それぞれのエッセー[07]
選ぶこと。あきらめないこと。
それぞれのエッセー[07]
選ぶこと。あきらめないこと。
摂食障害についてのあふれる情報。
摂食障害についての孤独な想い込み。
今まで生きてきた価値観だけで、知らず知らずに決めてかからず、照れくさいほど素直に、だまされたと思って、ちょっとだけ、選んでみよう。
流れのままに、選んで、進もう。
症状をゼロにしたいしたいと意識して動いて、「よし!治まってきた」と感じる時は、たぶん気のせい。
「あれ?そういえば最近食べ物のこと忘れてた」って後から気づいた時、それがたぶん《寛解期(かんかいき)》 。
《再燃(さいねん)》なんて、なんのその。寛解と再燃、何度も何度も繰り返し、それでも自分は生きている。
いいのいいの。不安はあって当然のこと。大いばりで堂々と生きよう。いいのいいの。哀しみにつながらないなら。 せめて罪悪感だけでも軽く少なく。「自分はこのままでいい」。
「あきらめない」ってコトに対して、自嘲気味な負け犬気分で斜に構え、勝ち組の安直な慰めさのコトバさ、と思いがち。
ところがどっこい、「あきらめない」ってホントにとっても静かなパワー!
症状の平癒を「あきらめない」。自分はこのままでいいけど「あきらめない」。ちょっとヤケっぱちでも「あきらめない」。心の底では「あきらめない」。
抽象的な“ことばあそび”って思っても、たまにはお経のように唱えたっていいじゃない?
具体的な生々しい情報を知りすぎて、今の状況が苦しすぎて消えてしまいたい時、いつものように、即、食べて紛らす?さぁどうしよう?試しに何か…お散歩、半身浴etc.してみる?
ちょっと「選んで」そして、たとえいつものように食べのものに目が手が口が向いたとしても、ま、いっか、今はしかたない。今は症状が必要なのサ。
でも、心の底では「あきらめない」。
いつかきっと、自分で選んだものを腹八分目、美味しく食べられる。今は誰がどう思おうと、自分はこのままでいい。正当化とは違う、根拠のない自信。
あなたも私も、きっと大丈夫☆
●profil●201304
かつて夏休みの宿題は7月中に済ませるタイプでしたが、今はしっかり“とりあえず後回し”が得意になりました。座右の書はみうらじゅんの『マイ仏教』です。