私、花園あおいは繰り広げられる推理を固唾を飲んで見守っていた。自分のことについて推理されたとき、ふと昔の事を思い出した。
思えば、私の人生は、生きることのない未来に捧げていた。
私は花薗創一と春野礼の子どもである。その特殊な出生ゆえに、私の存在は世間から秘匿され、誰も寄り付かない神社に匿われていた。
物心つき始めた頃、花薗創一からその事実を明かされ、最後にこう言われた。
「君はこの神社でずっと暮らさなければならない。そして、君が生きられるのは私が生きている間だけだ。もし私が死ぬと誰かが君を消しに殺しにくるだろう。そういう運命なのだ」
私の胸に運命という言葉が重くのしかかった。親近相姦で産まれた最悪の運命を知った上で、彼が口にした「運命」という言葉は私を諦観の淵に追いやるのに十分だった。望まれずに生まれ、望まずとも死ぬ。
ある時、花薗創一から姫小百合の球根を貰った。
「君のような美しい花が咲く。育てるといい」
結果として、その姫小百合に魅せられ、花畑を作ることになった。誰からもその存在を認められ、枯れてもまた咲き続けるその永久的な美しさに憧れた。さらに、失っていた自身の存在理由をその花畑に託した。
「この花畑がある限り、人々はこの花畑の始まりを思い、そこに私という存在が暗に存在し続ける。そうして私は未来で生きられる」
でも、その意志は、ある少年との出会いをきっかけに揺らぐことになる。それは花畑が立派になり、花園に相応しくなった頃。その少年と花園の境界線で出会った。彼と仲良くなった頃、彼は私に告げた。
「未来に生きることは分かったけど、今を生きた方が良いんじゃない?」
何も言えなかった。それが理想だと思っていても、花園創一に言われた「運命だ」という言葉が口を塞いでいた。
しばらくして、父親の花園創一が神社で倒れた。母親が彼を病院に連れて行った時、少女は自分の死期を感じ取った。その夜、誰かが境内に忍び寄る気配がした。このタイミングで入ってくるのは私の存在を消そうとする誰かだろう。死んでもいい……花園とともに未来で生きれるのだから……。
寝ているふりをしている私にズシッズシッと足音が近づく。その音を聞く度、少年の言葉が思い起こされる。
『未来に生きることは分かったけど、今を生きた方が良いんじゃない?』
最期に抗ってみてもいいのかな。ねぇ、いいのかな。……そうか、もうここに私を閉じ込める花薗創一はいないんだ。
何者かが私を殺そうと刃の長い包丁を振り上げた刹那、私は飛び起き、神社の裏口から姫小百合の花園へと躍り出た。
花園を駆けた。未来に私の存在を託した花薗を踏み荒らしながら、今を生きる足音を響かせる。このまま花園の境界線を越えて、その向こうへ逃げたい。少女に追い風が吹く。まるでその先に突っ走れと応援するように、少女の走る方向に姫小百合は靡く。耳元を撫でる風の音が応援する声みたいだ。
……これが今を生きる感覚なのかな。気持ちがいい。もっと今を生きていたい。
「あ”あ”あ”っ……」
その直後、背中から腹部まで刃で貫かれた。追い風は追いかける方にとっても追い風。完全に致命傷だ。花園の境界線までまだ遠いというのに。結局、私はこの花園で死んでしまう運命。すぐに私を刺した人物はその場から立ち去った。
「い”た”い”っ、い”た”い”っ」
運命は変えられなかった。昔から知っていた。でも、今を生きたんだという証を誰かに伝えたい。
あの少年のことを思い出す。花園の境界線まで行けば、彼に見つけてもらえる。だが、体が痛みを訴える。動けない。走馬灯が見える。昔、姫小百合の球根で中毒になったことがあったなぁ……コルヒチン!?
