読んだ本の中から、印象に残った箇所を3つ選んで載せています。
車いすも悪いことばかりじゃないな、と思う。人の優しさに触れられる。好きな人がずっと一緒にいてくれる。これってすごく贅沢かも、と思うこともある。日常生活があまりに不便だから、そのくらいのプラスもなくちゃね、とも。
事故になんて遭いたくなかった。健康な身体で普通の人生が続くなら、私はそのほうが良かった。だけど、今この瞬間の胸の高鳴りは、事故に遭い、障害を負ったからこそ、経験することができたものだ。人生は本当は、プラスマイナスゼロになるように、できているのかもしれないと思った。
「あなたは言葉のプロ、法律家になるんでしょう。言葉の力を信じなさい。言葉があるかぎり僕たちはつながれる。交渉するんです」
「この歳になるまで、強いとか弱いとかそんなことどうでもよく生きてきたけれど、君たちに出会って、私は変わったよ。もう、自分の弱さから目をそむけることはできない、絶対に」
「俺はこのままじゃ、死ぬまで自分を好きになれそうにないよ……」
「僕たちは、僕たちが何をできるのか、どんな人間なのか、見せてやりたいんですよ。僕たちを管理しようとしてる奴らとか、将来、僕たちを管理しようとする奴らに」
「君たち、世界を変えてみたくはないか?」
「君たちが勉強の得意な奴らの世界に留まろうと思うんならね」ドクター・モローはきっぱりと言った。「君たちはなんらかの才能を持って生まれてきている。その才能がなにかを見つけ出し、その才能の世界で生きれば、自然と勉強の得意な奴らの世界は消滅する」
「君たち、勉強の得意な奴らの世界に留まるにしてもただで留まってはいけないよ。遺伝子戦略で高学歴の人間たちが群れ集って形成している窮屈な階級社会に、風穴を開けてやるんだ」
「賞というのは、いろんな意味で怖ろしいものです。これは昔も今も同じで、ともすれば人ひとりの人生を変えてしまう。」
太宰の書き送った懇願の手紙を、心底笑い飛ばせる作家がどれだけいるだろうか。誰だって賞賛が欲しい。認められたいし、自信を持ちたいし、自分で自分を誇らしく思いたいはずだ。
「権威ある誰かから、わかりやすい形で認めてもらいたいの。選ばれて、思いきってシャネルのドレスでも買って、人前で晴れがましい思いをしたいの。いやってほど褒めまくって欲しい。おだてられて有頂天になってみたい。一度でいいから自分の作品を心の底から誇りに思いたい。それを望むのっておかしいこと?」
「悪意がないって、時には悪意があるより、罪なことなのかもしれないって、そう思っただけ。」
きっと、どの年代の、どこの学校にも、絶望の淵で生きている生徒がいる。希望を持てずにいる。
人はどんなに絶望的な状況でも、たった一つの希望があれば、きっと生きていける。孤独を煮詰めた教室で息をしている生徒たちに、もし一人でも友だちができたなら、その誰もが救われるはずだと、美心は思う。
俺はたったひとりで書いている。開かれたページの向こうにいる、たったひとりの読者にむけて。どこか遠くて近いところから「あずけられた」何かを、差し出したくて。届くべき人のところに届くべきものが届きますように。そんなふうに俺は、この静かな夢を見続けている。
つくづく、物語と出会うタイミングはそれぞれに不意打ちで、自分には予測できない意味を持っているように思う。
「僕はあの子があの子だから愛したんだよ。それは僕が決めることなのに、自分でそんなふうに思い込むなんて勝手すぎる」
他人がどう言おうと、自分にとって大切だと思える一文に出会うために、わたしは本を開く。
「読書会はディベートではないのでね。人の数だけ感想があるということです」
「僕はあの子があの子だから愛したんだよ。それは僕が決めることなのに、自分でそんなふうに思い込むなんて勝手すぎる」
「世の中に出れば、自分の意に沿わないことはいくらでもある。そんなとき、君らは気に入らないからといって手抜きをするのか。もし不満なら、納得できるように相手と話し合え。そんな努力もしないで、ただ陰で不満を口にして、手を抜く。それでいいのか。そんな奴は、世の中から信用もされなければ、相手にもされない」
「陸上競技の世界には、嘘がない。タイムの短縮を追求し、ひたすら努力を重ねる情熱、執念、勇気──。ここにこそ疑う余地のない真実があるはずだ」
「苦悩を乗り越えた者は、他人に優しくなれる」
