京都大学総合博物館見学会 報告書
2018/10/11
京都市立芸術大学大学院
美術研究科修士課程
工芸専攻漆工細目
中田恵子
テーマ演習『科学と芸術と社会の相互作用』は、芸術を学ぶ京都市立芸術大学(以下京芸)の学生と異分野の学生が互いに学びあい社会との関わり方を探る目的で立ち上がりました。初回は京芸生のみ、二回目からは京大からの参加者も交えて活動内容を相談しました。そこで、同じものを見た時の異分野の視点の違いを知りたいということになり、実質的な最初の活動となる今回は、京都大学総合博物館で見学会を行いました。
京都大学総合博物館は自然史・文化史・技術史の常設展があり、考古学資料や古文書などの文系資料と自然科学系の資料が展示されています。また現在は企画展として、ノーベル化学賞受賞者である福井謙一博士の展示が催されていました。
当日は京芸から12名、京大から12名、それと京都精華大学芸術学部の学生1名を加えた計25人が参加しました。学生を1グループ6人程度の3グループに分け、互いにコミュニケーションを図りながら館内を自由に見学してもらい、見学後にそれぞれが感じた芸大生と京大生の視点の違いについて意見交換を行いました。私はグループ間を自由に移動して、全体的な記録を取りました。その中で、彼らが「何を見ていたのか」「何を話していたのか」に注目して分析した結果、芸大生と京大生の間でいくつかの興味深い違いが観察されました。以下はそれについて述べます。
まず、「何を見ていたのか」についてです。両者とも展示をじっくり見ていましたが、どの展示に特に注目するかには差がありました。芸大生は考古学の資料や鉱物などの標本類の前で長く立ち止まる人が多く、京大生は理論化学の福井博士の企画展への関心が高いようでした。そして大きな違いは、京大生が展示そのものを見る一方で、特に芸大生は展示以外のものも観察対象にしていたという点です。例えば資料に書かれた整理番号や古地図に展示用に使用されている磁石、椅子などがそうでした。資料の色や形、展示方法に関する発言も多く感じられました。芸大生の「展示物と椅子の違いがわからない」という発言から考えられるように、展示会場全体を展示と捉えているようでした。対して京大生は展示が伝えようとしている情報を、できるだけ正確に得ることに力を注いでいたように思われます。このため、キャプションやパネルに書かれている説明などの文字情報を丁寧に読み込んでいました。この違いは、京大生にとって展示内容そのものが自分自身の専門性につながるものだと感じられるのに対し、自分でも作品の展示会場を作った経験のある芸大生にとっては、内容はもちろんのこと展示方法が自分の専門性と直接的に関係するものだということに起因すると考えられます。
次に、「何を話しているのか」についてです。自分の専門知識がある事柄について饒舌になりがちなのは両者に共通していて、京大生なら展示物の解説、芸大生は材料について語っているところをたびたび見かけました。京都大学の博物館ですので、比較的知識量の多い京大生が芸大生に展示の解説をしている様子もよく見られました。
展示を見たときにふと漏らす両者の感想からも違いを感じることができました。例えば、カラフルなレプリカコレクションの展示を見て、芸大生は色のバランスがいいと話していましたが、京大生はその色によってどのような分類がなされているのか考えると話していました。別の場面では、手書きの数式の展示への感想が、芸大生は「字がきれい。」であった一方で、京大生は「字がきれい。ありえない。」でした。ひとこと「ありえない」が加わっただけのようにも見えますが、これ以外のやり取りの例を見ても、芸大生は展示を見た瞬間に自分の心がどう動いたかを言葉にしていて、京大生は展示を見たうえで、それに対する評価を含めて自分自身の考えを述べている傾向にありました。
今回の見学会で感じられたこれらの違いから、芸大生は展示物やその周辺の視覚情報を広く感覚的にとらえ、そこで感じられたことを自分の中に蓄積していっているのではないか、京大生は展示物から発せられている学術的な情報を正確に理解し、それに対しての自分の見解を持とうとしているのではないか、と私は思いました。そして、芸大生と京大生に感じられるこの違いはコミュニケーションの行き違いを生むのではなくむしろ、疑問が解消したり別の視点からの提案がなされたりすることで、お互いに良い影響を与えているように感じられました。例えば古地図の謎を解明しようとしていた班では、京大生が発した疑問に芸大生があらゆる方向から視点を与えることで一緒になって疑問を解決していました。
今回の見学の問題点は、見学場所が京大側であったことで展示の知識量に差が生じてしまっていたため、ものを見るときのスタート地点ですでに差があったことです。次回は京芸側の見学会が催されますが、どちらにも偏らない場所やものを探す必要があると思います。また参加した京大生の意見にあった通り、共通点を探す試みも必要でしょう。