2024年、国立音楽大学チューバ研究室「BOTTOMS」からの依頼で作曲しました。
演奏会当日のプログラムノートは以下の通りです。
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x月xx日 天気:曇り
20人近くのテューバが集まったら、どんなサウンドになるのだろうか。想像していると、何だか大きな海の中の、それもうんと深いところでのできごとのような響きなのではないだろうか、という気がする。
x月xx日 天気:晴れときどき曇り
「海」というキーワードから連想を繰り広げている。「浦島太郎」には海の中のシーンがあるし、日本史上にも「波の下にも都がございます」なんてことばがあったっけ。水中での爆発のようなサウンドや、海のうねりのような流れがあったらおもしろそうだなあ……
x月xx日 天気:雨
曲をどうやって書くのかわからなくなってしまった。
同種楽器による大人数の編成といえば100人のフルートと100人のサクソフォンを含んだ作品(※)があるな、と思い出して聴いてみた。ヒントがあったのかなかったのか、結局よくわからない気持ちだ。
※S.Sciarrino「Studi per l'intonazione del Mare」
x月xx日 天気:雨のち曇り
今回の演奏者の某氏にテューバの気になる奏法を試してもらった。その中でも、楽器に付けたマウスピースを叩いてもらったのが思った以上に魅力的な音だった。打楽器とも相性が良いかも。
ところで「海底日記」って海底を見た人の日記なのか海底そのものの日記なのか、あるいは海底から見つかった日記なのか、いろんな可能性があるような気がする。
x月xx日 天気:曇り
気づけば「海底日記」の初演が近づいている。この編成でしか聴けない音楽になっているだろうか、初めてこの作品を聴く人はどのような印象をもつだろうか……
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それに加え、いくつか補足や詳細な解説を以下に記します。
●作曲のきっかけと同属アンサンブル考
音楽大学でも吹奏楽のことを常々考えていた私には、かなりの回数同属楽器による演奏会を聴く機会がありました。その演奏会では大抵既存曲(なぜか管弦楽曲が多い)の編曲を聴くことになるのですが、そのたびに「この編成なら既存曲の編曲より新曲を書いた方が編成をより生かした音楽づくりができるはず」と感じていました(もちろん、集客のことを考えると明らかに編曲の方が良いでしょうし、演奏者のための演奏会である側面も理解しているのですが)。
そんな中今回高校の先輩の池上さんからテューバ合奏の楽譜をお願いしたいと相談を受け、上記の理由から新曲の作曲を志願し、本作品を書くこととなりました。
このような経緯で書かれた作品ですので、ぜひ今後とも再演されてほしいという考えがあり、それなりに再演可能性が生まれるような編成を設定しています。テューバが12人いさえすれば、大抵の音楽大学では演奏が可能ではないかと思います(もっともテューバオーケストラは日本だと国立音楽大学にしかないようですが……)。
またこれを機に、委嘱編曲だけではなく、オリジナルの新曲を委嘱することでその編成を最大限に生かす音楽がこれまでよりも多く聴かれるようになったら良いなと願うばかりです。
●作品について
冒頭はF・C音とバスドラムのアタック、高速ハーモニックグリッサンドの衝撃により始まります。この素材は曲を通して常に変容し続けながら(ときにその変容の結果が新たな素材となりつつ)用いられ続けます。
冒頭素材の間で後々扱われる素材をいくつか提示しつつ、冒頭素材が引き伸ばされ高速ハーモニックグリッサンドが倍音アルペジオ素材に変容します。
グラスチャイムを含んだ冒頭素材によって新たなセクションに移ると、プリンシパル4パートによる上行音型のモザイクが緩やかな変化を伴いながら併置されていきます。
当初アルペジオだった素材がスケールのユニゾンに収束すると、スケールの範疇での変容が始まります。やがてアンサンブルパートが続々と加わりスピードにズレが生じると、高音域でのクラスターに発展します。
次のセクションでは、上行音型がマリンバのブラシによるグリッサンドに置き換わり、それがテューバのブレス・バルブノイズによって模倣されます。それと重なりながら、バスドラムの音からマウスピースのポップ音・塩ビ管・デッドストロークで奏されるマリンバ・ミュートをつけたティンパニ・テューバの通常奏法のスタッカートと展開し、それがバスドラムをトリガーにビスビリャンド・トリル・スケールと発展していきます。並行して、ミュートを付けたプリンシパル4パートが徐々に立ち上がり、やがてコラールを形成します。
旋法が変化し続けながらスケールの上行を繰り返したのち、コラール素材をデフォルメしたモードクラスターが歌われ、冒頭の素材が鳴らされるたびに遠ざかり聴こえなくなり、ついには消えていきます。
本作品で試みたかったのは、テューバ合奏だからこそ聴くことができる音響の探求と、変容し続ける素材を扱うことです。
常に海底日記というタイトルが念頭にあったことで、あくまで音の関係性によって進んでいく音楽でありそのように作曲自体進められたものの、海中を想起するような音響がところどころに現れる作品となりました。
なお、かの有名な客船タイタニック号が沈没しているときに演奏されていたとされるコラールを素材として用いています。これは初演時のメインプログラムがL.バーンスタインの「Symphonic Dances from West Side Story」、アンコールがJ.ウィリアムズの「Superman March」であったため、映画繋がり・かつ海に関わりのあるものとして用いました。従って、その悲劇や重々しさを表現するつもりはなく、あくまで海中に現れ見えなくなっていく何らかの「もの」としての意味しかありません。
〈Principal Group〉
Tuba Principal 1st in F (with plastic mute)
Tuba Principal 2nd in F (with plastic mute)
Tuba Principal 3rd in C (with plastic mute)
Tuba Principal 4th in C (with plastic mute)
〈Ensemble Group〉
Tuba 1st in F
Tuba 2nd in F
Tuba 3rd in F
Tuba 4th in F
Tuba 5th in C (with metal mute)
Tuba 6th in C
Tuba 7th in C
Tuba 8th in C
〈Percussions〉
Timpani
Percussion 1 (Tam-tam / Harmonic Pipe / Boobam / Glass (or Wind) Chime / Siren Whistle / Suspended Cymbal)
Percussion 2 (Bass Drum / China Cymbal)
Percussion 3 (Marimba / Ribbon Crasher / Tubular Bell)
Percussion 4 (Vibraphone / Flexatone / Metal Ratchet / Slide Whistle / 2 PVC Pipes / Antique Cymbals)
Principal Groupは各パート1人ずつの奏者を想定している。
Ensemble Groupは複数人の奏者による演奏を想定しているが、各パート1人ずつでも演奏可能である。