たしかに──世の中には実を結ばない努力もあるだろう。 だが、何も生まない努力なんかない──。それに気づいた浩太の胸に、熱いものがこみ上げた。
勝敗はどんなスポーツにもある。だが、勝者だけが輝くのではないはずだ。
「適切なペース配分、仕掛けどころはレースの状況によって変わる。同じ走りが正解にもなり、ミスにもなる」 何が正解かを判断するのは、常に自分なのだと──。 そして甲斐はこうも、付け加えた。 「それは人生にも通じる」
「うまくいきそうな相手はいくらでもいます。でも、惹かれる相手はそういません」
「タイミングが合う、というのも出会いの要素のひとつかもしれませんね」
「時間が溜まっていくのがいいんです。タイマーだと0になってしまうけど、ストップウォッチなら5になるじゃないですか。結婚するかもしれない二人の、最初の5分間なんです」
これは戦争だ。自然災害との戦争なんだ。相手は強大で負け知らずだ。その力は衰えることなく挑みかかってくる。私たちは勝てないまでも、ダメージを最小限に抑える。それが勝ちにつながるのだ。
コンクリートの寿命なんて、せいぜい五十年。百年でボロボロだ。次の同程度の地震は千年後、早くても六百年後と言われてる。建物は百年もてば十分だ。百年後、その時代の技術で時代に合ったものを考えればいい。
「今まで政府は地方創生を叫んできました。しかし、本気でその努力をしてきたとは思えません。東京一極集中は止まりませんでした。コロナ・パンデミック騒ぎで、いっとき地方にも日が差したかに思えましたが、終息とともに人口増加は東京に絞られました。東京一極集中、そのつけが回ってきたのです。地方の努力だけでは限度があるということです」
ある瞬間、尾上は天啓のように悟った。 この女の子との出会いは一生ものだ、と。今後の人生において、これほど俺を幸せにできる何かが現れることは、たぶんもう二度とない。何十年も後になって振り返り、「結局あれ以上のものは一つとして手に入らなかったな」と思うような、これはそういう種類の出会いだ。
優れた資質を持つ人々は同類で身を寄せ合い、凡庸な人間とは一線を画した人間関係を築く。一見誰とでも 別け隔てなく接するように見える人格者でも、それは変わらない。
あまりに長いあいだ孤独でいた人々は、「他者」という存在に過大な期待を抱かずにはいられない。そして実際に友人や恋人を得て、激しい失望を味わう。なんだ、自分が今まで夢見てきたのはこの程度のものだったのか、と。
ちょっと油断すると、わたしの意識は文章からはがれるように離れてしまい、気がつけば三束さんと会った日のことを最初から細かく細かく思いだしていて、三束さんにまつわることであたりを満たしてそのまま眠ってしまいたくなるのだった。
わたしは三束さんのことがすきだった。たぶん、はじめて会ったときからわたしは三束さんのことがすきだった。そうはっきりと言葉にしてしまうと、わたしは椅子に座っていることができないくらいに苦しくなり、机に突っ伏して顔を腕のなかに入れて目をつむった。わたしは三束さんがすき。小さな声でそう言ってみた。よろよろとかすれて頼りないその声は、しばらく耳のなかに留まってからすぐに消えていった。わたしは立ちあがってベッドへ倒れこんで枕へ顔を押しつけて、胸のなかの息をぜんぶ吐いた。それから顔をあげて、仰向けになってもう一度言ってみた。わたしは三束さんが、すきです。わたしは、三束さんがすきです。耳がじんじんと脈打ち、手のひらが痛み、喉がはりさけてしまいそうだった。吐き気に似たようなものが胸の奥からこみあげ、わたしは目をかたくつむって、それが小さくなってくれるのを祈るような気持ちで待った。
「ガラスはほんとうはとてもとても頑丈だけど、目に見えない傷がたくさんついていって、なにか衝撃を受けたときに割れてしまうものだって。あなたが割ったように見えるけど、いままでの傷がつみ重なった結果だから気にしなくていいのって。そういう目に見えない傷のことをグリフィスの傷っていうんだって教えてくれた」
傷痕を消しても、記憶は消せません。あなたの腕に刻まれた傷の数だけ、いやきっと、もっとたくさん、あなたは言葉の暴力を浴びました。その見えない傷が、いつの日かよみがえってあなたを壊してしまわないよう、わたしはずっと祈り続けます。
傷つけられた本人は忘れている。でも、傷つけたほうは覚えていて、見るたびにその体に残る傷痕を探してしまう。どんなに薄くなっても、後悔の味はそのたびによみがえるのだろう。哀れだけれど、優しい痛みに思われた。
