散文的履歴書
散文的履歴書
中学生の時に陰湿ないじめを受けた.事なかれ主義の教師たちは頼りにならないどころか,いじめられる側にも問題があると責めた.それ以来,後ろ向きに,地面を見つめ,自分の足跡を消しながら長い時間を生きた.彼らに後をつけられないように.屈辱の記憶を留めないように.
それから50年.いわゆる社会人としての定年を迎え,世間と縁切りした余生をと思い数年を過ごした.だが勤務先だった大学のサーバから研究室のホームページが消えたとき,石にしていたはずの心が軽い痛みを覚えた.ほんの少しだが,自分の過去を残しておきたいと思ったのだ.
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高校時代はひねくれた三無主義の学生として過ごした.大学はモラトリアムと承知で入学したが,三年生になる頃には勉強する意味も生きる意味も見失っていた.大学中退を考えたことも何度かある.学生課の窓口で,学友会(自治会)を支配する革マル派学生が退学の相談をしているのを聞いた後,その思いがいっそう強くなった(その学生は数年後 - - もう学生ではなかったかもしれないが -- 革労協との内ゲバで,他の革マル派4人と共にキャンパス近くの路上で殺害された).
そんな状況だから学業はふるわず,必修科目を落として仮進級で四年生になったが,じゃんけんを勝ち抜いて故菅野道夫先生の指導を受ける学生になった.先生は劣等生に優しかった.『山田くん,勉強している場合じゃないよ.遊ぼう.麻雀しよう.将棋しよう.飲みに行かないか』 まだ若い先生だったが,ファジィ測度論を世に提案し,その世界で知られ始めていた気鋭の研究者と知り,憧れた.それからの3年間は以前よりずっと勉強するようになったが,学生時代の先生との記憶は遊んだことばかり..
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大学院修士課程を修了後,先生に再会したのは約10年後.3つめの会社で働いていたときに米国の親会社から研究員が来て,九州の国際会議に案内役として出席することになった.先生はすでにその分野の第一人者になっていた.バンケットでひさしぶりの挨拶に伺うと,その場で通産省(経産省)が新たに作る時限の研究所に出向しないかとの誘いを受けた.その出向が実現するまでには紆余曲折あったのだが,結局その出向先で初めてアカデミックな研究を経験し,会社復帰後になんとか学位を取り,先生との再会から6年後に大学へ転職することになった.
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それで...
現役生活を終えた今思うのは人工知能に対する複雑な想い.20世紀までの人工知能はたいして役に立たなかった.役に立たないからこそホッとする面もあった.世俗的成功にも,金儲けや富の集中にも,人々の仕事を奪うことにも,社会の分断にも,無関係でいられた.
役に立つ...通常,それは実用化されて人々の生活やビジネスに貢献することを意味する.だがそのことに対する興味は私にはなかった.大学ではそれで許された.国立大学が法人化するまでは.
法人化で大学はがらりと変わった.論文を書くだけでは評価されず,外部資金獲得やメディア露出や役所の委員就任等が求められ始めた.要は『役に立つ』研究をして世間の注目を集め,スポンサーを探せということ.それが社会貢献だと学長とその周辺は言う.役に立たない理論研究などやめて応用研究をしろということ.
データサイエンスが流行り,機械学習が流行り,ディープラーニングが流行り,生成AI が流行った.どれも役に立つ立派な研究だ.だが役に立つ人工知能は人々の仕事を奪う.古い科学技術はブルーカラーの仕事を奪ったが,今のAI技術はホワイトカラーの仕事を奪う.
ヒトは知能をもつからこそ他の動物たちの上に堂々と立ち,彼らを差別し,自らのために彼らに犠牲を強いてきた,だが今,ヒトは人工知能に仕事どころか尊厳まで奪われる瀬戸際にきている.ヒトの知能が人工知能に劣る..かもしれないからだ.そして,今まで差別し犠牲を強いてきた動物たちの悲しい立場に,今度はヒトが立たされるかもしれない.
エネルギー多量消費という問題もある.エネルギーの有限性は地球環境において最も重要な課題であるのに,今のAIは想像を絶するほどに莫大な電力を消費する.二酸化炭素が地球温暖化の原因という通説,その根拠の弱い通説には首をかしげるが(地球温暖化論と懐疑論),それでもエネルギー多量消費が人類の解決すべき大きな課題であることは変わらない.そしてAIのエネルギー多量消費が,ヒトの手に負えるはずもない原発の復活の口実にも使われる.
今のAIは,昔夢見たユートピアからは遠くかけ離れ,ヒトの存在と尊厳に根源的な疑問を投げかけるている,といえなくもない.