AIで薬の「苦さ」を予測する
薬の苦味は、特に子どもにとって飲みにくさの原因になります。本研究では、薬の分子構造から苦味をAIで予測する方法を開発しました。将来、より飲みやすい薬を効率よく設計するための技術として期待されます。
薬の「苦味」は、実は薬づくりにおける重要な問題のひとつです。特に子ども向けの薬では、強い苦味があると薬を嫌がってしまい、必要な量をきちんと飲めないことがあります。そのため、薬の開発段階で「この薬は苦そうだ」と予測できれば、味をマスキングするなどの工夫を早めに検討できます。
この研究では、薬の分子構造を見ただけで、その薬に苦味があるかをAIに予測させる方法を開発しました。
使ったのは、「グラフニューラルネットワーク(GNN)」と呼ばれる深層学習(ディープラーニング)の技術です。分子は、原子と原子のつながりからできています。GNNでは、この「原子=点」「結合=線」という分子の形をネットワークとしてAIに読み込ませ、苦味に関係する特徴を学習させます。
今回のポイントは、AIに**「苦いかどうか」だけを勉強させるのではなく、「甘いかどうか」も同時に勉強させた**ことです。このように複数の課題を同時に学習する方法を「マルチタスク学習」といいます。甘味についても一緒に学ぶことで、苦味だけを学習したAIよりも、苦味をより正確に予測できるようになりました。
さらに、実際の子ども向け経口薬185種類のデータを使って、開発したAIが未知の薬にも使えるかを検証しました。その結果、苦いことが報告されている157種類のうち、139種類を「苦い」と正しく見つけることができました。苦い薬を見逃さず検出する能力を示す感度は約89%(0.8854)でした。
興味深いことに、「構造が似ている分子なら味も似ている」という単純な関係ではないことも分かりました。苦い分子とそうでない分子は構造上かなり重なっており、薬の苦味は単純な見た目の類似性だけでは判断できません。AIが分子構造の複雑な特徴を学習することに意味があると考えられます。
この技術を使えば、新しい薬を開発するときに、実際に味を評価する前の段階で**「苦味が問題になりそうな薬」をコンピューター上でスクリーニング**できる可能性があります。特に、飲みやすさが重要となる小児用医薬品の製剤設計を効率化し、患者さんがより服用しやすい薬の開発につながることが期待されます。
論文情報
Hiroaki Iwata, Soyoka Tanihata, Shin-ichi Fujiwara, Deep Learning-Based Prediction of Drug Bitterness Using Molecular Structures, European Journal of Pharmaceutical Sciences, 2026, 107616.
AIが血液細胞を見分ける「理由」を見える化
本研究では、顕微鏡で撮影した血液細胞の画像をAIで見分け、その判断の理由を見える化する方法を開発しました。AIが細胞のどこに注目しているのかを画像で示すことで、「なぜそう判断したのか」を人が確認できます。
血液検査では、顕微鏡で血液中の細胞の形や色を観察することで、さまざまな病気の診断に役立てています。近年では、こうした血液細胞の画像をAIに解析させ、自動で細胞の種類を分類する技術が注目されています。しかし、AIの予測精度が高くても、「なぜAIがその細胞だと判断したのか」が分からないことは、医療でAIを利用するうえで大きな課題です。
本研究では、顕微鏡で撮影された末梢血液中の細胞をAIで分類するとともに、AIが細胞のどこを見て判断しているのかを可視化しました。
血液細胞の分類には、画像認識を得意とする「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」と呼ばれる深層学習(ディープラーニング)の技術を用いました。VGG16とResNet50という代表的なAIモデルに学習させ、さまざまな種類の血液細胞を画像から分類できるモデルを構築しました。
さらに、「Grad-CAM」という技術を使って、AIが分類するときに画像のどの部分に注目していたのかを色で見えるようにしました。これによって、これまで中身が分かりにくい「ブラックボックス」とされてきたAIの判断過程を、人が確認できるようになります。
解析の結果、AIは細胞を適当に見分けているのではなく、細胞の核のくぼみや細胞質の色など、実際に血液細胞を分類するときに重要となる特徴に注目していることが分かりました。特に、前骨髄球、骨髄球、後骨髄球など、成熟段階の異なる細胞を見分ける際にも、こうした特徴を捉えていました。
医療分野でAIを活用するためには、「正しく予測できる」だけでなく、「なぜそのように判断したのかを人が理解できる」ことも重要です。本研究は、AIの判断根拠を見える化することで、より信頼性・解釈性の高いAIによる血液細胞分類や、将来の診断支援システムにつながることが期待されます。
論文情報
Hiroaki Iwata, Tsukie Shibayama, Miku Watanabe, Hisashi Shimohiro, Toward clinical reliability: Visualizing and interpreting AI-based classification in peripheral blood smear analysis, Machine Learning with Applications, 22, 2025, 100780.
