生命科学コースの授業内容について,模擬授業により紹介しています。生命科学コースが目指している教育方針を体感いただけましたら幸いです。
2025/06/26 「2年生と3年生がジャーナリング<書く瞑想>に取り組んでいます」
卒研生などに,研究に関する要旨を書かせるとき,
「思いついたことを書き出してみましょう」
という指示を与えます。まずはネタをたくさん書き出し,その後,書く内容を決めていこうというねらいです。しかし,この学生に対する問いかけは,何も思いつかない人にはほとんど効力を発揮せず,作業が進まないまま時間だけが過ぎてくことが往々にして起こります。
どのようにしたら思いついたことを書けるようになるか検討した結果,自分の頭に浮かんだことをありのまま書き出す「ジャーナリング」を試してみるという結論に至りました。ジャーナリングは,「今,この瞬間に起きていること」をあるがままに観察することで気づきを得ていく瞑想法」です。
● 一定の時間内[5分間]で自分の頭に浮かんだことをありのまま書き出す[できるだけ手を止めずに]
● 脚色せず事実をあるがままに書く [考えない]
● 大切なのは,ペンの動きを止めないこと。書く内容は,前向きなことでも後ろ向きなことでも構いません
● 文法や文章,文字の誤りは気にせず自由に書く
● 何も書くことが思いつかない場合は,「書くことが思いつかない」「ほかになにか書くことはないだろうか」など,その瞬間に思ったことを書けばよい。
この取り組みが学生の文章力向上に役立つことを願うばかりです。
2025/06/23 「学生のモチベーションを高める教員の役割とは」
リーダーに求められる6つの役割 (ニチレイ元社長 村井利彰氏のことばから)
期待されている役割を正しく認識する
全身全霊で役割(職責)の遂行にあたる
部下のあらゆる疑問に答えられる能力と人間性を備える
部下に背中を見せる
明るい組織風土を形成する
チームの能力を最大限引き出し,期待される現在,未来に立ち向かわせる。
教員の頑張りが,学生の力を引き出すことは間違いないと思います。ただし,教員が先頭を走って,それに黙ってついてくるほど,今の学生は甘くないでしょう。学生にとって教員はおそらく遠い存在です[目標にはなりえません。別の世界に暮らしている人ですから]。うまく届かないかもしれませんが,丁寧に言葉をかけながら,寄り添っていくことが大切と思っています。学生の潜在能力を引き出すこと,これが教員の使命です。
2025/05/13 「信じるべきものは何か,じっくり考える姿勢が大切」
「入場者数が1万人」といわれたら,皆さんはどのように感じますか。一般的にはたくさんの人数がいると感じるのではないでしょうか。確かに収容人数が1万人規模の施設に対してのことであれば多いという解釈は妥当でしょうが,10万人規模の施設であれば決して1万人は多いとはいえないでしょう。この解釈も10万人に対して1万人が多くないという話をしているだけであり,1万人も入場しているから入場者数は多いと考えてももちろんいいわけです。数値は確かに客観的な指標を与えるものであり,活用すべきものと思います。しかし,その解釈は慎重であるべきです。したがって,根拠が脆弱なことを鵜呑みにすることだけは避けてほしいと常々思っています。たとえば,「コレステロールの値を下げるために薬を飲むべき」といわれたら,このことをそのまま信じるのではなく,コレステロールの値が高いと何が問題なのか,もし問題であるとすれば,それを裏付ける証拠があるのか,ここまで考えて自分で結論を出すことを心がけてほしいと思っています。しっかり判断できる力を持った人を育てるために,生命科学コースでは,判断力を養う訓練をレポート添削の時間を使って行っています。
2025/04/19 「科学も道徳もその根底の力は想像力である」
この言葉は,大阪大学名誉教授の畑田耕一先生[専門は高分子化学]が書かれたものです。もう少し引用すると,「自然科学は,自然界に起こるいろいろな現象をよく観察し,そのメカニズムを明らかにする学問分野である。それを通して,科学者は新しい物や概念を創ろうとする。新しい物を創るとき,新しい概念を創り出すときには,想像力が必要である」(高分子, Vol.59(1), 35)