手元の姫小百合をもぎ取り、その球根を食らう。コルヒチンは少量の摂取で痛み止めの薬になり得る。血を流しながら、花園の境界線へと歩き出した。今を生きながら命を削る。いや、命を削りながら今を生きる。逆説的に、これが生きるということなのかな。
強いて言うなら花園の境界線を越えてみたい。ああでも、それは叶いそうにないな。境界線の一歩手前、これが私の運命……。
それでも、外の世界を感じてみたい。
最期に運命からの解放を希った。その純然たる意志が、運命に打ち勝つ、限界を超えた一歩を私にくれた。
「あぁ、きれい……」
花園の境界線の一歩外にて私は死んだ。
僕は春野むぐら。僕たち4人で議論した結果、少女を殺した人物と花薗創一を殺害しようとした人物の見当がついた。
まず、少女を殺した人物から。
花園創一の魂を見た時に、特別な遺言状が信頼のある誰かに送られていることが分かった。送られている可能性は、花園の血筋の誰かである可能性が高い。そして、少女は背中から腹部を刃物で貫かれたいた。これは、春野誠が殺された状況と同じだ。春野正義が言うには、春野誠を殺したのは灰場京介らしい。つまり、灰場京介が春野誠を殺した時と同様に少女を殺した可能性が高い。それが確信に変わったのは、灰場京介が神社の存在を知っていると漏らしたからだ。それがなければ、確証は得られなかっただろう。
続いて、花園創一を殺害しようとした人物。
この事件を紐解くのに重要なのはコルヒチンが溶け出る「10分」という時間だった。コルヒチンは10分で水に溶け、黄緑色になる。11:00頃、灰場舞は花園創一と春野正義に水が注がれたマグカップが差し出した。そして彼らは10分後、そのマグカップでお茶を飲んでいる。これはコルヒチンが水に溶け、黄緑色になったゆえに、お茶と思ったのだ。つまり、コルヒチンは11:00に仕込まれたことになる。この時点で、春野正義が毒を仕込むことはできない。次に、灰場舞が毒を仕込んだ可能性についてだが、それは考えにくい。なぜなら、コルヒチンを完全に溶けた状態で、お茶と装って出せばより確度高く殺せるからだ。
消去法で残ったのは僕だ。ただひとつ、お茶が切れていたことが失念だった。いつもお茶が出されるのに今回だけは水だった。それでも殺した直接的な証拠がない。動機を推察されるまでは、学校に行っていたという完璧なアリバイで切り抜けたかった。でも、動機はいつか気づかれるものだったように思う。両親が過労死で死んだことで、社会を憎み、政治家を憎むようになった。
僕は、7:00頃、登校する前に灰場京介のマグカップにコルヒチンを塗った。ただそれだけで終わるはずだったのに……。
僕は少女に4人での議論結果を伝える。
「あおいを殺したのは、灰場京介。灰場京介を殺そうとしたのは僕、春野むぐら」
「そうだ。君を殺したのは私、灰場京介だ。君の存在が公になることがあれば、私の政治家としての印象が悪くなる」
「僕の両親は過労死し、政治家を恨むことは必然じみた運命だった。何度繰り返そうとも僕同じことをするだろう。でもやっと、僕の運命も終わる」
僕の人生は最悪だった。でも最後は達成感に満ちていた。そんな僕に、少女はある真実を告げた。
「ここに幽閉されたのは魂。春野むぐらだけ大地震の中、瀕死で生きている。私が今、むぐらの魂を解放すれば、あなたは生き返ることになる」
「そんな……もういいよ。僕の人生は終わったんだ。このまま……」
その言葉の続きを中断するように灰場京介は口を挟んだ。
「むぐら君、本当にすまなかった。君の父が過労死した原因は私ににある。私の宗教団体Gardenに彼は多額の献金をしていたようだ。君が私を殺そうとしたのも、結局は私の自業自得なのだろう。ごめんなさい」
灰場舞がそれに続く。
「私も、君の父親と喧嘩したとき、むぐら君が止めてくれなければ、私は殺人犯になっていた。……もっと家を居心地の良い雰囲気にすればよかった」
春野正義もそれに続く。
