私たちは、冬眠などにより、動物が寒冷や食物不足などの厳しい環境に適応する際に、どのように代謝を変化させているのかという疑問について、特に脂肪組織の役割に注目して研究しています。
動物が生きていく上で必要不可欠な摂食行動や体温の維持、エネルギー代謝のしくみを理解し、動物の巧みな生存戦略を、肥満や糖尿病などの代謝異常の予防・改善に応用することを目指しています。
これまでの研究概要は下記をご覧ください。
私たちヒトを含め哺乳類は2種類の脂肪組織を持ちます。体脂肪や内臓脂肪と呼ばれる脂肪は白色脂肪組織に分類され、全身に存在してエネルギーを脂肪(中性脂肪)として蓄えます。もう一つの褐色脂肪組織は、脂肪エネルギーを消費して熱を産生する特殊な脂肪組織です。
例えば動物が寒冷にさらされると、寒冷刺激は脳を介して交感神経を活性化し、神経終末から放出されるノルアドレナリンが褐色脂肪細胞に存在する脱共役タンパク質1(Uncoupling protein 1; UCP1)を活性化し、熱が産生されます。褐色脂肪組織による熱産生は寒冷環境での体温維持に重要であり、UCP1欠損マウスは寒冷環境に置かれると体温を保つことができません。
冬眠動物は、寒冷と食物不足という厳しい冬の季節を、代謝を下げて冬眠することで生き抜きます。冬眠からの覚醒時に体温を上昇させる褐色脂肪組織と、冬眠中のエネルギー源である白色脂肪組織、2種類の脂肪組織の機能は冬眠動物にとって重要な役割を持ちます。冬眠中に脂肪組織がどのようなりモデリングを進行させるのか、それが冬眠現象にどのように関わるのかを調べています。
ほとんど未解明の冬眠という現象の謎、私たちと一緒に解き明かしてみませんか?
メタボリックシンドロームが著しい社会問題となっており、その最大のリスクファクターである肥満症の病態解析と対策が求められています。国民健康栄養調査によると、近年の我が国での肥満増加は多食(エネルギー摂取の増大)よりはむしろエネルギー消費の減少に負うところが大きいようです。褐色脂肪組織-UCP1はストーブのようなもので、スイッチが入ると熱を産生しますが、その燃料となるのは白色脂肪組織から供給される脂肪酸です。つまり、褐色脂肪組織が熱を作れば作るほど、白色脂肪組織(体脂肪)が減少することになります。私達は、褐色脂肪-UCP1が全身のエネルギー消費や体脂肪量調節に関わっており、その活性化により肥満を軽減・予防できることを動物実験により明らかにしてきました(J Funct Foods, 2015など)。
長年成人には褐色脂肪組織は存在しないと信じられてきましたが、私たちは成人にも機能的な褐色脂肪組織が存在し、体脂肪量の調節に関わることを示しました(Diabetes, 2009)。しかし、ヒト褐色脂肪組織は加齢により減少することが判明し(Obesity, 2011)、褐色脂肪組織を活性化する方法に加えて、増やす方法の解明も必要であることがわかりました。そのため、褐色脂肪を活性化する方法と増加させる方法を見出し、褐色脂肪をターゲットとした肥満対策・予防法を確立することを目指して研究を進めています。
動物が寒冷に長期間さらされると、上記のように褐色脂肪組織が活性化して熱を作る反応に加えて、脂肪組織の形態や機能が大きく変わります(リモデリング)。褐色脂肪組織では、UCP1の量や褐色脂肪細胞の数が増加して組織が大きくなります(増生)。白色脂肪組織では、ベージュ脂肪細胞と呼ばれる誘導型の褐色脂肪細胞が出現します。白色脂肪組織が褐色脂肪組織に転換するように見えるので、この現象は白色脂肪組織の褐色化と呼ばれます。これらの脂肪組織の変化により全身の熱産生能力が増加し、動物は寒冷環境に適応します。私たちは、脂肪組織リモデリングのメカニズムについて調べています。
寒冷刺激により褐色脂肪細胞の数が増えるのは、交感神経の刺激により前駆細胞が増殖して細胞数が増加し、それらが褐色脂肪細胞へと分化することによることが知られています。私たちは、その経路に加えて、成熟分化した褐色脂肪細胞自体が増殖する可能性を見出しました(PLos One, 2016; Sci Rep, 2017)。また、ベージュ脂肪細胞は褐色脂肪細胞と同等の熱産生機能をもち(PLos One, 2013)、レプチン感受性の調節を通して摂食行動も変化させる(Exp Biol Med, 2011)ことがわかり、エネルギーの消費と摂取の両面から肥満対策のターゲットとなることを示しました。しかし、ベージュ脂肪細胞の元となる前駆細胞は加齢や肥満により減少することがわかり(Obesity, 2017; J Vet Med Sci, 2019)、その数をコントロールする方法を見出す必要があります。
体温は熱産生と熱放散のバランスにより制御されていますが、熱産生のうち非震え熱産生を担うのが褐色脂肪組織です。冬眠動物が冬眠から覚醒する際の体温上昇や、小型動物が寒冷環境で体温を維持するために重要な役割を持ちます。また、哺乳類動物は出生時に37度付近の母体内からの急激な環境温度の低下を経験しますが、その際に熱を産生して体温を維持するために褐色脂肪組織による熱産生が重要です。そのため、ほとんどの哺乳類動物には出生時には既に機能的な褐色脂肪組織が存在します。しかし、成長に伴い体のサイズが大きくなると体表からの熱の損失が減少し、基礎代謝量の増加や筋肉による震え熱産生能の増加などにより非震え熱産生の需要が低下し、褐色脂肪組織は退縮・消失します。例外として、冬眠動物やマウスなどの小型齧歯類は生涯豊富な褐色脂肪組織を持ちます。
私たちは様々な動物の褐色脂肪組織について研究をしていますが(Mar Mamm Sci, 2016など)、中でも特殊な褐色脂肪組織形成機構を持つシリアンハムスターに注目しています。ハムスターは出生時には褐色脂肪組織を持たず、離乳までの時期に白色脂肪組織が褐色脂肪組織へと徐々に転換します(J Appl Physiol, 2018)。そのため、新生仔期のハムスターは通常の室温(23度)でも体温が維持できず、褐色脂肪組織が完成するとともに恒温性を獲得します(J Vet Med Sci, 2019)。組織学的に解析すると、出生後に白色脂肪組織中に前駆褐色脂肪細胞(プロジェニター)が出現し、増殖して褐色脂肪細胞へと分化することがわかりました。ハムスターの独特の脂肪組織リモデリングメカニズムを明らかにすることで、褐色脂肪細胞を増やす方法が見つかるかもしれません。