AIで分子の「匂い」を予測する
本研究では、分子構造から「甘い」「花のような」など複数の匂いをAIで予測する方法を開発しました。さらに、AIが分子のどの部分に注目して匂いを判断したのかを見える化しました。食品や香料、医薬品などの「香り」を効率よくデザインする技術への応用が期待されます。
私たちが感じる「甘い香り」「花のような香り」「木のような香り」といった匂いは、さまざまな分子によって生み出されています。しかし、分子の構造と、人が感じる匂いとの関係はとても複雑です。これまで匂いの評価には人による官能試験などが使われてきましたが、多くの化合物を調べるには時間と労力がかかります。
本研究では、分子構造から、その分子がどのような匂いを持つのかをAIで予測する方法を開発しました。
用いたのは、「グラフニューラルネットワーク(GNN)」と呼ばれる深層学習(ディープラーニング)の技術です。分子を構成する原子とその結合をネットワークとしてAIに読み込ませることで、匂いに関係する分子構造の特徴を学習させました。
今回のポイントは、ひとつの匂いを個別に学習するのではなく、14種類の匂いを同時に学習させたことです。実際、一つの分子が「甘い」と「フルーティー」のように複数の匂いの特徴を持つことがあります。このような匂い同士の関係をAIに一緒に学ばせることで、匂いを一つずつ学習する方法よりも、高い精度と安定した予測性能を実現しました。
さらに、「Integrated Gradients」という手法を用いて、AIが分子のどの部分を見て匂いを予測したのかを可視化しました。その結果、水素結合に関係する部分や芳香環など、匂いの受容に関係すると考えられている分子構造にAIが注目していることが分かりました。つまり、AIは単に匂いを当てるだけでなく、化学的・生物学的に意味のある特徴を学習している可能性があります。
この技術を発展させることで、膨大な数の分子の中から目的の匂いを持つ候補をコンピューター上で効率よく探し、食品、香料、医薬品などの新しい「香り」をデザインするための支援技術につながることが期待されます。
論文情報
Hiroaki Iwata, Interpretable Multitask Deep Learning Models for Odor Perception Based on Molecular Structure, Current Research in Food Science, 11, 2025, 101219.
AIで「甘い」「苦い」を分子構造から予測
本研究では、分子構造から「甘味」と「苦味」をAIで予測する方法を開発しました。さらに、AIが分子のどこに注目したのかを可視化し、その部分が実際に味覚受容体と関わることを確認しました。新しい甘味料や苦味を抑える物質、飲みやすい薬の開発への応用が期待されます。
私たちが感じる「甘味」や「苦味」は、食品のおいしさだけでなく、栄養や安全性を判断するためにも重要な感覚です。しかし、分子の構造から、その物質が甘いのか苦いのかを予測することは簡単ではありません。
本研究では、分子構造から甘味と苦味を予測するAIモデルを開発しました。
用いたのは、「グラフニューラルネットワーク(GNN)」と呼ばれる深層学習(ディープラーニング)の技術です。分子を構成する原子とその結合をネットワークとしてAIに直接読み込ませることで、甘味や苦味に関係する構造の特徴を学習させました。その結果、従来の方法と同等以上の精度で味を予測することができました。
さらに、「Integrated Gradients」という方法を使い、AIが分子のどの部分に注目して「甘い」「苦い」と判断したのかを可視化しました。これにより、単に予測結果を出すだけではなく、AIが判断に利用した分子構造を人が確認できるようになりました。
そして、この研究ではもう一歩踏み込み、AIが重要だと判断した部分が、本当に味を感じる仕組みに関係しているのかを調べました。AlphaFoldで予測した苦味受容体(TAS2R16)と甘味受容体(T1R2)の立体構造を使ってシミュレーションしたところ、AIが注目した部分が実際に受容体と水素結合する部位であることが確認されました。
つまり、AIが「甘い」「苦い」と予測するだけでなく、「なぜそう予測したのか」を分子レベルで説明できる可能性を示した研究です。この技術は、新しい甘味料や苦味を抑える物質の探索、食品開発、さらに苦味を抑えて飲みやすくする医薬品の開発などへの応用が期待されます。
論文情報
Hiroaki Iwata, AI-driven prediction of bitterness and sweetness and analysis of receptor interactions, Current Research in Food Science, 10, 2025, 101090.