永続的社会寄生とヤドリウメマツアリ
永続的社会寄生とヤドリウメマツアリ
生物には他種、あるいは同種他個体の資源や労働力を搾取、利用して自身の生活や繁殖を行う行動があり、それは社会寄生(労働寄生)とよばれています。鳥類の托卵などが代表的な例ですが、アリでも永続的社会寄生 inquilism、一時的社会寄生 temporal parasitism、奴隷制 slavely の3つの社会寄生があります。特に永続的社会寄生はもっとも特殊化が進んだ寄生形態で、この寄生種の多くは労働カーストであるワーカーを消失し、繁殖虫(女王と雄)しかいません。女王は他種のアリ(ホスト)の巣に侵入し、そこでホスト(宿主)のワーカーか餌をもらって生活し、自身の卵を産んでそのワーカーに育てさせます。いわば他人の巣に居候しながら生活しているわけです。
この永続的社会寄生種の進化には色々な仮説が提出されていますが、一 度社会性を確立した種が同種や近縁種と行動範囲や生息空間面で重複する状況が高頻度で起きているうちに、相手の労働力や資源に依存するようになり、自身の労働やコロニーの維持をやめ、社会寄生種として分化したと考えられています。そのため永続的社会寄生種は通常のコロニー活動をする特徴が退化、消失し、その代わりに寄生に特殊化した特徴が発達しています。こうした寄生種は世界で約200種が知られていますが、広い系統群に渡ってみられるため各系統で独立に進化したと考えられています。
日本には永続的社会寄生種は3種しか記載されていませんが、ヤドリウメマツアリ Vollenhovia nipponica はその1種で同属のウメマツアリ V. emeryi をホストとしています(図1)。主にウメマツアリの短翅型女王(ウメマツアリ研究ページ参照)のコロニーに寄生しており、季節によって変動しますが1つの巣に5〜10個体の女王が寄生しています(図1)。
ヤドリウメマツアリの化学的擬態
永続的社会寄生の大きな問題の1つに「なぜホストワーカーによって寄生種は巣から追い出されないのか?」という点があります。アリでは種やコロニーによって体表面の炭化水素成分の組成が異なっており、これによって血縁者であるコロニーメンバーか否かを区別する化学的認識機構があります。ヤドリウメマツアリにはウメマツアリの認識機構をごまかし巣内で共存し続ける欺瞞的特徴があると推測されます。
京都工芸繊維大学の秋野順治教授の協力のもと、ヤドリウメマツアリ女王やホストのウメマツアリワーカーなどの体表炭化水素成分をGC(ガスクロマトグラフィー)分析法で比較したところ、ヤドリ女王の 体表成分はホストのウメマツ女王よりもワーカーに近い組成を持っており、有効に検出された成分ピークを用いた正準判別分析によってもヤドリ女王はワーカーやブルード(幼虫や蛹) に近い分類となることが示されました(図2)。ヤドリ女王はワーカーに化学的に擬態することによって巣からの排除を避けていたのです。また他の行動観察からヤ ドリ女王はワーカーからグルーミングとよばれる体をなめ合う行動を誘導し(図3)、それによって体表成分をワーカーからもらっていることも示唆されまし た。このグルーミングの誘導はヤドリ女王が特有に持っている化学成分によって起きているのだと考えられます。
またこうした化学的擬態は女王だけでなく、女王の産んだ卵についても確認されています。アリでは卵についても化学的識別が行われていることが近年の研究 からわかっており、自分のコロニーの卵ではない卵は養育せずに排除してしまいます。ヤドリウメマツアリの女王は卵識別についても、何らかの操作でウメマツアリを騙 す必要があります(図4)。ヤドリウメマツアリの卵表面の炭化水素成分組成を調べたところ、ウメマツアリの幼虫や蛹、またワーカーに近い化学組成をもっていることがわかりました(図5)。ヤドリ女王は自分の産んだ卵にウメマツ幼虫・蛹と同じ成分組成を持たせることにより識別機構をごまかしているものと思わ れます。またサイズについてもヤドリ卵はウメマツ卵に似せる形態をしていることも観察からわかっています。しかし、奇妙なことにウメマツアリ自身の卵はヤドリ卵やウメマツ幼虫・蛹とは異なる組成を持っており(図5)、ヤドリ卵は本物のウメマツ卵よりも”本物らしい”卵のようです。ヤドリウメマツアリはホスト種を騙すことにかけてはアリの中でもえり抜きの詐欺師と言えるでしょう。
ヤドリウメマツアリ女王間闘争と順位行動
ヤドリウメマツアリは他にも興味深い特徴を多く持っています。春先にホストのウメマツアリは分巣といって小さな巣に分かれますが、その際にヤ ドリウメマツアリも1つの巣あたり2〜10個体程度に分かれてます。しかし、その後女王達にはお互いに噛み付いたり、脚や触角を引っぱったり、押さえつけ たりなどの熾烈な戦いが始まります(図6)。これにより1つの巣の中で卵巣を発達させ、産卵できるのはもっとも強い優位な1〜2個体の女王のみとなり、 負けた女王(劣位女王)は最終的には巣の外へ追い出されてしまいます(図7、8)。この順位関係によって繁殖個体が決まる社会構造は少数の女王が巣内のホ スト労働力を独占するために発達したと考えられます。しかし攻撃行動をするのは交尾して脱翅した女王のみで、未交尾の女王は攻撃されたり攻撃することはありません。また女王は交尾に伴ってセロトニンやドーパミンなどの 生体アミンの増加によって生理状態が変化し、攻撃的になることが示されています。
この他にもヤドリウメマツアリには生態学的に興味深い特徴を数多く持っており、図9にような女王の翅多型や一次性比(卵の性比)が雌に偏っていることも発見されています。また近年では、雄にも交尾をめぐって順位があり、それは女王側の受精量調整によることなどが検証されてます。今後も寄生行動や生活史、進化系統などで新たな発見が期待される研究対象です。
参照文献等
Satoh, A. and K. Ohkawara (2008) Dominance hierarchies and aggressive behavior among queens of the inquiline ant Vollenhovia nipponica. Insectes Sociaux 55: 200-206. DOI 10.1007/s00040-008-0989-
Okamoto, M. & K. Ohkawara (2009) Conditional mating tactics in queen of inquiline ant Vollenhovia nipponica. Ethology, Ecology & Evolution 21: 137-146. https://doi.org/10.1080/08927014.2009.9522502
Umehara, N. & K. Ohkawara (2011) Primary and secondary sex ratios in the inquiline parasitic ant Vollenhovia nipponica: Effects of local mate competition, timing of oviposition, and host worker control. Trends in Entomology 7: 19-26.
Ohkawara, K. & H. Aonuma (2016) Changes in the levels of biogenic amines associated with aggressive behavior of queen in the social parasite ant Vollenhovia nipponica. 63(2): 257-264. DOI 10.1007/s00040-016-0461-7