多くの魚種は、ヒトなどの哺乳類同様に精巣を持つ個体と卵巣を持つ個体が別々に存在する雌雄異体です。それらの魚種では、稚魚期に精巣にも卵巣にもなっていない未分化な生殖腺(未分化生殖腺)が存在し、成長に伴い精巣または卵巣へ変化します。
この過程を性分化といいます。本来、遺伝的な性とは受精時の性染色体の組み合わせで決定しますが、魚類は哺乳類と異なり発生途中での性ステロイドホルモン処理や飼育環境の変化によって、機能的な性が遺伝的な性とは異なる性に転換(性転換)することが知られています。私達の研究室では、性転換する魚類の一種でもあるメダカを用いて、性転換に関わる因子およびそれらの分子カスケードを含めた性転換機構の解明に向けた研究に取り組んでいます。
「メダカにおける決定様式と性転換」
ヒトを含めた哺乳類でもよく知られているXX/XY型という性決定システムですが、メダカでも同様の性決定システムが存在します。詳しく説明すると2002年にY染色体上に存在する性決定遺伝子「dmy」が発見されました*1。dmyは哺乳類の性決定遺伝子であるSryに次ぐ、脊椎動物では2番目に発見された性決定遺伝子です。この遺伝子から作られるタンパク質はDM(Doublesex and Mab-3)ドメインと呼ばれるDNAに結合するアミノ酸配列を持ちます。dmyはXY個体の未分化生殖腺(まだ精巣にも卵巣にもなっていない時期の生殖腺)において、生殖細胞を取り囲む体細胞で特異的に発現します。dmyの機能が欠損したXY個体では全て機能的な雌となり、過剰発現したXX 個体では機能的な雄が出現することから、dmyは雄の決定に関して必要かつ十分な遺伝子であると考えられています。
先ほどから出てきている「機能的な雄」、「機能的な雌」という表現ですが、これは精巣もしくは卵巣を持ち、雄または雌としての生殖活動が可能な機能のことを指します。反対に、「遺伝的な雄」というのはXY個体を、「遺伝的な雌」というのはXX個体を指します。メダカを含む魚類では大変興味深いことに、遺伝的な性と機能的な性が一致せず、変わってしまう現象が知られています。例えば遺伝的には雌(XX個体)として生まれながらも、機能的な雄(精巣を持つ個体)になってしまうことがあります。これを「性転換」と言います。我々はこの性転換が高温処理により誘導されることを明らかにし、それはストレスホルモンであるコルチゾルによって誘導されることを明らかにしました*2。
*1 Matsuda M, Nagahama Y, Shinomiya A, Sato T, Matsuda C, Kobayashi T, Morrey C.E, Shibata N, Asakawa S, Shimizu N, Hori H, Hamaguchi S, Sakaizumi M. DMY is a Y-specific DM-domain gene required for male development in the medaka fish. Nature. 2002;30;417(6888):559-563.
*2 Kitano t, Hayashi Y, Shiraishi E, Kamei Y. Estrogen Rescues Masculinization of Genetically Female Medaka by Exposure to Cortisol or High Temperature. Mol Reprod Dev. 2012 Oct;79(10):719-26.
「性転換におけるコルチゾルの作用機構」
メダカの受精卵を26℃で培養すると約9日後に孵化しますが、この孵化時期のXY個体(遺伝的な雄)とXX個体(遺伝的な雌)との間には、後に精巣や卵巣を形成する元となる生殖細胞の数に性差があります。これまでの研究において、孵化時期のXX個体はXY個体よりも約2倍多い生殖細胞を持つことが明らかになっており、それが後の性分化に大きな影響を与えていることがわかりました。生殖細胞数の性差は、孵化前3日ぐらいから起こるため、この時期に発現を開始するメダカの性決定遺伝子(dmy)がきっかけとなり、XY個体で生殖細胞の増殖が抑制されると考えられています。
この生殖細胞の増殖を促す因子として「mis」という遺伝子が知られています*1。misは哺乳類で言うと子宮や輸卵管といった女性生殖輸管系の原型であるミュラー管の発達を抑制する働きがあり、MISの名称はこれに由来します。メダカにおいてmisは、生殖細胞を囲うように存在する体細胞である生殖腺体細胞で特異的に発現しており、生殖細胞の増殖を促しています。
XX個体では、孵化後も順調に生殖細胞が増加し、その一部が卵母細胞へと分化して卵形成が進行します。孵化時期にXX個体の生殖腺体細胞において、女性ホルモンとして知られるエストロゲン を合成する酵素(アロマターゼ)をコードする遺伝子(cyp19)の発現を誘導する転写制御因子「foxl2」が発現を開始することから、このfoxl2の発現が卵巣形成に深く関与していると考えられています。
dmyの下流遺伝子候補の「gsdf」はdmyと同じく、生殖腺体細胞において孵化前から雄特異的に発現します。一方でコルチゾル処理を施したXX個体が雄化する際には、このgsdfの発現が増加することを我々は発見しました*2。したがって、XX個体の機能的雄化(性転換)にはこのgsdfが作用していると推測されています。実際に我々は、gsdfを過剰発現したXX個体では、生殖細胞の増殖が抑制され、その後、機能的な雄に性転換することを確認しています。また我々の過去の研究において、このmis遺伝子の発現はコルチゾル処理によって左右されないことが明らかになりました。そのため、コルチゾルはmisを通した生殖細胞の増殖抑制ではなく、より下流で機能するgsdfへ影響することにより雄化カスケードを活性化することが明らかになりました。
*1 Shiraishi E, Yoshinaga N, Miura T, Yokoi H, Wakamatsu Y, Abe S and Kitano T. 2007. Mullerian Inhibiting Substance Is Required for Germ Cell Proliferation during Early Gonadal Differentiation in Medaka (Oryzias latipes). Endocrinology, 149:1813-1819.
*2 Kitano T, Hayashi Y, Shiraishi E and Kamei Y. 2012. Estrogen Rescue Masculinization of Genetically Female Medaka by Exposure to Cortisol or High Temperature. Molecular Reproduction & Development, 79:719-7has 26.
「魚類生殖幹細胞の異種間移植技術の開発」(川村)
製作中
生物環境農学国際センターのHPでも北野研究室の研究内容が紹介されています。リンクはこちら