Message


研究室主宰者からのメッセージ

※「科学とその周辺」にも最近の思いを徐々に書いています。(2014/9-)


--個性的、創造的であることが要求される研究活動--

研究というのは、個性的、創造的であることを要求される仕事です。その意味で、芸術と似ているところがある、と思っています。

芸術では、ある個人が個性的な直感でとらえたものごとを、時流が要求する約束事をある程度守りながら、表現します。私は大学時代に学生オーケストラ(アマチュアですが)の指揮をしていたことがある程度に音楽が好きなので、よく音楽と今の仕事と比較をしてしまいます。例えば音楽なら、 直感がとらえた感情の動き、自然の風景、といったものを、その時代が許す和声や構成の中(あるいはそこから少し出たところ)で表現する、ということになるように思います。

さてひとたびそのような「個性的直感」が発信されると、受け手側では、数の多少はともかく、ある数の共感者が生じます。ここで、共感者がより多いもの、つまり少なくとも同時代に「よい芸術」と目されやすいものは、表現技法についてはその時点で広く受け入れられるものの延長となることが多いようです。でないと、すぐには理解されにくいわけです。


科学も基本的に同様ではないかと感じます。

まず自分の直感によって、今まで関連を誰も気がついていなかった自然界の事象同士を結んだり、これまで説明できな かった結果を説明できる仮説を考え付いたりするのが、第一段階です。これが独創的である(新しい視点を提供できる)ほどよいというのが一つの価値観だと思います。

次にその仮説を人に納得してもらえるためのデータを、実験や観察により集め、結果を論理的に並べます。この段階で矛盾ないデータが得られ、構築ができれば、まず 自分でもその仮説の正しさを信じることができ、そして他者に共有できるようになります。これらのステップで守るべき「約束事」は、議論の展開が論理的であること、証拠とする内容は再現可能であること、論文を書くときは決められている構成に従うこと、などでしょうか。


大正年間から昭和初期にかけて活躍した我が国の物理学者寺田寅彦(この人も音楽好きでした:夏目漱石の小説にこの人がモデルと思われる登場人物があります)の随筆に、別の角度からですが、同じようなことを言っているものを見つけました。一部引用してみます:

「しかし科学者と芸術家の生命とするところは創作である。他人の芸術の模倣は自分の芸術でないと同様に、他人の研究を繰り返すのみでは科学者の研究ではない。もちろん両者の取り扱う対象の内容には、それは比較にならぬほどの差別はあるが、そこにまたかなり共有な点がないでもない。科学者の研究の目的物は自然現象であってその中になんらかの未知の事実を発見し、未発の新見解を見いだそうとするのである。芸術家の使命は多様であろうが、その中には広い意味 における天然 の事象に対する見方とその表現の方法において、なんらかの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。(中略)このような科学者と芸術家とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手をかわすに躊躇(ちゅうちょ)しないであろう。二人の目ざすところは同一な真の半面で ある。」 (「科学者と芸術家」大正5年。)


さて、この「創造性」ですが、今度は自分のもうひとつの体験、臨床現場と比べてみたいと思います。

実は個性的、創造的という行動原理は、臨床現場が第一に求めるものとは、異なるのです。臨床現場は、患者さんの安全確実が何より最優先ですから、確立したもの、すなわち先人の経験に忠実であることが、まず求められます。一方、研究活動では、先人の作ってきた枠組みを、いかに個性的に捉えなおせるかが、最優先となります。現職は薬学系ですが、薬剤師に求められるも のはこの「臨床性」となるでしょう。

しかし、学生の皆さんにはできるだけ「研究性」を失わないでほしいのです。


我々の研究室では、異なる個性や異なる背景の研究活動を、目的にしたがってうまく違いを生かしあっていき、大きな成果を生み出していきたいと思 います。

相変わらず音楽にたとえてみますと、オーケストラが例えばバイオリンパートだけで出来ていたら、実に単調でしょうが、各種パートがそれぞれの味を生かしあうと、素敵な音楽が鳴り始める(可能性がある)ようなものだと思います。面白いもので、各パート内、例えばビオラならビオラ、ホルンならホルンのメンバーを見ると、パートの構成員はそれぞれ大体似た性格傾向があるのですが、違うパートのメンバーを比べると全然違う性格傾向になります。そのため、そのようなパートが多数寄せ集まった オーケストラでは、運営はいつも百家争鳴になるのが宿命です。でも音楽を演奏するとなると、同じ音楽に向かって合奏する姿勢が、オーケストラメンバーとしての常識ですので、各パートの色は保たれたまま、ひとつのまとまった流れを作り出すことができるわけです。

研究活動に立ち戻って、研究グループでも、自分の個性は各自が大事に持ち、他の個性も尊重しながら、研究作業に関しては互いに技術を融通しあい、情 報交換をしあって、仕事は相補的に進めようという姿勢を「常識」として持つことで、皆それぞれは好きなように「演奏」していても、外部から見る と、元気にひとつの大きな流れを作っている、というような雰囲気に持っていけたら、と考えています。

(改訂2013年、初稿2007年)

研究室の運営方針

私どものグループの運営方針は、まとめますと次の通りです。

・東アジア規範が要求する「同じ集団に属していたら、あなたと私は同じであるべき」だけではなく、西欧規範が要求する「あなたと私は、違うべき」「ではどう違うのか」という考え方や行動もできるようになる

・各自が、その出自や性格から由来する自らの個性を認識し、発揮する

・お互いの個性の違いを尊重しつつ、仕事がよりうまくいくような相補的関係を築いていくように努力する

・オープンにscientificな議論をしあう

・結果として多くの人に納得してもらえる独創的な研究結果を作り上げる

グループ全体として大きく流れる研究テーマは、血管、ナノテクノロジーをはじめとする新技術の応用、そして臨床応用の関わりです。