骨格筋は体重の約40%を占める人体最大の組織です。その役割は身体を動かすこと(運動)ですが、それ以外にも全身の代謝調節や内分泌機能を有することが明らかとなっています。したがって、骨格筋を「大きく・強く」維持することは、健康的に永く生きるための鍵であると考えられます。
骨格筋はトレーニングすると肥大し、逆に使わないと(不活動)衰えて萎縮します。また、傷害を受けて傷ついても自ら再生して修復することができます。骨格筋は適応能力と再生能力に優れた組織ですが、細胞・分子レベルでの仕組みはまだまだ分かっていないことがたくさんあります。私たちの研究室は、骨格筋の適応と再生の機序を一つ一つ明らかにし、さらにその知見を活かして、再生医療や運動トレーニングの開発などの応用研究につなげることを目指しています。
私たちはこれまで、骨格筋の質を制御する遺伝子の探索研究を独自に進めた結果、筋萎縮と筋線維タイプの変化に関わる遺伝子としてMusashi(Msi;ムサシ)を発見し、その機能について注目してきました。Musashi はもともとショウジョウバエの神経発生に必須の遺伝子として発見され、その変異型ハエは本来一本であるはずの毛(感覚器官)が二本になったことから、二刀流剣士の宮本武蔵にちなんだ名が付けられました。Msiタンパク質はmRNAに結合して特定の遺伝子発現を調節する機能を持ち、特に神経細胞やガン細胞では、細胞の自己複製を促進する細胞の運命決定因子として知られています。哺乳類ではMusashi1と2がありますが、本研究グループはMsi2タンパク質が骨格筋にも発現しており、さらに筋の萎縮にともなって減少することを発見していました。しかし、その詳細な役割は不明でした。
そこでMsi2遺伝子を欠損したマウスを解析したところ、通常は赤色の骨格筋が白色に変色し、筋線維が萎縮していました。筋線維には、代謝能力が高くて疲労しにくい遅筋線維(別名Type 1線維)と、瞬発力に優れるものの疲労しやすい速筋線維(別名Type 2線維)が存在し、速筋線維はさらに、遅筋線維に性質が近いものから、Type 2A、2X、2Bに分類されます。 Msi2欠損マウスでは、Type 2A線維という瞬発力と代謝能力を兼ね備えたハイブリッドタイプの筋線維が減少し、全身の糖代謝不全や筋力低下が生じることが明らかとなりました(図1)。
Type 2A線維はトレーニングや加齢によって増減する筋線維であるため、Msi2がType 2A線維の制御因子であるという発見は、骨格筋が環境や刺激によって適応する機序の理解につながります。今後、Msi2を中心として筋の量と質が変化するメカニズムが明らかになれば、効果的な運動トレーニングプログラムの確立や筋萎縮の治療薬の開発につながると期待されます。
参考文献
Furuichi Y*, Furutani A, Tamura K, Manabe Y, Fujii NL: Lack of Musashi-2 induces type IIa fiber-dominated muscle atrophy. FASEB J 37(9):e23154, 2023.
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骨格筋を肥大させるためには、レジスタンストレーニング(筋力トレーニング)が有効ですが、疾患を抱える方や高齢者にとって、高負荷な運動を行うことは現実的に難しい場合があります。そこで、即効性と汎用性に優れた骨格筋萎縮の治療法として、細胞移植を用いた再生医療の研究が進められています。
私たちは、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)を生体外で培養・増殖して、それを骨格筋へ移植することで、新たな筋線維の形成や幹細胞の補充を目指す戦略を検討しています(図3-1)。しかし、生体外(シャーレ)で培養した筋幹細胞は筋芽細胞として分化してしまい、骨格筋に移植しても生着率が著しく低下するという問題がありました。
この課題に対し、私たちは、高濃度の細胞外基質(ECM)を含む溶液に筋芽細胞を浸した状態で移植する方法を開発しました。この方法により、移植した細胞の生着が可能となり、筋量の増加を実現しました(図3-2)。ECMを大量に注射するとコラーゲン沈着による線維化が生じるリスクがありますが、移植細胞の数を増やすことで線維化を抑え、生着効率を向上させられることも確認しました。
現在は、ECMのどの成分が細胞生着に寄与するかを解明する研究を進めており、ヒトへの応用に向けた具体的な課題に取り組んでいます。将来的には、加齢性筋減弱症や廃用性筋萎縮症など、運動が困難な患者に対する治療法の確立を目指しています。
参考文献
Dohi K, Manabe Y, Fujii NL, Furuichi Y*: Achieving myoblast engraftment into intact skeletal muscle via extracellular matrix. Front. Cell Dev Biol 12: 1502332, 2025.
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