ひだまりカフェのレシピ[09]
“自分”が好きに
ひだまりカフェのレシピ[09]
“自分”が好きに
梅雨とはいっても晴れて蒸し暑かったり、ゲリラ豪雨や霰が降ったり…。もう千年以上の昔から歌にも詠まれてきた梅雨の風情がここ何年かで急速に失われていくのが、ちょっと怖ろしいような気がしています。せめて紫陽花の爽やかな青さにほっとする心の余裕は自分の中に残しておきたいものですね。
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さて、この一年ほど本人会に来て下さっている方から、とても爽やかなお言葉を伺いました。
「生まれて初めて自分が好きになってきました!」
お若いとはいえ、それでももう二十年以上も自分が好きだと思ったことがなかっただなんてさぞかし重たい毎日だったことでしょう。本人会では、今までの生活の重さをひしひしと感じさせられるようなお言葉に出会うことも決して稀ではありません。その都度耳を傾けている私は言葉を失い、言われた方の肩の荷の大きさを思って溜息をつくばかりです。
でもそれだけに、輝く表情でおっしゃった「初めて自分が好きに」というお言葉は緑の葉に光る水滴のように爽やかでした。もう、症状に悩まされることも殆どなくなったとおっしゃるのも肯けました。その場にいた皆がその爽やかさに心を洗われる思いがしたのではないでしょうか。
実は、母親である私自身もやはり自分があまり好きではない人間の一人でした。けれど、どうやったら摂食障害の娘の気持ちを理解出来るか、娘の価値やペースを認められるかなどと試行錯誤していたある日、ふと私は自分にはどう接しているだろうかと思ってみて愕然としました。こんな自分では駄目だ、自分のことは後回しでいいから、どうせ自分なんて…。子どもにはけっして言ってはいけない、回復の妨げになるだろうこんな言葉を自分に向かっては容赦なく山のように浴びせかけていたのです。
“自分”は私のものであって私の勝手にできると思い込んで、何と私は“自分”を粗末に扱ってきたことか。子どもがどこからか私に託されたものであるならば、きっと“自分”だってどこからか私に託されたもの。子どもに対するのと同じように、“自分”も褒めたり、ねぎらったり、気持ちを理解したりしてやらなければなかった。ないがしろにされた“自分”に元気など出ないのも当然のこと。私には“自分”を粗末にする権利なんてなかったのに…。
そう気付いてからなるたけ“自分”を良い意味でも悪い意味でも特別扱いしないよう気をつけるようになりました。等身大の自分をそのまま見ようとするようになりました。悲しんでいたり、落ち込んでいたり、恰好が悪かったりする自分にも温かい目が向けられるようになりました。そう、どんな友人や家族よりも長く付き合っていく私の大切な相棒の“自分”なのですものね。
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「自分を好きになってきた」本人さんもこれから大事に丁寧に「自分」を生きていかれることでしょう。心からその未来を祝福したいと思います。
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MK/yy[201407ひだまりカフェbooklet No.15掲載]
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