20年ぐらい前の学生は,実験結果を考察させたとき,いろいろ想像しながら,自由に,しかもこちらが想定する以上の分量を書くことができました[もちろん明らかにおかしいことも含まれていました]。近年は,インターネットの普及により調べることが容易になったため,まず調べることから入る学生が増えたような気がします[教員もそれを要求している傾向があります]。調べてしまえば,何か答えらしきものに辿りつくため,学生はそれを記述して満足してしまうことになります。もちろん,書かれたことを活かす姿勢があれば,調べることは決して悪いことではないのですが,今は答えらしきものを見つけた段階で思考が停止してしまうのかもしれません。想像を膨らませながらあれこれ考える,知的な楽しみ。この感覚を学生にも味わってもらえるような授業を,今後意識的に構築していきたいと考えています。
2025/04/02 「【書籍紹介】 自分の小さな「箱」から脱出する方法」
この本は,物事がうまくいかない理由は考え方を変えれば,必ずうまく進めることができることを,対話形式の物語により示したものです。この考え方は,ビジネスにも,あらゆる人間関係にも,家族関係にも適用できるものとして紹介されています。ここに出てくる「自己正当化」という思想は誰もがしたことがあることのように思います。自己を正当化しようとすると,事実がねじ曲げられることはよく見られるのではないでしょうか。このことを,筆者は「箱」で表現しています。「箱」の中からものごとを見ると,真実とは異なる見方をしてしまう可能性があります。学生がある実験データを得たとき,教員が前もってこうなるはずと強く主張した場合には,学生は教員の思い通りにデータを見てしまう可能性が十分考えられます。ものごとを適切に捉えるためには,「箱」から出た状態で観察しなければなりません。このような環境を提供することも教員の大事な務めと改めて思い知らされました。
2025/03/06「見えている世界がすべてではない」
生命科学コースでは,確かな観察力をとおして生きものを理解しようという教育方針で,授業を展開しています。この方針は,観察力を磨けばあらゆる事象がわかるようになることを意味しているわけではありません。実際には,見えない世界が必ずあり,得られた観察事項と矛盾しない別の重要事項が隠されていると常に考えることが大切です。松尾芭蕉の有名な句「古池や蛙飛び込む水の音」も,実景を読んだものではなく[古池に蛙が飛び込む様子を実際に見ていたのではなく],芭蕉の心象風景を読んだものと解釈されています。観察事項をきちんと言葉で表現する訓練はもちろん重要ですが,それに加えて,新しい発見やモノを想像するためには,観察できたことから別の事柄をイメージする力を鍛えることも必要です。想像したことを真実と思い込むことは厳に戒めなければいけませんが,想像力を喚起する教育を,今後卒研生に対して行っていきたいと考えています。
2025/02/21「できる,できないという基準ではない価値を築けるかどうか」
冒頭のタイトルは,三浦しをんさんの小説「風が強く吹いている(新潮文庫)」の解説に書かれていたものです。この価値を築くためには,自分の評価を他者に委ねるのではなく,自分自身でできるようにする必要があります。きちんとした自己評価軸は,事実[真実]・体験からしか育成されません。「毎日コツコツ研究に取り組み,再現性のあるデータを出すこと」を目標に取り組む卒業研究は,評価軸を構築するうえで重要な過程であると考えています。卒研生を含む在学生には,困難な事柄に対して,持っている能力のうちどの程度を使って対処したかを常に意識してほしいと思っています。持てる能力を使い切る姿勢を継続することにより,できる・できないとは別の価値観が築かれるのではないでしょうか。
2025/02/10「研究で最も大事な項目は【結果】である」
実験で最も大切な項目は「結果」である。これは,本学に入学してから新入生に言い続けていることの一つです。しかし,4年生の卒業研究発表用プレゼンテーション資料を添削していると,緒言や実験方法に力を入れており,結果が薄い学生が極めて多いことに愕然としました。学生たちは自分たちの実験結果に自信がないのかもしれません。しかし,実験で得たことが真実であり,その信頼性を高めるとともに,その結果に自信を持ってほしいと切に願います。調べたことより本人が経験したことを信じること,これは研究に限ったことでもありません。情報過多の時代であるため信じる対象が見えにくいのかもしれませんが,自分の経験を大切に世の中を生きてほしいと思っています。
2024/12/27「考えるより,まず行動せよ」