「はは、俺は死んだのか。でも大地震なら仕方ないよな。でも、むぐら君、君は生きてみても良いんじゃないか。君の最悪の運命が必然じみたものだったとしても、ここで全てを清算できたんだ。もう一度、やり直せる。何度だってやり直せる。……もし、仕事に困るようなら俺が記事を提供している出版社を紹介するよ」
そうか、僕の運命はここで清算できたのか。……あぁ、あおいの花園を守りながら生きるのも悪くないかもしれないな。
——5年後。
大地震の大怪我も回復し、僕は今、写真家になっていた。
生き返ってから少しした頃、宗教団体Gardenの詳細を記事にし、それを出版社に売った。身内からのリークだったこともあり、発行部数は凄まじかった。そのおかげで追加報酬をたくさん頂いた。
それから僕は日本各地を巡り、人々が生きた証を写真に収め続けた。人々の魂を形として残したかった。それを3年間続け、まとめたものを出版した。それがSNS等で人気を博し、さらには図書館や病院の公的スペースに置かれ、写真家として名を馳せた。
そして今、写真の個展を開催している。日本各地で撮った人々の写真に加え、姫小百合を映した風景写真を飾っている。これもまた人の魂の形だから。
その姫小百合の写真の題名は『 葵(あおい) 』——僕の運命を繋いでくれた人の名だ。
下記の事柄を推論できていれば、括弧内の得点を獲得できます。
灰場京介が花園あおいを殺した(+5)
灰場京介殺害未遂を誰からも疑われない(+2)
灰場京介が花園あおいを殺した(+7)
灰場京介殺害を疑われる(1人につき -2)
灰場京介が花園あおいを殺した(+5)
灰場京介殺害を疑われる(1人につき -2)
灰場京介に掛けた「生命」保険を黙秘し、悟られない(+2)
春野むぐらに毒殺されかけた(+7)
花園あおい殺害事件で、最終的に私を疑わない人がいた(+2)
花園創一の不倫相手は灰場礼である(+2)
花園あおいは、花園創一と春野礼の子どもである(+2)
※パソコン推奨 @2076年末
この作品は3つの謎で構成されています。
灰場京介殺害未遂事件
花園あおい殺害事件
花園のあおいの正体
灰場京介殺害未遂事件について
この事件を紐解く上で重要なのは「10分」と「黄緑色」です。これらは「春野正義の魂」と「灰場舞の魂」で知ることができ、全員に開示されることが望まれます開示して、コルヒチンを知っていたとしても、その人物が以下のような推論を述べれば、怪しまれることはないでしょう。
春野正義の場合
毒が溶け出すには10分間必要であり、毒を入れるタイミングは灰場京介が離席した11:05で、11:00に死ぬことはあり得ない。
灰場舞の場合
前提として、花園正義および灰場京介から入れた水がお茶に変わっていることを知り、お茶と黄緑色を結びつける必要があります。それが分かれば、完全に溶け切って、お茶として出せば良いので、水として出す必要がないことを示せるでしょう。
消去法で春野むぐらが怪しくなりますが、むぐら自身もの持ち得るコルヒチンの情報を開示し、ヘイトを反らすのも良いかもしれません。
また、灰場京介は自身の魂を見て、灰場舞が何かに保険をかけていることを知ります。実際、灰場舞は京介に保険金を多額の保険金をかけており、1ヶ月後に殺そうとしているので、ミスリードされるかもしれません。そこで大事なのは毒殺されかけた状況を分析し、春野むぐらの可能性を考えることです。春野むぐらの決定的な証拠がないのが難点ですが、しっくりくる動機を思いつけば、疑えることでしょう。
花園あおい殺害事件について
まず注意として、殺害から時間が経過している為、状況証拠しかでてきません。ですが比較的容易だったのではないでしょうか。その為、灰場京介の配点を高く設定しています。
春野むぐらは自身の魂から、少女の死因を特定できます。それが全員に開示されると、春野正義視点、春野誠を殺したのが灰場京介だとわかっているので、彼と同じ方法で少女が殺されていることから、灰場京介を怪しむことができます。
