1979年8月,東京で人工知能国際会議(IJCAI'79)が開催された.その前年の忘年会.すぐ近くに座った研究室のボス(教授)から,学部でやった卒業研究をこの国際会議に投稿せよとの指示があった.それが,修士2年の夏にIJCAIで発表することになったきっかけだ.そのとき以来ずっと,企業への就職直後の2,3年を除いて,65歳で定年になるまで人工知能に関わる仕事をしてきた.卒業研究は20歳のときだったからざっと45年.
45年の間に人工知能パラダイムは紆余曲折を重ねた.IJCAI'79の分厚い2冊の論文集に掲載されていた論文は,約1/3がゲーム・プレイングだった.チェスやチェッカーなどの二人ゼロサム完全情報ゲーム.技術の基本は探索.数多くの選択肢の連鎖の中から最善またはより良い最初の一手を選ぶ.各選択肢の精確な評価と選択の速さが勝負になる.
その頃,米国ですでに注目を浴び,その後主要な人工知能パラダイムに成長したのが知識工学.対象分野の専門家の判断知識をインタビューで引き出し,その知識をデータベースに格納する.そしてその知識を組み合わせた三段論法や論理計算等で推論し問題解決を行う.実用になる初めての人工知能ということで,学会だけでなく産業界でも大ブームになった.知識は力なり(Knowledge is Power).だが知識ベースの作成と維持にかかる人的コストが高すぎ,次第に忘れ去られた.
その後,データからの知識発見,人の曖昧な思考を再現するファジィ理論,脳神経を模擬した人工神経回路網,生物進化を真似た進化的計算,アリやミツバチにヒントを得た群知能,頻度に基づく確率を人間の信念表現に利用する主観確率など,様々な理論・技術が次々に注目を浴びた.だが21世紀に入る頃,頭一つ抜け出したのが機械学習とそれに基づくデータサイエンスだった.機械学習はデータから入出力関係などを学習する技術の総称で,個々の理論・技術は多様だが,2012年その中からさらに一歩抜け出したのがディープ・ラーニング.人工神経回路網の進化版である.2020年代に入るとディープ・ラーニングはさらに進化し,生成AIが華々しく登場する.
定年を迎えたのはちょうどその頃.定年が少しずつ近づいてきたとき,もう十分かなと思った.会社や大学での生活も,分かりやすい成果を求められる大学での研究も,そして人工知能も,もう十分にやった.残りの人生はそうしたことに関わらないものにしたい,そう考えたのだ.だからここにあるものは,すべて,過ぎ去った過去の,遠くに霞むまぼろし.