セックスしないと出られない部屋
セックスしないと出られない部屋
ポップとヒュンケルはパプニカ北西にあるとある神殿にやってきた。
その神殿は古くから存在しているが、誰がなんのために造ったかは明らかになってはいない。だが、過去の建築様式を知る資料として貴重なためパプニカ国が運営する遺跡研究所で管理され、年に数度の調査を行っている。
普段は研究所の調査員がやってきて調べるだけであるが、たまたまパプニカ南方に新たな遺跡が発見されたとの報告があり、そちらに人員を割くことになった。そのため、今現在大きな事件や式典などが控えておらず手が空いている二人が代理として調査にきたのだった。
神殿は人の手が入っていないせいか、壁や柱の一部は崩れており蔓状植物が柱に巻き付いている。
「んじゃ、おれが神殿の中を調べてくるから、ヒュンケルは外側を頼む」
報告書によると内部もかなり荒れているようだ。万が一、壁や柱が倒れてきたとしてもポップならリレミトを使って即座に脱出できる。そう判断しての指示であったが、ヒュンケルは難色を示した。
「待て。いくら調査済みの場所とは言え、不足の事態が起こるやもしれん。ともに行動したほうがいいだろう」
「心配性だな、別に子供じゃねえんだし大丈夫だろ」
「しかし……」
ヒュンケルに引く気はないようだ。長兄としての責任感ゆえか、この男は時折とんでもなく過保護になる。もう子供ではないというのに。だが、鬱陶しいと思う反面、大切にされていることが嬉しいと思う自分もいた。
「わーったよ。その代わり神殿の中ではおれの指示に従えよ」
「うむ」
二人で共に神殿の内部へと歩を進めた。
植物の浸食具合や壁や柱の崩れ具合を内面図と照らし合わせながら 細長い廊下を歩く。木の根によって隆起した床に躓かぬよう慎重に廊下を歩く。
しばらくして、突き当たりに大きな扉があらわれた。
ミスリル鉱石で造られた両開きの扉は微少の魔法力を含んでおり、中央に蔓に似たいくつもの細い線でハートをかたどったような文様が刻まれている。資料によるとこの神殿はなにかに祝福を与えるためのものだったらしい。だが、あまりにも古くて祝福の対象も文様の意味も解明されていないのだという。
「んじゃ、なかに入るか」
ポップは取っ手に手を掛けて押し開こうとしたが、まったく動かない。ミスリル製だから錆び付いて固まるということはない筈だ。もう一度、力を込めたがウンともスンとも言わない。
「オレがやろう」
ヒュンケルがポップの後ろから覆い被さるような体勢で取っ手に手を掛けた。
「うわっ」
ポップの驚く声とともに、文様が桃色の淡い輝きを放った。
咄嗟に手を離すと同時にギギッと軋むような音を立てながら扉が開いた。
部屋の中は祭具机一つないがらんどうの空間が広がっているだけだった。報告書通り、壁のそこかしこにひび割れが見受けられる。
「なんだったんだ、いまの?」
念のため、体に魔法力を張り巡らせて周囲の状況を確認するが、呪いや罠のような邪悪な気配は感じられない。
「特に異常は無いようだが……」
ヒュンケルも同じく光の闘気を纏い感覚を研ぎ澄ませていたようだ。
「とりあえず中に入ってみるか……」
「うむ」
そうして二人が部屋のなかに足を踏み入れた瞬間だった。
あたりが光り輝き、視界が奪われる。
「ポップ!」
ヒュンケルの呼び声が聞こえる。
部屋の中に誰のものとも言えぬ大きな魔法力が渦巻いた。
強い力で腕を掴まれ、なにか固いものに覆われる。
鼻腔を擽る匂いでそれがヒュンケルの体ということがわかった。
やがて魔法力は小さくなり、それと同調するように光も治まった。
次第に目が慣れてきて部屋の全貌が飛び込む。
「えっ……」
そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。
石膏で塗り固められレース編みのような繊細で美しい彫刻が施された壁。
右端に置いてある重厚な棚には、色とりどりのガラス瓶が並んでいる。
左側には大きなバスタブ設置され、ベンガーナのデパートで一度だけ見たことのある湯の出る蛇口がついていた。