春野むぐらと灰場舞視点では、花園創一の遺書から花園の血筋の誰かを疑うことができるでしょう。さらに、灰場京介から神社の存在を知っている旨の発言があれば、確定的なものになります。これは灰場京介のプレイングに依存しており、悩まされることがあるかもしれません。
花園あおいの正体について
この物語の根幹は花園創一と春野むぐらの近親相姦です。それは罪の章で推測できます。それぞれの魂で分かることを列挙します。
灰場仕郎の魂
春野創一の不倫スキャンダルの真相について『法では裁けない何か』をしたことが分かります。結論として、これは近親相姦を示していますが、この時点では分からないでしょう。
春野雪の魂
春野雪は花園創一の不倫相手について「昔から知っていた」と述べています。これは近親相姦のヒントですが、この時点ではわからないでしょう。
花園創一の魂
花園創一の遺書で、不倫相手との子どもの存在が明らかになります。花園創一は政界引退後、神主となっていることから、神社に『何か』があるのではと推測できます。さらに、近親相姦のヒントとして「雪をいつまでも愛しておりそのかわいさに魅せられた」とあります。つまり、雪の面影のある人物と不倫したことが示されています。
春野礼の魂
春野礼は神社におにぎり等のお供え物を持っていき、家族の幸せを願っていました。ところが、彼女はそれが叶わずにうつ病になってします。つまり、春野礼には他に愛する家族がいたと推測できます。この事と、花園創一の不倫スキャンダルを結び付ければ、花園創一との子どもの存在が浮かび上がるのではないでしょうか。ですがこれは突飛であり、難易度の高い発想が必要となります。
冒頭の『何をされたのか分からなかった』は近親相姦のことを示しています。
春野誠の魂
ここでは、親近相姦をより疑える記憶が残されています。花園創一の不倫相手は15歳の高校生でした。花園創一が不倫スキャンダルを起こした時の春野礼の年齢を逆算すれば15歳になります。ですが、この推測は難しく、あくまでおまけ程度のヒントとなります。
総じて、花園あおいの正体に一番近いのは灰場京介です。ですが、花薗創一はその推理を公表してしまうと、神社の存在を明かすことになり、少女殺害の疑惑をかけられてしまします。次に、近いのは春野むぐらです。春野むぐらは花園の奥に彼女いるのを見ており、ここで春野正義から花園の奥の神社の存在を聞いていれば、神社に少女が住んでいることを推測できます。神社に関連する人物は花園創一と春野礼であり、彼らの魂の情報から彼らの子どもの可能性を疑うことができます。
以上、本作は3つの謎で構成されていました。いくつ解き明かすこができたでしょうか?
現実との乖離、フィクション要素を書き出しておきます。
実際、姫小百合の球根には毒がありません。コルヒチンはイヌサフラン等の百合の球根に含まれる毒素になります。また、水には難溶で、薄い黄色を呈するようです(※Wikipedia参照)。
本作を遊んで頂き、ありがとうございました。とても嬉しく思います。
このシナリオはマダミスにある意味、挑戦の要素が大きいです。家系図の把握が難易な点、謎が並列されている点で類を見ないマダミスになってしまったことでしょう。これについてこちらのGoogleフォームの感想欄から意見を下さると嬉しいです。ログイン不要です。
ミステリーには単純明快な設定と想定外なトリック(叙述トリックなど)が求められます。一方、感動系の話には多くのの設定とストーリーが求められるので、それらを統一するのは難しいです。「感動した」よりも「感心した」の方が強くなってしまいます。
マダミスにしては、ノベル調の長編だったか思います。楽しんで頂けていれば、作者としてこれ以上ない幸せです。冥利につきます。
本当に、本当にありがとうございました!! そして、お疲れ様でした!!