刺激に対してなぜ反応が起こるのか」を考えてみます。わかりやすい理由は「標的刺激とテスト刺激が似ているから」というものです。この理由はもっともらしく聞こえます。たしかにGuttman & Kalish (1956)の実験を見る限り、テスト刺激が標的刺激と「似た色」の場合には般化が強く生じ、「似ていない色」になるにつれて般化の効果が弱くなっているように見えます。

 その一方で、この理由は少し考えてみると曖昧なところが多いことがわかります。そもそも「似ている」とはどういうことでしょうか。りんごとみかんはどちらも果物ですし丸いので似ていると言えそうですが、味も色も違うので似ていないとも言えます。刺激や事象について似ているか似ていないかは、人によって感じ方もバラバラだと思います。「似ているから」という理由が正しいかどうか判断するには、「何をもって似ているとするのか」、つまり「似ているとはどういうことか」を決めてやらないといけません。

 似ているとはどういうことかを整理するために、集合から考えてみます。左のように「人物の集合」があったとします。4人の人物がいますが、この人物たちのあいだで「似ているかどうか」の程度を決めることはできるでしょうか。性格や外見など、様々な要因から人物同士が似ている・似ていないの判断を我々はしていますが、まずはこの集合の元に対して「身長を比べる」「体重を比べる」という操作を導入してみます。すると、「人物の集合」のそれぞれの元の間で「身長が高い・低い・同じくらい」「体重が重い・軽い・同じくらい」といった関係、つまり集合元と元のあいだの項関係を定めることができます。こうすることにより、身長や体重を数字で表現することができます(集合に対して元の間の二項関係を導入して数量化するステップの詳細はここでは省略します。別ページに加筆する予定です)。 

 「人物の集合」に対して、各元のあいだの二項関係を導入することで、それぞれの元が身長と体重という二つの特徴について数字が張り付きました。4人では心もとないので、もう少し多くの人物について身長と体重を測定し、これをグラフにしてみます。

 左図は、身長と体重をそれぞれ横軸・縦軸に取り、各人を1点であらわしたもので、散布図(scatter plot)と呼ばれます。身長が高い人は体重も重いという傾向が見て取れるように、複数の変数の関係を示すときに使われます。

 「人物の集合」に工夫をして身長と体重を割り当てると、このように身長と体重という2つの軸からなる空間を作ることができるわけです。「空間」というと「隣の家」「500m先」のように物理的空間を思い浮かべますが、身長体重の軸を東西南北に見立てれば同じことですので、これはこれで空間といってもかまいません(空間の性質については後述)。

 とりあえずここでは「隣の家」のような空間と同じように扱うことにするともともとは「人物の集合」の元だったもののあいだで近い・遠いという距離を考えることができます。

 散布図のなかのAさんとBさんを見てみます。AさんとBさんは、身長と体重という点からみてどの程度似ているといえるでしょうか。ここで、AさんとBさんの距離(d; distance)を、下のような式で定義します。

 これは平たくいってしまえば、破線で描かれた三角形に三平方の定理を使って斜辺の長さを計算する式です。実際は、「三平方の定理を使えば距離が計算できる」というよりも、「上の式で計算されるものを距離と呼ぶことにする」というほうが正確です。というのも、上の散布図では縦軸と横軸が体重と身長という単位の違うものであり、平らな紙の上に点を打って長さを測るときのように縦横斜めがすべて同じ単位という世界ではありません。それでもこのように距離を定義することはできます。

 単位の違いが気になるのであれば、身長と体重をそれぞれ標準化(平均0、分散1になるように変換したもの)を施して、左図のように補正することができます。それでも本質的な問題は解消しませんが、スケールの違いについては補正することができます。

 いずれにせよ、「身長と体重の組み合わせからなる点の集合に、差の二乗和の平方根によって計算される距離を導入する」という作業をしました。「差の二乗和の平方根」をユークリッド距離と呼び、ユークリッド距離が定義された空間をユークリッド空間と呼びます。この例では、身長と体重という2つの軸からなる2次元空間(つまり平面)にユークリッド距離を導入し、2次元ユークリッド空間を作ったということになります。

 こうなると、この散布図のなかにあるすべての点の間で、ユークリッド距離を三平方の定理を使って計算することができます。すると、距離が近いということは「身長・体重が同じくらい」ということと対応することになります。我々は「身長・体重が同じくらいの人物」は、そうでない人物同士よりも「(体型について)似ている」と判断するでしょう。このように、「ある事象の持つ特徴を数字で表現し、空間内に配置することでその距離を測定する」という作業で、「事象と事象の類似性」を表現することができます。

 Guttman & Kalish (1956)では、光刺激の類似性は波長という数字を使って示すことができました。波長だけなので1次元空間、つまり数直線になるわけで、ユークリッド距離は単純に「2つの刺激の波長の差の2乗の平方根」です。しかし心理学の実験で用いる刺激のなかには、刺激の特徴を示すような数字を設定するのが簡単ではないものもあります。身長や体重は比較的わかりやすいように見えますが、それでも一筋縄ではいかない問題もあります。例えば次の例をみてみましょう。

