セックスしないと出られない部屋
セックスしないと出られない部屋
「どうにもならなさそうだし、ヤるか」
「まだ魔法を試してないだろう」
襟元に手を掛けるポップにヒュンケルは難色を示した。
「ヤれば確実に出れるんだから、そっちのほうが早いだろ」
「しかし……」
ここまで言ってもヒュンケルは煮え切らぬ態度だ。
やっぱり、もうだめなんだな。
ポップは胸の内で独りごちた。
一ヶ月ほどまえから、ヒュンケルとセックスをしていない。
その前は二、三日に一度はしていたのに。
けれど、ある日を境にヒュンケルから触れてこなくなった。
最初は気を使ってくれていると思っていた。その頃はなにかと忙しく動き回っていたからだ。
だが、落ち着いてからもそれは変わらなかった。
きっと、しばらく離れたことによって勘違いしていたことに気づいてしまったのだろう。
大戦後、ヒュンケルの体を治すため、あれこれと世話をやいていた期間があった。さすがに食事の介護や下の世話まではしなかったが、着替えや風呂の補助は当たり前、リハビリ代わりの散歩の時も転倒防止のために腕を組んだり手を繋いだりもした。
人というのは接触が多い相手に対し好感を抱く性質がある。ヒュンケルはそれを恋と思ってしまったのだ。
最初からおかしいと思っていたのだ。なんで、こんな極上な男が自分なんて平々凡々な自分なんぞに惚れるなんて。
つきあうようになって、接触する機会はますます増えた。だから、なかなか勘違いに気づくことができなかったのだろう。セックスしてたのも悪かった。あれは駄目だ。終わった後の多幸感が半端ない。
だが、指一本触れない生活を一ヶ月過ごしたことで正気に戻ったのだ。
潮時だな。
ポップは内心で独りごちた。
責任感の強い男だ。一度、手を出した相手を捨てるなんてできないだろうから。ましてや相手が弟弟子ならなおさら。
だから、こっちから別れを切り出して解放してやらねば。
ポップはヒュンケルに向き直った。
「今までさ、ありがとな」
「ポップ?」
「短い間だったけど、おまえとつきあえて嬉しかった」
「ちょっと待て、おまえ、なにを言っているんだ?」
ポップの言葉にヒュンケルは戸惑っていた。
優しい男だ。
やっぱり別れたくないな、と思う。
けれど、こればかりは仕方ない。
大丈夫。時が経てば兄弟弟子の関係に戻れる。マァムの時のように――
幸いというべきか、この部屋はセックスをしないと出ることができない。最後に思い出をもらおう。もしかしたら、この神殿はポップの未練がましい思いに決断を促すために動いたのかもしれない。
「これで最後にするからヤろうぜ」
頼むからこの手だけは拒まないでくれ。
避けられる恐怖を押し殺し、勇気を出して手を伸ばす。
だが、その手はヒュンケルに触れる前に強い力で掴まれた。
「やはり……もうオレがいやになったのだな……」
ヒュンケルが眉根をぎゅっと寄せて、今にも泣きそうな顔になる。
「はっ、それはおまえのほうだろ?」
「オレがおまえをいやに……? なにを言っている? そんな日などくるわけないだろう」
「嘘つけ! じゃあ、どうしてヤんねえんだよ!」
ポップは服の胸元をぎゅっと握った。
「それは、オレがおまえに触れる資格がないからだ」
「えっ?」
ヒュンケルから言われた言葉にポップは目を丸くした。
どういう意味だ?
ちっとも意味がわからないが、ヒュンケルがなにやら盛大な勘違いをしていることはわかる。誤解を解くにしても理由がわからないのでどうしたらいいのかわからない。
ポップが頭を悩ませていると、壁が青白く輝き、ポップの頭のなかに記憶が蘇った。