最近の学生は常に考えることを要求されています。学校教育において重視すべき三要素(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」) の思想が高校までで浸透しているからかもしれません。確かに,考えて行動することはとても大切なことであり,意味もわからず言われたとおりに動くことは決して良いことではありません。したがって,社会に出たら絶対に必要になる能力です[上司のいうことに疑問を抱かず実行してしまう人も多いのが現状です]。しかし学生のうちは,考えるよりもまず行動してみよう,というメッセージを送った方がいいように感じます。結果がどうなるかわからないけど,まずデータを取ってみよう。データが出てから改めていろいろ考えてみよう。このような姿勢が大事ではないでしょうか。考えすぎると何も動けなくなるのが現状で,調べることに精を出しすぎると,逆に動きが鈍くなるような気がしています。この話は,もちろん程度問題でありますが,特に若いうちは失敗を恐れず,まず動くことを優先してほしいと強く思います。生命科学コースでは,体験を重視しながら,その結果をもとに考える姿勢を養っています。
2024/11/03「きちんとしたデータを取ることの重要性」
卒業研究を遂行するために必要なことは,研究分野にかかわらず再現性のあるデータを取ることです。これは地道な作業ですが,間違いのないデータをもとに実験結果を考察するために,避けては通れないことです。3年生までの学生実験では,実験技術の習得に重点が置かれており,きちんとしたデータを取るという過程が軽視されています[きちんとしたデータを取る時間がありません]。生命科学コースでは,この点を補うため,3年後期の授業時間外に,1つの図や表を仕上げることを目指す活動に取り組んでもらっています。この試みは今年度から始めました。この試みにより,卒業研究を着実に遂行できる力を育成することを目指しています。
2024.04.05 「2024年度の新入生を迎えて」
ドイツを代表するゲーテは,「人生において大切なのは人生そのもの。結果ではない」という言葉を残しています。大切なことは,生きていくことそのものであり,その苦労や幸福をしみじみ味わうことであると解釈できます。ゲーテは,若い頃から成功して,詩,小説,戯曲などの「成果」を数多く生み出してきた人です。しかし,結果のみにこだわることは適切ではないと考えていることがわかります。結果が出ないと[例えば,テストで点数が取れないと]よくないと考えがちですが,大事なのは結果ではなく過程です。他人と比較する必要もありません。コツコツ続けていれば必ず伸びていきます[時間はかかるかもしれませんが]。頑張ったことは必ず自身の血となり肉となります。学問に限った話ではありません。何事に対しても,できるようになったこと[たとえそれが些細なことでも]を前向きに評価し,大学生活を過ごしてほしいと思っています。
2024.03.19 「感性を研ぎ澄ませ!そのために体験を重視せよ!」
学生実験を担当して,少し疑問に思う思うことがあります。それは学生の皆さんが実験から得た値よりも,教科書に書かれた仮の数字が正しいと思っている節があることです[およそという但し書きがあるにもかかわらず]。ある物質の濃度を算出するのに,滴定で得られた滴下量からではなく,およそと書かれた質量を用いて濃度を計算してしまう学生が多く見られます。もちろんこれは内容を十分理解させることができていない教員側の問題が大きいのかもしれません。しかしそれだけではなく,書かれていること[特に活字体で書かれたもの]を信じる[間違いがないと思い込む]傾向が強いからではないでしょうか。本生命科学コースでは,目で見たこと,耳で聞いたこと,手で触ったことなど,五感により感じ取ったことは正しいという意識が芽生えるように,受け身ではなく能動的な体験を数多く授業の中でしてもらっています。感性こそが常識を打ち破る可能性があることを頭に入れながら,1つ1つ丁寧にさまざまな体験をさせることにより,学生の感性が卒業時には研ぎ澄まされたものになることは間違いないでしょう。
2024.02.29 「生物をありのまま捉え,理解する」
「生物は回せば続くという方法をとっている。世代を回しながら<私>が続いていく。生態系も物質循環があって,物質をリサイクルしながら回って続いていく」 これは,東京工業大学名誉教授である本川達雄先生の著書「生きものとは何か(ちくまプリマー新書)」の一説です。現在は,分子レベルで生物を理解する試みが盛んに行われており,各大学でそのための生物系カリキュラムが組まれています。しかし生物を理解するのに必ずしも分子まで分解する必要があるのでしょうか。違ったアプローチで生物を理解することはできないのでしょうか。このような考えのもと,カリキュラムを構築したのが神奈川工科大学の「生命科学コース」です。したがって,生きものを観察する視点を重視した授業科目を複数用意しています。本学科では,この考えをより学生に浸透させるために,本川先生に本学での講義を依頼しました [快く引き受けていただき,ありがとうございます]。学生たちは本川先生の講義に大いに刺激を受けたようで,生きものの見方が一つ増えたようでした。ある学生の感想に,「哲学から考える生物はとても面白かった」とありました。さまざまな考え方を身につけること,これは大学において非常に重要なことです。本川先生には,次年度も講義をご担当いただけることになっています。
