RESEARCH

❏ Low-Dimensional Nanomaterial

R. P. Feynman (1918-1988)

Novel Prize in Physics (1965)

" There's Plenty Room at the Bottom"

ナノテクノロジー研究の嚆矢として知られるファインマンは、 "There's Plenty Room at the Bottom" という演題を冠した講演会の中で、"Bottom"という微小なスケールでの世界には未知の可能性が豊富に存在することを指摘しており、科学者や技術者にその探求を促しています。実際、今日までナノ材料に関する研究において多くのノーベル賞が授与されており、最も活発な研究分野のひとつといえます

(A-1)「革新的」二次元原子層薄膜およびその積層・接合技術の開発

「二次元機能性原子薄膜(以下、2次元物質あるいは2次元材料)」は、一層または複数層からなる層状の原子薄膜である。通常の材料と比較して、極めて薄く、比表面積が大きく、特異な電気的・光学的・機械的特性を示すため、次世代の電子デバイスやエレクトロニクス、エネルギー変換、バイオセンシングなどの分野において革新的な進歩をもたらすことが期待されています。本研究では従来の合成手法における課題を克服する革新的合成技術の開発を目指します。


また、グラフェンやhBNをはじめとする2次元材料を互いに組み合わせた「ファンデルワールスヘテロ構造(vdWH: van der Waals heterostructure)」の実現が可能になれば、様々な組成をもった2次元材料同士の重なりやひねり、層の間の空間、2次元物質と他の次元の物質との融合など、非常に大きな広がりが創出されます。未踏ナノマテリアルの実現に世界に先駆けて挑戦し、未来の革新的な技術の創出を目指します。 

(A-2) 二次元原子層薄膜およびそのヘテロ構造の機能開拓

(1) グラフェンバイオセンサーの開発

グラフェンは、極めて高い電子移動度や比表面積、水中での安定性など特異な性質を持っており、水中に露出した広いグラフェン表面にウイルスをはじめとする検出対象を直接接触させることで、それによるキャリア変調を大きな電流変化として取り出すことが可能です。そのためグラフェンは、高感度バイオ センサーやバイオ分析プラットフォームの材料として極めて有望とされています。 


(2) DNAシーケンスデバイスの開発

ナノポアシーケンシング(Nanopore Sequencing)は、DNAや他の生体分子を個別のナノポア(微小な孔)を通過させ、その過程で生じる電流変化を解析することに基づいて、塩基配列を決定するための分子生物学的な技術です。ナノポアシーケンシングは、単一分子シーケンシング、高速リアルタイムデータ取得、長い読み取り長などの特徴があることから、ゲノム研究、がん診断、感染症の迅速な診断などの分野で幅広く利用されており、分子生物学や医学の分野に革命をもたらしています。グラフェンやMoS2等のナノポアは、従来のナノポア技術に比べて高い分解能や安定性、耐久性を有しており、高速で大量のDNAシーケンスデータを取得できる一方で、生体分子のポア通過速度が速すぎる、疎水性の材料と生体分子の相互作用ゆえにポアに詰りが発生するなど未だ1分子レベルでの生体分子の検出には至っていません。hBN/graphene/hBNからなるvdWHは、hBNがDNAの膜表面への付着を防ぎ通過時間を遅らせる効果があるといった結果が報告されるなど期待が寄せられています。 


(3) vdWH型超高速FETの開発

2030 年代のBeyond 5G時代において想定されるデータ通信量や通信機器数を踏まえると、アクセス通信速度と同時接続数は5Gの10倍、コア通信速度は現在の100倍、さらにはサイバー空間とフィジカル空間の高精度な同期を実現するためには、5Gの1/10の低遅延と1/100の低消費電力が必要と考えられている。高いキャリア移動度を持ち高密度化が可能な2次元マテリアルは、高速かつ効率的な信号処理に最適であり、超高速・超低消費電力通信の実現が可能となることから、vdWHを利用した次世代通信技術は破壊的インパクトを有しているといえる。 グラフェンやhBNナノシートを始めとする二次元機能性原子薄膜を組み合わせたヘテロ構造により革新デバイス・ナノシステムへの応用と開拓を目指します。本研究により、従来の原理を超えた次世代センシングデバイスの作製が可能となり、科学技術イノ ベーションに大きく寄与する卓越した成果が期待できます


