KYOTO STEAM Arts x Science Workshop Series
2020年3月7-9日に京都大学橘会館で開催を予定していた展示・ワークショップ「見えないものをつかまえる」は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止の観点から、開催を延期することとしました。新しい日程はきまり次第このサイトで公表します。
「見えないものをつかまえる」運営メンバー(京都市立芸術大学・京都大学有志)では、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の流行に関連して、文化イベント等の開催自粛要請、全国の小中学校・高等学校・特別支援学校等の臨時休業措置の要請が政府から出されたことを機に、実際のイベントでの対応について話し合いを重ねました。その中で〈感染症対策の専門家の中でも意見が分かれるなど不明なことが多い中、もしも感染拡大につながる一定のリスクがあるならば、それについて無視はできないのではないか〉ということに加え、〈そもそもこのような状況下にイベントを決行したとしても、広く開かれたイベントという私たちの意図に反して、来場者の数はかなり限定的なものになってしまうのではないか〉という懸念から、当初の予定通りの開催は見直すべきである、という結論に至りました。しかしその一方で、「リスク不明」という漠然とした理由でイベントを中止することに関して、社会のいわゆる「自粛ムード」、すなわち〈何もかもが「自粛」の名の下に実行できなくなること〉への強い危機感から、〈ワークショップを「中止」として、人同士の接触が比較的少ない、展示だけに縮小した形でイベントを開催できないか〉という意見もありました。
この「自粛ムード」といった空気感、そしてそもそもの「新型コロナウイルス」のような微小な物体は、これまで私たちが「見えないもの」として、今回のイベントに向けて、念頭に置いて考えてきたようなものでもあります。私たちは、今回の一連の動向を、このような「見えないもの」に向き合う新たな機会だと捉え、イベントの開催を「中止」ではなく「延期」とします。これから、新型コロナウイルス感染症の流行とそれに伴う社会の動きについて、メンバー内で話し合う機会を設け、展示・ワークショップを改めて開催するまでの間にそれぞれが感じたことを、イベントの場で(より客観的な視点から)共有できればと考えています。
最後になりましたが、新型コロナウイルス感染症の流行にまつわる事態が一日も早く沈静化し、一人でも多くの皆さまとイベントの場でお会いできることを、メンバー一同心から願っております。
2020年3月4日 運営メンバー一同
「見えないものをつかまえる」は、京都市立芸術大学の2019年度テーマ演習「科学・芸術・社会の相互作用」の最終課題として、また、京都市のKYOTO STEAM-世界文化交流事業2020-における人材育成事業の一つとして、同テーマ演習に参加していた学生たちを中心に企画していたものです。「テーマ演習」とは、学生の提案による勉強会やプロジェクトなどが正規の授業になる京都市立芸術大学の仕組みです。「科学・芸術・社会の相互作用」には京都大学を中心にした他大学の学生も参加し、芸術を学ぶ学生と科学(人文社会科学も含む)を学ぶ学生が、お互いのことを知って学び合うということをおおまかな目的のもと、何をやるかは学生たちが自分で決めるという方針で緩やかに進めてきました。
このテーマ演習が始まった2018年度は、美術・音楽分野の学生とそれ以外の学問を専攻する学生がそれぞれ自分たちの活動について紹介しあう中で、「スケッチは対象のことを知って自分の中に取り込む行為だ」という美術の学生の発言をきっかけに、サイエンスの研究の話を聞きながら思い思いにスケッチをしたり粘土で造形したり、という不思議な取り組みが始まり、その経験を年度末に "artとscienceの共同実騒室"という展示・ワークショップの形で他者と共有するということを試みました。
今年度も年度末に展示・ワークショップをするということは決めていたものの、なかなか具体的な形が見えてこなかったのですが、昨年度はサイエンスの学生がスケッチや造形などの美術的なことをやってみるという側面が大きかったので、今度は芸術の学生の方も科学者がやっているようなことを体験してみたいという声がありました。そして、参加している京都大学の学生の一人が宇宙空間の電磁波を捉えるアンテナの研究をしていたこと、テーマ演習の中で空気中の微粒子を捕まえて顕微鏡で見る実習もしていたことなどから、「見えないものをつかまえる」をテーマにしようということが決まったのが昨年12月頃のことです。その時から、「見えないもの」は電磁波や微粒子のような物理的なものだけではなく、初対面で異分野の学生が集まり、始めはどこかぎこちなかったのが段々と打ち解けてゆくような、場の雰囲気や人と人の間の距離感みたいなものについても考えてみたい、という声もありました。
試験や卒業制作・論文などでいそがしい年初の時期を終えて、ようやく展示とワークショップの企画が具体化してきた頃に、コロナウイルスの感染が徐々に広がり、美術展を含むイベント等の延期・中止が次々と発表されました。当初は、本展示・ワークショップの規模や性質を考えると、感染予防の基本的な対策は徹底した上で開催しても問題ないだろうと学生たちの多くも考えていたと思いますし、担当教員である私もそのように判断していました。ただ、全国の学校に休校の要請があった前後あたりから、延期や中止を考えた方がよいのではいう議論が、運営メンバーの間でSNSのグループ会話機能を使って始まりました。
議論は簡単には収束しませんでした。様々な情報がメディアやインターネットで飛び交っていて、感染拡大リスクがどれほどのものなのか、小規模な展示すら控えるべきほどのものなのか、よくわからない、判断が難しい、ということ自身がまず学生たちの間で共有されたと思います。その上で、よく分からない以上リスクをさけるべきなのではないか、複数の人が長時間同じ部屋に滞在するワークショップのみを中止すればいいのではないか、世間の自粛ムードに流されるだけで決めるのは良くないのではないか、この停滞した空気をイベントを開催することで晴れやかにしたい、展示会場のリスクは小さくても来場のために交通機関を使うなら来る人をリスクにさらしてしまうのではないか、より多くの人に来ていただける時期に開催する方が意味があるのではないかなど、様々な意見が交わされていました。学生たちの議論を見ていて、なるべく正確な情報を得ようと努力すること、それでも不確実で分からないことがあるのは前提として考えること、他の人の意見もよく聞いて考えつつ人と違う意見もはっきり言うこと、そういう議論が自然にできていることに、私は嬉しい驚きを感じました。
そのような議論を経て学生たちは、今回は延期する、しかしその際に定型文のようなコメントだけで延期を発表するのではなく、自分たちが何を考えて延期と決めたのかをステートメントにして発表すること、そして延期後に実施する時には「見えないもののなかに取り込まれている」ような感覚に陥った今回の件について考える企画を新たに加えることを決めました。それが上のステートメントに表れています。
意図していたことではもちろんないのですが、芸術と科学の学生が真剣に議論を交わし、社会との関わりについても考えたという意味で、運営メンバーの学生たちにとってとてもよい経験であったように思います。そのことを書き残しておきたくて、学生のステートメントの後に長々とした補足を書かせて頂きました。
2020年3月5日
磯部洋明(京都市立芸術大学 美術学部 准教授)