2024.02.18 「ルールを活用する術を体得せよ! 学修に対する意識改革」
本コースに入学してくる学生の中には,勉強は覚えるものと思っている人が少なからずいます。確かに高校までの試験では求められる範囲が決まっているため,試験範囲を覚えておけば[例題を丸暗記しておけば]良い点が取れたのかもしれません。しかし大学では[特に社会に出ると],この方法は通用しません。たとえマニュアルどおりの展開になったとしても,マニュアルどおり対応すればうまくいくとは限らないからです。実際には,これまでに培った知識を総動員して,いま起こっている状況に対して判断を下していく必要があります。そのために大学では,これまでの学修に対する意識を変えていく必要があります。例えば,「有機化学」の授業では,化学反応式を丸暗記することを目標にするのではなく,与えられた化学反応式をもとに別の反応を予測する訓練を行っています。生命科学コースでは,他の授業においても,学修に対する意識改革の場と位置づけて,授業を展開しています。意識が変われば学修に対する姿勢も変わり,確かな学力もついてくることは間違いありません。
2024.02.02 「観察力を育てる」
生命科学コースでは,実際の生物材料を扱いながら観察力を身につけることを目指してカリキュラムを設定しています。観察は日常的に使われる言葉であり,特別な訓練は必要ないと思われる方がいるかもしれません。観察の意味を辞書で確認すると,「そのものがどういう状態であるか,ありのままの姿を,注意してみること」[三省堂 新明解国語辞典]とあります。現代は情報過多の時代であり,物事を瞬時に判断することが好まれる傾向にあります。しかしありのままの姿を捉えるためには,「注意してみる」,言い換えれば「じっくり丁寧にみる」姿勢が求められます。見る対象に集中することにより,さっと見ていただけでは気づかなかったことが見えてくる。この感覚を学生に体得させたいと思っています。本コースでは,実習の授業において,植物や動物などをじっくり見て,スケッチさせることにより,生きものの特徴を捉える訓練を繰り返し行ってiます。見ることの大切さと難しさを,授業をとおして体験させていきます。
あわせて学生には,物理学者である中谷宇吉郎(1900~1962)のことばを引用することにより,観察の重要性を伝えています。
『新しい発見の方法は唯一つしかない。常に眼を開いて,注意深く探索をつづけるより他に方法はない。ちょっとでも変わったことがあったら,それを目ざとく見付けて,対象を追求していく。それが新しい発見に導かれることもあるし,何も出て来ない場合もある。もちろん後者の場合の方が多い。しかしそれより外に道はないのであるから仕方がない。』
観察力は才能でなく,努力で身につくものです。じっくり見ることを常日頃から心がけることにより,生きものの面白さや不思議さが見えてくることは間違いないでしょう。
2024.01.26 「文章で書かれた内容をイメージできる訓練を!」
はじめに授業で取り上げた例題を示します。
[例題] 線分を3等分して真ん中を取り除くという操作を無限回繰り返して得られる集合をカントール集合という。以下の設問に答えよ。ただし,最初の線分の長さを1 cmとする。
(1) 線分を3等分して真ん中を取り除くという操作を1回,2回,3回行ったとき,得られる線分の長さはそれぞれ何cmとなるか。
皆さんはここに書かれている内容を,正確に図示できるでしょうか。これはフラクタル図形を扱った問題ですが,この用語を知らなくても,文章を図にできれば問題を解くのは容易です。しかし実際は,書かれている内容をイメージできないため,解くのに苦労していることがわかりました。映像の世界に慣れた学生には,自分の頭で物事をイメージすることが苦手なのでしょう。分子のような目に見えない世界もイメージしなければ理解が追いつきません。生命科学コースでは,自分の頭で状況をイメージできる力を鍛えていく教育を推進していきます。