研究内容

海の植物プランクトンとウイルスを調べて、地球環境の今と未来を知りたい


海洋は地表の71%を占め、深さは平均で3,700 mという広大な生態系です。海は大気を介して陸域に水を与え、生態系は私たちに豊かな海産物を与え、また海流は太陽放射による熱を地球の隅々まで分散させ、気候を安定に保ちます。つまり、海は全人類の生存基盤にも大きく貢献しています。しかし見方を変えれば、海は地球環境を支配しているとも言え、一度その「仕組み」が壊れると地球を寒冷化させたり、逆に灼熱に変えてしまうといったリスクを孕んでいます。こういった脅威に正しく立ち向かうため、物質やエネルギーの流れとその仕組みを詳しく知ることが海洋学目的の一つです。

植物プランクトンは海洋において最も重要な基礎生産者です。彼らを含む微生物は、学物質の貯蔵庫(リザーバー)および反応装置(リアクター)として、全地球規模の物質循環に大きく貢献しています。彼らは生理特性や形態的性質が異なる種が何十〜何百種と集まり、様々な環境において個性ある複雑な装置(群集)を構成しています。つまり、物質循環の実像を知るためには、個々の種の機能に加えて、個々に異なる種が集まることで生まれる多様性の効果、すなわち「相互作用」を理解することが欠かせません。しかし、そのような効果は実測はおろか、定量方法すら確立されていないのが現状です。

ウイルスは、私たち細胞性生物の進化や生理現象に深く関わっており、生物学にける主要な興味の一つです。海洋においてもウイルスの存在は古くから確認され、植物プランクトンの死滅や機能調節に関与していること室内実験や局所スケールの観測から強く支持されています。近年、海洋ウイルスの多様性や全球分布についても調査が及び、細胞性生物を凌ぐ多様なウイルスの存在が明らかとなって来ました。これらの状況証拠から、ウイルスが海洋物質循環において重要な構成要因であることはほぼ確実ですしかし、ウイルスの効果が生物の死滅においてどの程度の普遍性(死滅に占める割合やその時空間的な広がり)を持つのかについては不明な点が多く、その存在は海洋物質循環において十分に考慮されていません。

生物遺伝情報(DNAやRNA)は、海水試料から高感度かつ詳細に測定することができる数少ない生体分子の一つです。近年の分析技術の発達により、私たちは初めて海洋微生物の真の多様性や機能を把握しつつあります。また、微小なため光学的手法で同定が難しいウイルスの検出にも効果を発揮しています。さらに、環境中に漂うDNAやRNAが様々な生態イベントの診断材料になることも分かってきました。一方で、拡充の一途を辿る環境ゲノム情報を海洋学の発展に結びつけるには情報解析だけでは不十分であり、他の海洋学的パラメータとの関係評価を踏まえたサンプリングや実験のデザインが不可欠です。私はこれら分子生物学的手法を分析化学的手法と組み合わせ、海洋における植物プランクトンとウイルスの生態、さらには物質循環の規模と性質の解明を目指しています。


研究方針

. 海の環境変化に対する微生物の応答を調べる

海洋は炭素の巨大な貯蔵庫として気候変動の緩和に大きく貢献しています。裏を返せば、大気と接触する海洋表層では気候変動による環境変化が加速度的に進行しており、その生物相への影響解明は特に重要な課題です。

これまで、将来想定される海洋環境(主にCO2の増加)を忠実に再現した実験系を用いて、7つの海域において気候変動が及ぼす植物プランクトンへの影響評価を行いました。その結果、将来の環境が群集構造の変化(Endo et al. 2013)、多様性の低下(Endo et al., 2016)、あるいは遺伝子発現を改変して基礎生産力の低下を引き起こす(Endo et al., 2015)などの潜在的な影響を報告しました。

一方で、他グループの成果を含む一連の研究から、微生物の環境応答には「海域による違い」が大きいことが浮き彫りとなりました。この海域特異性の要因を精査し、環境影響の予測精度を向上させることが今後の課題です。具体的には、(1) 生物地理分布(海域による種組成の違い)の把握と(2) 未知の群集制御因子(例えば、種間相互作用やウイルスによる群集制御)の知見拡充が突破口になると考えています。以下で紹介する最新手法を導入し、多様性、生物間相互作用、およびウイルス感染を含めたより包括的な生物応答の理解したいと考えています。


キーワード

現場培養実験 (マイクロコズム)、クリーン採水・培養、環境化学分析、炭酸化学種分析

主な研究成果

2. 海洋微生物の分布と多様性を調べる

海水から抽出されたDNAやRNAは、そこに棲息する微生物やウイルスの生態的役割や環境適応、種間相互作用、地理的起源など多岐にわたる情報を含んでいます。海洋の微生物の分布や多様性を広大な地理スケールにわたって調べることで、海洋生態系の理解向上を目指しています。また、DNAやRNAの量を正確に測る(定量化する)ことで、遺伝情報を物質循環のパラメータとして活用する道が開けつつあります。

これまで、太平洋〜北極にかけて海盆スケールで藻類の分布を調査し、地理分布と生態特性との関係を明らかにしました(Endo et al., 2018)。また、定量的な遺伝情報解析により各藻類の起源水推定を行い、東シナ海陸棚域の群集が黒潮下流域に大きな影響を及ぼしていることを報告しました(Endo et al., 2023)。


キーワード

外洋調査、DNAメタバーコーディング、メタゲノム、定量PCR、デジタルPCR環境化学分析

主な研究成果

3. ウイルスが物質循環に与える影響を測る

ウイルスは海洋生態系を語る上で欠かせない存在でありながら、その分布特性や機能についてはまだ調査が不十分です。これまで、全球海洋(Endo et al., 2020)、日本沿岸(Prodinger et al., 2021)、北極海(Xia et al., 2022)において、ウイルスが真核微生物の群集組成や炭素循環過程に深く関与している可能性を示しました。

一方で、海水中のウイルスの存在量や宿主の感染死滅を定量化する手法はまだ確立されていません。現在、微生物に対するウイルスの溶解感染を網羅的・定量的(かつ簡便)に測定する手法の開発を進めています (Endo et al., 2024)。さらに、国内外の研究グループと連携し、生態系モデルへのウイルスの導入までを視野に入れて研究を進めています。 


キーワード

室内培養実験、現場培養実験、外洋調査、セルフリーRNA、メタゲノム、デジタルPCR、メタトランスクリプトーム

主な研究成果

4. プランクトン同士の相互作用を測る

植物プランクトンは自泳能力が低く、他種との共存や接触を回避できません。そのような不可避な状況に対して生物がどのように適応しているかを実験的に調べ、多様性が生み出す相互作用の規模と性質を理解したいと考えています。

メタゲノムを用いた網羅的な群集解析の産物の一つとして、「微生物群集はランダムではなく、一定の組み合わせで構成されている」という事実が浮き彫りとなりました。これは、お互いを"意図的に"排除し合わない生物種の組み合わせが存在することを示唆します。

微生物間に働く相互作用の性質を理解することで、植物プランクトン群集が持つ極めて高い多様性と生産力の謎に迫ることが期待できます。また、今後懸念される多様性の減少が招く生態系への影響を理解する上でも相互作用の理解は重要です。膨大に蓄積された海洋メタゲノムデータを用いた共存種の推定、および室内培養実験による共存効果の実測の2つを軸に研究を進めています。


キーワード

沿岸調査、藻類単離培養、室内培養実験、共起ネットワーク解析、生元素分析、トランスクリプトーム、各種植物プランクトン分析