(4) 固体高分子形燃料電池用PEMの開発

水素は蓄電池をはじめとするエネルギー貯蔵を可能にする能力、そしてカーボンフリーであるため二酸化炭素の排出削減を実現できることから、脱炭素社会を達成するためのエネルギー戦略において重要なキープレーヤーと認知されつつある。そのため、水素エネルギーをモビリティ分野に応用した水素燃料電池車の市場は、2020年の11.7億ドルから2028年までに469億ドルまで全世界で膨れ上がると推定されている。また、水素燃料電池車はガソリンエンジン車やハイブリッド車よりも高効率であり、開発には高い技術力が必要とされることから、エネルギー自給率が15%にも満たない我が国における次世代エネルギー戦略にとっても重要な位置を占めている。一方で、水素燃料電池車に搭載される固体高分子形燃料電池は、長時間使用に伴う性能劣化が問題とされてきた。この解決には、長時間使用に安定的に耐え、かつ高い効率性を有する固体高分子形燃料電池のプロトン交換膜(PEM)の開発が必須である。hBNナノシートは、高いプロトン伝導性とH2やO2を含むほとんどのガスに対するガスバリア性を有しているため、燃料電池の効率を飛躍的に向上させる可能性を有しており、さらには、高い熱安定性と化学的安定性、優れた機械的特性と電気的特性をも同時に有しているため、長時間使用にも耐えることが出来るという利点もある。 

(A-3) 機械学習シミュレーションによる合成プロセスおよび物性の理論的解明

二次元材料は従来の材料とは異なる物性を持っていることが多く、その詳細な解明には実験だけでは限界があり、理論計算科学は非常に有用である。代表的な計算手法である、第一原理計算や分子動力学シミュレーションは、実験的アプローチと組み合わせることで、実験が追いつかない高速な予測や設計が可能となるため、二次元材料の研究には非常に重要な役割を果たしている。本研究では合成実験と計算科学を相互にフィードバックし合うことで、より正確で高度な理論モデルを構築し、デバイス開発へとつなげること を目標とする。

Functional Thin Film and Tribology

Wolfgand Pauli (1900-1958)

Novel Prize in Physics (1945)

" God made solids, but surfaces were the work of the Devil"

古代エジプトの時代から今日まで人々は表面を理解し技術的に制御することを試みてきました。しかしながら、20世紀の偉大な物理学者パウリが「悪魔」と評する通り、表面ほど私たちの身近にありながらその全貌を理解するのが難しい対象はありません。私たちの研究室ではダイヤモンド状炭素 (Diamond-Like Carbon) をはじめとする機能性薄膜によって表面特性を向上させる技術の開発を目指します

(B-1) 超硬質3次元ナノ表面改質技術

DLC膜(Diamond-Like Carbon film)をはじめとする機能性硬質炭素薄膜は、低摩擦性、耐摩耗性、離型性、耐腐食性に優れ、自動車のエンジン部品、工具、金型などの表面処理に使われつつあります。一方、機械部品のほとんどは3次元形状を有しており、従来の成膜技術では、複雑な3次元形状の機械部品に対する均一な表面改質は非常に難しい現状にあります。さらに、被コーティング物のサイズがナノメートルスケールになると均一な3次元コーティングは不可能に近いといえます。今後、ナノマシンの実用化、ナノインプリント技術の進展には、ナノマシンの駆動部の長寿命化、ナノインプリント転写パターンの高信頼性が必須であり、本研究では、シミュレーション手法を用いて3次元ナノ空間における炭素イオン流の挙動を制御することで3次元ナノ表面改質手法を確立することを目的としています。 

(B-2) 環境調和型トライボシステムの開発

地球温暖化やエネルギー資源の枯渇といった観点から省エネルギー化や環境問題への関心が高まっています。現在、自動車や工作機械などの摺動部において消費される摩擦損失は年間数十兆円規模ともされ、摩擦損失の低減が省エネルギー化にもたらす影響は非常に大きく問題となっています。また、環境汚染問題に対する観点から、摺動部品や切削時に使用されるオイルやグリースに含まれる極圧添加剤、およびそれらを洗浄するために用いる溶剤等の使用を削減する検討が進められており、環境調和型の生分解性潤滑油を用いた摺動技術の開発は急務であるといえます。こうした背景の中、次世代摺動技術を実現する手法として、ダイヤモンド状非晶質炭素 (Diamond-Like Carbon、以下DLC) をはじめとする硬質系機能性薄膜を利用した表面改質は有用です。本研究では実機歯車への3次元ta-C膜の合成とFZG歯車試験機による生分解性潤滑下における摺動特性を評価し、歯車実機試験において摩擦係数0.005の3次元超潤滑現象に世界にさきがけて挑戦します。本研究はコマツ革新技術共創研究所と共同で実施しています(左下図はコマツ革新技術共創研究所HPより引用)。