理事長挨拶
学会の果たすべき役割は何かと考えてみますと、それは同じ分野の研究者同士が真摯に討議し意見交換をすること、そして最新の研究成果を社会に発信していくことではないかと思います。そのために大事なものは学術大会の開催と学会誌の発行という二つは欠くことの出来ない重要なものだと考えています。インド哲学仏教学をはじめとして、関連する分野を研究する多くの会員が集う日本印度学仏教学会の理事長を仰せつかり、責任の重さを痛感しています。
さて、現在の学会は大きく二つの分野の課題を抱えているように考えています。一つは内部的な課題と位置づけられるでしょうが、これは先の理事長であった下田正弘先生の尽力により解決の方向性が示されていますので、それを踏襲していきたいと考えています。
もう一つは対外的なものです。それはこの分野の研究に参入する若手が少なくなってきているという状況に、学会としてどう対応するかということではないかと考えています。少子化が進んだ現代、大学へ進学する学生数が大変に減少していることは皆様、周知のことと思います。しかしながら分野によっては多くの学生を集めているところがあることも一方の事実です。私たちの分野であるインド哲学仏教学が、将来を担う若者たちにとって魅力あるものになるためにはどうしたらよいのか、この課題も、考えていかなければならないのではないかと考えています。
一人の力では到底解決することが出来ないようにも思いますので、皆様のご協力をお願いする次第です。理事長を仰せつかった以上は、このような課題に微力ながら道筋を着けていきたいと考えております。簡単ではありますが、理事長交代に対する挨拶とさせていただきます。
令和5年9月4日
日本印度学仏教学会理事長
蓑輪顕量
日本印度学仏教学会は、インド思想と仏教思想とを中心としながら、広くアジアの思想、歴史、言語、文化の研究を、戦後七十余年にわたって牽引してきました。西洋と東洋の思想と文化とを斉しく視野に入れ、両者の間隙を架橋しつつ新地平を開拓してきた本学会は、現在、日本の人文学を代表する学術協会となっています。
永い歴史をとおして構築されてきた伝統的な知の意義を、刷新されつづけるあらたな知的環境において実現しなおす方法を確立することは、人文学という個別の学の領域を超え、学術全体に求められる営為であります。ことに情報通信革命が爆発的な勢いと規模で進むなかにあって、それに対応する新たな学術空間を構築してゆけるか否かは、当該学問全体の存立を左右する喫緊の課題となっています。
本学会がこの問題に着手したのは、今から40年前、1984年のことでした。人文学分野ではほとんど注目されていなかったこの課題に早々に取りくみ、その営為を脈々と継承してきたことによって、現在、本学会は「インド学仏教学論文データベースINBUDS」、および「大正新脩大蔵経テキストデータベース事業SAT」をとおし、デジタル人文学の先端をゆくモデルを世界に提供するに至っています。
周知のとおり、2020年から3年以上つづいたCOVID-19の流行は、社会に甚大な被害を与え、さまざまな活動の中止や大幅な変更を余儀なくしました。そうしたなかにあって、本学会が他の学会に先んじて学術大会をオンラインに変更し、例年どおり学術活動を継続することができたのは、特筆すべきことであります。会員諸氏の力によってこの難事が果されたのも、本学会がつねに新たな現実に立ち向かい、困難を可能性に変える伝統を有しているところが大きいと思います。
今後、日本の学術環境は、極度の少子化を背景として、学術誌の刊行、学術大会の催行、そしてなにより後継者の育成という重要な点において、いよいよ厳しいものになることが予想されます。諸学協会は、これまで構築してきた制度に安住することなく、連携や再編をとおし、柔軟に対応してゆくことを求められるでしょう。それは拡大させつづけてきた制度設計とは反対の、未経験の方向となります。40年後の未来を見すえて現在を開いた本学会の先人の叡智と決断を尋ね、会員諸氏とともに、この困難の先にあらたな未来を開いてゆきたいと願っています。
令和5年4月1日
日本印度学仏教学会理事長
下田正弘