ウメマツアリVollenhovia emeryi
のクローン繁殖による特殊繁殖様式と生活史
ウメマツアリVollenhovia emeryi
のクローン繁殖による特殊繁殖様式と生活史
本研究ではウ メマツアリに特殊な単為生殖(クローン繁殖)様式があることを発見しました。本種では雌繁殖虫(新女王)が未受精卵から単為的に発生し、ワーカー(働きア リ)が受精卵から有性的に発生します。また雄繁殖虫は受精卵から雌ゲノムが消失することによって単為的に発生することがわかりました。この生産様式では女 王は母親の遺伝子のみを、雄は父親の遺伝子のみをそれぞれ受け継ぐことになり、雌雄間で遺伝子の交流がないことになります。この様式は有性生殖を行う生物 においても非常に珍しい繁殖様式です。
2、女王の翅多型
ウメマツアリの大きな特徴の1つに女王多型があります。このアリの女王には羽根の長い長翅型と短い短翅型がいるこ とが知られており(図2)、翅の短い女王では翅長は個体群によって変異があるものの、飛翔することができません。この翅多型は各女王の生活史と大きく関係 しています。長翅型女王では新女王と雄は秋に羽化した後、巣内で越冬し、翌年の初夏に結婚飛行によって交尾を行います。交尾後、多くの女王は母巣に戻って 巣分かれによって新たなコロニーを創設します(図3)。一方、短翅型女王 は秋に羽化した後、多くの女王は越冬前に巣内で兄弟にあたる雄と交尾してしまいます(図3)。そして初夏に巣分かれによって新たなコロニーを創設します。 また越冬前に交尾できなかった新女王は春先に他の巣の雄を誘因行動によって呼び、母巣の近隣で交尾をすると思われます。彼女らもまた初夏に巣分かれによっ てコロニーを創設します。このように女王の翅多型はその交尾・創設行動と深く関係しています。近年の分子系統解析からこれら2つの女王集団は遺伝的に異なっていることが示されてお り、既に別の種として分化を遂げていると考えられます。
3. 奇妙なクローン繁殖
アリが属する膜翅目という系統グループでは半倍数性という性決定機構が あり、核型が2nの倍数体であれば雌、nの半数体であれば雄として発生します。そのため通常、受精卵からは雌が、未受精卵からは雄が発生します(図4)。 また雌は養育時の条件によって、女王かワーカーに発生するかが決定します。ところがマイクロサテライト法によってウメマツアリの遺伝子型を複数の遺 伝子座について分析したところ、娘にあたる新女王は母親のゲノムとほぼ同一(ホモ型)であり、ワーカーは母親と父親のゲノムを受け継ぐヘテロ型を示しまし た。また雄は父親と同じゲノムをのみを持っていたという奇妙な結果が得られたのです(図5)。この遺伝子型からウメマツアリの親子関係を推定すると、新女 王を未受精卵から単為生殖によって倍数体として発生し、 受精卵からはワーカーが発生し、さらに雄は受精卵から雌ゲノムが失われ半数体として発生してくると思われます。このアリ では女王は母親の遺伝子のみを、雄は父親の遺伝子のみを受け継ぐことになり、父母両方の遺伝子を受け継ぐのは不妊のワーカーだけです。有性でありながら雌 雄間で遺伝子の交流がなく、母親は勝手に自分のクローン娘を、父親は勝手にクローン息子を産んで(?)いることになります。この奇妙なクローン繁殖様式 は仏領ギニアに生息するコカミアリや南米に分布するヒゲナガアメイロアリなどでも発見されています。
このような繁殖様式がなぜ進化したのか、その要因はまだ不明ですが、この繁殖様式をもつコカミアリやヒゲナガアメイロアリは有名な侵入種で、原産地から世界規模でその分布を拡大しています。この事からこの繁殖様式は特に新天地への侵入時に有利な特徴であったことがうかがわれます。女王をクローン生産し近隣に血縁性の高い姉妹巣を増やすことは他種との競争に有利であり、またワー カーを有性生産することは、性質が多様な労働集団を作って予測不可能な環境に対応するのに有利であったのだと推測されます。ウメマツアリも生息地ではアリ 群集の中でも優占的で巣も一様に近い分布をとっています。
参照論文等
Ohkawara, K., M. Nakayama, A. Satoh, A. Trindl, and J. Heinze (2006) Clonal reproduction and genetic caste differences in a queen-polymorphic ant, Vollenhovia emeryi. Biology Letters 2: 359-363.https://doi.org/10.1098/rsbl.2006.0491
Kobayashi K, E. Hasegawa E, and K. Ohkawara (2011) Clonal reproduction by males in the ant Vollenhovia emeryi (Wheeler). Insectes Sociaux 58(2): 163-168. DOI:10.1111/j.1479-8298.2008.00272.x
大河原恭祐・飯島悠紀子・吉村瞳・大内幸・角谷竜一(2017) 雌雄がクローン繁殖を行うウメマツアリのコロニー分布と遺伝構造 日本生態学会誌 67(2): 123-132. https://doi.org/10.18960/seitai.67.2_123