さようなら。私はこれから生きていきます。
照子が思うのは、「冴えない、平凡な一生」なんてものはそもそも存在しないのだ、ということだ。
私は自分で自分を閉じ込めていたのだ。寿朗によって閉じ込められているようにあの頃は思っていたけれど、私を閉じ込めていたのは私だったのだ。
「タイミングってのが、ある」 ふいに、平さんが言った。 「無二の親友になれるタイミング、過去の友人になるタイミング。大事な思い出を共有しあえる存在になるタイミングに、もちろん、きっぱり決別するしかないタイミングもある」 「……うん」 「心を分かち合える人生の 伴侶 になるタイミングも、あるだろうな。ひとってのは、どれだけ相手を求め合っていても、考え合っていても、タイミングひとつでズレてしまう生き物なんだよ。
「友達でも、好きな奴でも。一緒に生きていきたいと思う奴には必死で食らいついて、向き合え。後悔しないように」
「豊かな時間を過ごしたなら、幸福を共有したのなら、それだけで奇跡なの。その時間に縋れば、もっともっとと望めば、その瞬間の輝きすらもくすんでしまう。だから、その時間を芯として生きるの。そうするとね、強くなれる」
「ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。少しずつ、長い時間をかけて、だんだんに強くしていけばね。生まれつき、体力のあまりない人でも、そうやって体力をつけていくようにね。最初は何にも変わらないように思います。そしてだんだんに疑いの心や、 怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出てきます。それに打ち勝って、ただ 黙々と続けるのです。そうして、もう永久に何も変わらないんじゃないかと思われるころ、ようやく、以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう。そしてまた、地道な努力を続ける、退屈な日々の連続で、また、ある日突然、今までの自分とは更に違う自分を見ることになる、それの繰り返しです」
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、 蓮 の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」
本はときに巨大なエネルギーの爆発を導く着火点となり得る。さらには出会いのタイミングによって、爆発の大きさは何倍にもなり得る。
もしも、あなたが将来について、手がかりが見つけられず悩んでいるのなら、他人の成果を見て「こうすればいいのに」と自然に、もしくは簡単に発想が湧いてくる分野に注目してみよう。同じ視点を他人が持ち合わせていないようなら、その対象に関し、あなただけの源泉がささやき始めている可能性が高い。
若い頃の読書が素晴らしいのは、たった一冊の本を読むだけで、自分の頭のなかに、巨大な部屋がいきなり登場してしまうことだ。それまで壁だと思っていたところに突如、新たな扉が現れ、その先にグンと自分の領域を広げる部屋が接続される。それは新たな知識であり、新たな経験であり、新たな視野である。
思ったとおりに人生を生きていける人間が、いったいこの世の中にどのくらい存在するだろうか。そして、なぜ自分はそのごく限られた中のひとりなんだと信じることができたのだろうか。
晴れ晴れと冴え渡る青空は格別に気持ちのよいものだったが、それでもそれは、雨降りを過ごしたからいっそう気持ちよく感じるに違いなかった。人生に、似ている。そんなことを思った。雨降りの長い人もいるだろう。雨降りを避けて、旅に出る人も。旅に出たら、雨降りだったという人も。
すぐにまた部屋は散らかることがほとんどですし、料理も食べればなくなってしまう。でも、それでいいんです。ほんの二、三日でも、いつもより部屋が過ごしやすくて、何も作らなくてもすでに美味しいごはんがある、そういう状況があるだけで人間は少しだけ回復できます。生きのびるために行動する気力を持てます。
「あなたの人生も、あなたの命も、あなただけのもので、あなただけが使い道を決められる。たとえ誰が何を言おうとあなたが思うようにしていい』
「私はこれからもあなたといたい」 答えはそれだけだ。ただ、それだけだ。