第15回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 大会長
浜松医科大学地域家庭医療学講座 特任教授
井上 真智子
この度、日本プライマリ・ケア連合学会では「プライマリ・ケアにおける気候非常事態宣言」を宣言し、医療者に具体的な取り組みやアクションを呼びかけています。なぜプライマリ・ケア医療者が気候変動対策に取り組む必要があるのでしょうか。以下の3つの観点を取り上げて考えてみます。
1 疾病予防・治療の観点
気候変動による健康被害について頻繁に耳にしていますが実際にどの程度なのでしょうか。2023年、世界中で観測史上最も高い平均気温となり、65歳以上高齢者の暑熱による死亡は1990年代と比較し85%増加しています1)。その他、大気汚染による喘息等呼吸器・アレルギー性疾患、豪雨・洪水等の異常気象によって引き起こされる災害関連疾病・死亡、気温変化による循環器疾患の増加など多岐にわたります。WHO(世界保健機関)では2030年から2050年までに気候変動による4つの要因「栄養不足、マラリア、下痢、熱ストレス」によって死亡者が年間約25万人増加2)、また、回避可能な環境要因を全て含めた「気候変動関連死」は年間1300万人に上ると推計しています3)。プライマリ・ケアでは、必然的にこれらの病態の治療も求められますが、何より予防に取り組むことが重大なミッションといえます。
2 健康格差(equity)の観点
地球規模の気候変動による影響は、インフラが整備されない開発途上国にてより甚大となっています。日本国内でも、健康の社会的決定要因(SDH)において最も脆弱(vulnerable)な層が最も強く被害を受けます2)。乳幼児、妊産婦、高齢者、慢性疾患を抱えている人、屋外作業従事者、ホームレスなど社会経済的に不安定な生活環境にある人などです。さらに、気候変動はメンタルヘルスに影響を及ぼし、ストレス反応や睡眠障害、新たな精神疾患の発症と関連しています4)。プライマリ・ケア医療者は、これら複合的な心理社会的背景要因をもつ患者の中でも、特に適切なケアを受けられないでいる集団(underserved population)へのケアに重点的に取り組みますが、その集団こそが気候変動の影響を強く受けているのです。
3 教育・啓発、アドボカシーの観点
第一線のプライマリ・ケア医療者は、患者や住民に重要な健康情報を伝えるという役割を持っています。気候変動と健康の関連についても医療者が信頼できる情報を直接伝えることで患者の意識や行動を変えることにつながります。2024年にはWHOも医療者へのコミュニケーションのコツを発表しています5)。また、医療関連で排出される温室効果ガス削減に取り組むことができます。一例としては、加圧式定量噴霧吸入器は温室効果ガスである代替フロンを排出するため、可能な場合ドライパウダー式吸入器に変更することでその排出削減に寄与できると報告されています6)。その他、ポリファーマシー対策として処方内容の見直しや過剰検査・過剰診断を避けるなど「医療資源の適正利用」はプライマリ・ケア医療者が意識していることではありますが、気
候変動との関連を考慮すると一層重要な意味を持つといえます。
以上の点から、プライマリ・ケアにとって気候変動は深い関わりを持つ課題であることを確認できます。さらにWHOでは「気候変動に強く、環境的に持続可能な保健システムを構築する」、つまり「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)を中心的な要素として、環境持続可能性、気候変動へのレジリエンスを確保する」ことを呼びかけており2)、気候変動が深刻な課題となると同時に各国でプライマリ・ヘルス・ケアの重要性がますます強く認識されつつあります。
WONCA(世界家庭医機構)は毎年5月19日を「世界家庭医の日(World Family DoctorDay)」と定めています。2024年は “Healthy People, Healthy Planet”をテーマとして、世界各地で気候変動に関する啓発が行われました。第15回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(2024年6月7~9日)では、大会テーマ「誰一人取り残さない持続可能なプライマリ・ヘルス・ケアに向けて」を掲げ、「誰一人取り残さない」「持続可能な」に関連した多様な企画を取り上げ、皆で考える機会としました。
このような国内外の動きに合わせた本宣言を契機に、「地球まるごと健康を目指す」プライマリ・ヘルス・ケアに向けてさまざまな取り組みがなされ、小さな行動の積み重ねから大きな変化へと繋がることを願っています。
文献
The 2023 report of the Lancet Countdown on health and climate change: the imperative for a health-centred response in a world facing irreversible harms. Lancet, 2023. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(23)01859-7
World Health Organization. Climate change. 2023. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/climate-change-and-health
World Health Organization. Preventing disease through healthy environments: a
global assessment of the burden of disease from environmental risks. 2018.
https://www.who.int/publications/i/item/9789241565196
4orld Health Organization. Mental health and Climate Change: Policy Brief. 2022.
https://www.who.int/publications/i/item/9789240045125
World Health Organization. Communicating on climate change and health: Toolkit for
health professionals. 2024. https://www.who.int/publications/i/item/9789240090224
Woodcock A, et al. Leather D. Effects of switching from a metered dose inhaler to a
dry powder inhaler on climate emissions and asthma control: post-hoc analysis.
Thorax. 2022 Dec;77(12):1187-1192.