生物化学
細胞
全ての生命体の構造と機能の基本単位は細胞(cell)である。現生生物の細胞は,構造的に原核細胞(procaryotic cell)と真核細胞(eucaryotic cell)の2つに大別される。(古細菌を別にし,3群とする場合もある)。それ以外に,生命体と物質の中間的なウィルス(virus)がある。
「子は親に似る」という。これは,親から子へ遺伝情報が伝えられるためである。遺伝情報の実体は核酸(DNA)であるが,親から子へ伝達されるのは裸のDNAではない。生命が誕生して以来,伝えられてきたのは遺伝情報に具体性をもたせる情報解読システム,すなわち,細胞システムそのものである点に留意すべきである。つまり,「細胞は細胞から生じる」。遺伝現象だけでなく,代謝をはじめ,種々の細胞内イベントを理解する上で,細胞を理解することは大変重要である。
原核細胞
大腸菌などに代表される原核細胞は、一般に細胞内には特定の仕切りがなく, 1~10mmの大きさである。DNAはある種の塩基性タンパク質に結合して折りたたまれ、裸の状態で細胞質(cytoplasm)に存在する。 DNAが存在する領域は核様体(nucleoid)と呼ばれる。細胞膜の外側には糖脂質やプロテオグリカンなどから構成される細胞壁(cell wall)が存在し、また、線毛(ピリ, pilus)で覆われているものもある。細胞によっては,細胞膜は細胞内に折りたたまれて多層構造をなしたメソソーム(mesosome)を形成している。細いタンパク質の繊維から成る鞭毛(flagellum)が細胞から突き出ており,これを使って細胞は運動する。原核細胞から成る原核生物は単細胞生物である。通常、遺伝子のセットを1組しかもたず、一倍体(haploid)という。DNAは環状構造をしている。原核細胞では染色体DNA以外に、プラスミド(plasmid)のような低分子の核外DNAが存在し、薬剤耐性や性因子の交換などを行う。
真核細胞
もう一方のタイプは真核細胞と呼ばれ、10~100mmの大きさで,細胞内にはミトコンドリア(mitochondrion),小胞体(endoplasmic reticulum),ゴルジ装置(Golgi apparatus),リソソーム(lysosome),葉緑体(chloroplast)などの様々な小器官がある。DNAは核(nucleus)に存在し、核膜(nuclear envelope)で覆われている。核の中には通常濃く染色される核小体(nucleolus, 仁ともいう)がある。有性生殖を行うものが多く、そのために通常、遺伝子のセットが2組存在する。これを二倍体(diploid)という。真核細胞から成る真核生物には、酵母、原生動物のような単細胞生物から、動物、植物のような多細胞生物まである。
細胞の構造
動画をみて細胞の構造を確認しましょう。
細胞小器官(真核細胞)
核
染色体(DNAとタンパク質の複合体)と核小体がある。細胞質とは核膜で隔てられ,核孔で連絡している。核酸代謝の場。
核小体
RNAに富む。タンパク質を合成するためのリボソーム合成を行う。
ミトコンドリア
楕円体状の小体で二重膜をもち、内膜は内側にひだをつくり,クリステを構成。1つの細胞に1~5000個存在。エネルギー (ATP)を生産する場
滑面小胞体
細胞膜や核膜に連結している。物質の輸送路。
粗面小胞体
微細顆粒(リボソーム)が結合した小胞体。タンパク質合成。
ゴルジ体
小胞体の一部が分化した器官で、タンパク質などを含む分泌液を貯蔵。
リソソーム
タンパク質、核酸、脂質分解酵素を含む顆粒。
細胞骨格(cytoskeleton)
細胞質内に存在し、細胞の形態維持、細胞の内外の運動を担う繊維状構造体。
ミトコンドリア
ミトコンドリアは球あるいは回転楕円体状の形をとることが多いが,トリパノソーマのキネトプラスチドのように,網目状となっているものもある。哺乳類の肝臓の細胞には1500個ものミトコンドリアがあるが,赤血球には1つもない。細胞内でエネルギーを必要とする部分には特にミトコンドリアが密集している。ミトコンドリアは母系遺伝する。ミトコンドリアは独自の核(核様体)をもち,数~数十コピーの環状二本鎖DNAを含んでいる。ミトコンドリアは形を変えたり,細胞分裂などではミトコンドリアも分裂して数を増すが、細胞周期とは少しずれがあるという。ミトコンドリアは,進化の過程で真核細胞のもとになった細胞に取り込まれ共生関係になったaプロテオ細菌(光合成能を失った紅色光合成細菌とされている)に起源を発するとされている。細胞のプログラム死(アポトーシス)にもミトコンドリアが関わっている。