 同じ散布図のなかでC、D、E、Fの4人を左図のように見てみます。すると、CさんとDさんの距離はEさんとFさんの距離とほぼ同じということがわかります。距離がおおむね同じということは、CさんとDさんはEさんとFさん同じ程度に似ている、ということになります。

 しかしこれは、少し変な気もします。Cさんは「身長のわりには体重が重い」、Dさんは「身長のわりには体重が軽い」という体型ですが、EさんとFさんはどちらも「身長と体重が見合っている」という体型です。我々の直感的な類似性の判断と、身長・体重空間上での距離は、この場合には一致していないように見えます。

 こうした齟齬がおこってしまう理由はいろいろ考えられます。

 例えば、この例では距離としてユークリッド距離を考えました。実は距離の定義はほかにもあります。ここでは詳述しませんが、マンハッタン距離やマハラノビス距離など、距離の種類はさまざまです。ユークリッド距離で計算するのは今回の例では実は不適切なのかもしれません。

 あるいは次元数不足という可能性もあります。今回の例では身長と体重という2次元だけで話を進めていますが、我々が体型の類似性を判断するときにはそれ以外の次元も影響しているかもしれません。別の次元を加えて3次元空間で考えると、実はCDの2名とEFの2名の関係をうまく説明できるかもしれません。

刺激般化と「心理的」距離

 刺激般化の話題に戻ます。学習とは「環境内の規則性に基づいた行動の変容」であり、刺激般化とは「ある刺激に対して学習した行動や反応を、別の似た刺激に対しても表出すること」でした。そして刺激般化の背景にある刺激の類似性は、刺激の持つ特徴を数量化して空間に配置し、空間内の距離によって定めることができました。刺激般化がなぜ起こるのかという学習心理学の関心からすると、「刺激の持つ特徴を数量化して作った空間内の距離」が刺激般化の程度、つまり「テストにおける反応の強さ」と対応するかどうかを調べてやれば、どの特徴が刺激般化をもたらしているか、あるいは生体は環境内の刺激のどんな特徴を抽出・数量化しているかを知る手がかりになることが期待できます。

 Guttman & Kalish (1956)の例では、光刺激の波長の差が刺激般化の程度とおおむね対応していました。つまり「光刺激の波長という物理的特徴が刺激般化の制御要因である」と言えます。実験操作の対象が1次元である場合には単純ですが、複数次元が同時に変化するようなケースでは、どういう距離の取り方が有効なのかは簡単にはわかりません。先の例のように身長・体重という物理量を使って計算したユークリッド距離では類似性がうまく表現できないようなケースもあり得ます。

 心理学者が知りたいことは、あくまでも「人間や動物が何をしているか」であって、観測されたデータが基本的には正解です。従って、どういう刺激特徴を使ってどういう空間を構成するのがよいかは、観測されたデータが決めることになるでしょう。物理的な特徴を使ってきれいな空間を作り、その空間内で刺激間の類似性を距離によって定義できても、行動データと一致していないならばそれは「心理学的に正しいもの」とは言えないと思います。実際、刺激の物理的な類似性以外の経験による要因が刺激般化に影響することを実験的に示した研究はいろいろあります(3)。「似ている・似ていない」という主観的で曖昧な表現を空間内の距離によって数量的に定義しつつ、その空間内の距離が行動データに対応するような「心理的距離」として妥当なものにできるかどうかが重要です。

 刺激般化や心理的空間・心理的距離についての話題はまだまだありますので、ページを改めて別途紹介します。

納得できない人へ

 このページでの議論は「刺激を元とする集合」「刺激の持つ特徴を数量化するための二項関係」「刺激の特徴量から作った空間と距離」といったものを前提としました。数学の多くのアイデアは集合論に基づいて作られているため、心理学に数学を持ち込むとなるとこうした前提を外すことは本来はできません。外すならばそれは「なんとなく数字にして計算できれば自然科学っぽくていい感じだね」というだけになってしまいます。

 ただ、こうした前提が心理学が知りたい対象に対して適用できるものなのかについては悩ましいところがあるのも当然です。物理量は大小など二項関係を導入しやすいですし演算もしやすいですが、例えば「電気ショックが誘発する恐怖とエサが誘発する快を加算せよ」というのはそう簡単ではありません。

 定量的な、あるいは形式的な方法をとることは重要ですが、心理学の研究対象が持つ厄介さ(面白さ)とちゃんと向き合うこともまた重要なので、こうしたモヤモヤについてはアビスの深淵でいろいろ考えることにします。

引用文献

  1. Guttman, N., & Kalish, H. I. (1956). Discriminability and stimulus generalization. Journal of experimental psychology, 51(1), 79–88.

  2. Brown, P. L., & Jenkins, H. M. (1968). Auto‐shaping of the pigeon's key-peck. Journal of the experimental analysis of behavior, 11(1), 1-8.

  3. Honey, R. C., & Hall, G. (1989). Acquired equivalence and distinctiveness of cues. Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, 15(4), 338-346.

参考文献

内田伏一 (1986, 2009). 集合と位相 裳華房