そしてなによりその中央、男二人が一緒に寝ても問題ないくらいの大きな丸い形をしたベッド。
一見、金持ちの寝室に見えるが、しかし生活感が感じられない。
まるで、近しい部屋を急ごしらえで造ったかのようだ。
たしかにここは先程まで朽ち果てかけた神殿であった筈だ。
報告ではこんな現象が起こるなどとは聞いていない。
果たして、なにが起きたのか。
その疑問は、しかしヒュンケルの深刻な声で消えた。
「ポップ、扉が消えている」
「まじかよ……」
扉があったはずの場所が壁に変わっていた。
「どうやら閉じ込められたようだな」
「みてぇだな」
ポップが頷くと同時にヒュンケルが壁に向かって剣を構えた。
「ブラッディースクライド!」
紫色の閃光が走る。
「馬鹿野郎! こんなせめぇとこでんな大技!」
下手をすれば建物全体が崩壊して生き埋めになってしまう。
だが、その懸念は杞憂に終わった。
「ばかな……」
ヒュンケルが呆然と呟くのも無理はない。
壁は傷一つついていなかった。
いかにこの壁が扉同様ミスリル鉱石でできていたとしても、ブラッディースクライドをくらって損傷がなにもないのはありえなかった。
考えられるとすれば、この部屋になにか特殊な結界が張られているということだ。
ポップはヒュンケルの肩に手を置いて呪文を唱えた。
「リレミト」
やはりというか、なんの変化も起こらない。
「魔法を封じられているのか?」
「いいや……」
ポップは指に火を灯す。
「普通の魔法は使える」
「邪気が満ちている、ということか?」
「まさか。いくら崩れかけっつてもここは神殿だぜ。むしろその逆だ」
「逆?」
「ここは聖なる気で満たされてる。多分だけど、ここはなにかの試練を受ける場所なんだ」
「試練……だと?」
神は人に特別な加護を与える際、必ずなにかしらの試練を与える。
かつてレオナがミナカトールを継承した時に魂の炎に焼かれたように。
なぜ今まで沈黙していた神殿が動いたのかはわからないが、その試練を果たさなければこの部屋から出ることができないことはわかる。
問題はその試練の内容だ。
果たして、こんな部屋でどんな試練が行われるというか。
しかし、その疑問はあっさりと解明した。
扉があった場所の壁が光り、文字が浮び上がってきたからだ。
試練をうけし者たちよ
円環に身を置き
二つにわかれし身を一つに繋げ
汝らの絆を示せ
さすれば祝福は与えられん
「わかれた身を一つに繋げる……どういうことだ?」
ポップが顎に手を当て唸る横でヒュンケルが身じろいだ。
「ヒュンケル……なんか心辺りがあるのか?」
しかし、その質問にヒュンケルは答えることなく、剣を床に突き立てた。
「グランドクラス!」
十字の光が壁に向かって放たれる。
だが、やはり壁は無傷のままだ。
「くそっ!」
顔を歪ませ悪態をついてすぐにポップに向き直った。
「ポップ」
「なんだよ?」
「魔法を使え」
「はっ?」
「闘気は無理でも、精霊の力を借りて使う魔法ならばなんとかなるやもしれん」
「えっ、いやそれより試練を受けたほうが早くないか?」
「やはり、わかってないのか」
ヒュンケルは呆れたように深く溜息をついた。
「なんだよ、おまえにはあれの意味がわかるのか? だったら素直に教えろよ」
ポップの言葉にヒュンケルは眉根を寄せた。
「むしろ、あれを見てなぜわからないんだ、おまえは?」
と、部屋の中央にある大きなベッドを指した。
ベッドと二つの身を一つに繋げるという言葉。
ここでようやく、ポップも試練の内容に気がついた。
この部屋を出るためにはヒュンケルとセックスをしなくてはならないということに――
どうすればいい?
たしかにメドローアは強大な威力を持っている。
だが神域で人が生み出した魔法が果たして通用するのか?
あるいは、禁呪なら通用するかもしれない。
だが、神の怒りに触れる可能性もある。
ならばもういっそ、正攻法でいくか?
果たしてどれが正解かわからない。
それでも、なにかしら行動に移さなければ先には進まない。
ならば――