葉緑体(植物)
葉緑体はクロロプラスト(chloroplast)と呼ばれ,高等植物では細胞中に20~40個存在する。その大きさはまちまちであり,形は棒状から球に近いものまである。光合成の場である。クロロプラストには核(核様体)があり,必要なタンパク質の一部を合成(約10%で,残りは細胞核で合成)するためのRNAや多コピーのDNAが存在する(この点はミトコンドリアと似ている)。葉緑体は進化の過程で原真核細胞に取り込まれた光合成シアノバクテリア(藍色細菌)に起源をもつとされている。チラコイドの膜は特殊な脂質でつくられている。80%はモノおよびジガラクトシルジアシルグリセロール,10%はスルホキノボシルジアシルグリセロールで,リン脂質はわずか10%である。構成脂肪酸は極めて不飽和度が高く,膜は流動性に富む。ミトコンドリアの内膜とクロロプラストの内部境界膜は透過性が低い膜である。
細胞周期
細胞分裂において、DNAは複製という機構によって同じものがもう1組作られ、2つの細胞に均等に分配される。真核細胞の細胞周期(cell cycle)を下の図に示す。細胞分裂を行っていない休止期の細胞はG0期にある。ヒト体細胞の大部分はこの状態にある。細胞周期は大きくG1期,S期,G2期,M期の4つに分けられ,リン酸化酵素やサイクリンなど多くのタンパク質によって調節されている。
遺伝情報を正確に次の世代に伝えるためには、染色体複製が正確に完了することが必須である。何らかの原因でDNA複製が遅れたときには細胞周期を停止し、複製の完了を待つしくみがあり、これをDNA複製チェックポイントと呼ぶ。G1期からS期への進行はG1/Sチェックポイント,G2期からM期への進行はG2/Mチェックポイントと呼ば,ある種のタンパク質のリン酸化状態によって決定される。
DNAの様子と染色体構造
原核細胞と比べると真核細胞のDNAはサイズが大きいため、DNAを核の中に収めるためには秩序だった折りたたみが要求される。細胞周期の間期ではDNAはヌクレオソーム構造をとり、さらにこれが幾重にも折りたたまれて核の中に存在する(これを染色質 chromatinという)。間期の染色質はクロモメアの状態で核に分散して存在する。密にパックされた染色質をヘテロクロマチン(heterochromatin),粗にパックされたものをユウクロマチン(euchromatin)という。前者はセンロロメアやテロメアのような非遺伝子領域や不活性な遺伝子領域を含む領域である。後者は活性な遺伝子領域である。細胞周期のM期では特有な染色体(chromosome)構造をとる。
[真核細胞の染色体の基本単位(ヌクレオソーム nucleosome)の構造]2本鎖DNAがヒストン8量体の周囲を1.75回転して巻きついている。ヒストンH1はこのDNA鎖を押さえるとともに、H1同士の会合によってクロマチンファイバー(ソレノイド)を形成するのにも役立っている。
ヒストン八量体に巻きついたDNA鎖(上から)
ヒストン八量体に巻きついたDNA鎖(横から)
[真核細胞の核DNAのパッキングとM期の染色体の外観]
Matrixタンパク質にはトポイソメラーゼ IIが含まれる。染色体全体の構造はMatrixタンパク質のフレームワークの形を反映している。
染色体(chromosome)
体細胞中では両親由来の1対の染色体が存在する。これを相同染色体(homologs)といい,細胞周期のM期において,図のような1対の染色体として観察される
DNA複製後、各染色体は2コピーの姉妹染色分体になる。M期では,姉妹染色分体はセントロメアで結合している。セントロメアには動原体(kinetochore)というタンパク質複合体が結合している。動原体にはさらに紡錘体(spindle)の一部を形成する微小管(microtuble)が結合し,細胞分裂の際に染色分体を2つの細胞に分配する。