ここでは、本座談会のテーマである2016年1月30日にギャラリー@KCUAで開催されたイベントとその前後に起きたことについて、経緯をよく知らない方のために簡単にまとめています。当該イベントと前年から行われていた一連のワークショップとの関連については、インターネット上ではほぼ知ることができない情報だったので、主に京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAが発行した報告書[1]に基づいて、やや詳しめに記述しています。
京都市立芸術大学は2013年度から文化庁委託事業「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」として、「アーティストの招聘による多角的なワークショップなどを通じた新進芸術家育成事業」を実施しており、その一環として2015年度には国外より4名のアーティストを招聘し 3 つのワークショップを開催しました。このうち、ポーランドより美術作家のパヴェウ・アルトハメル氏とアルトゥル・ジミェフスキ氏を講師に迎えて実施しされたワークショップが「House of Day, House of Night 昼の家 夜の家」でした。同ワークショップには公募により選出された「育成対象者」である5名と1組(6名のコレクティブ)のアーティストが参加しており、2016年1月には育成対象者による成果発表展としての性格を持つイベント(「真のアカデミー」講義・演習)が複数回行われました。丹羽良徳氏による「88の提案の実現に向けて」はそのうちの一つでした。
「昼の家 夜の家」報告書によれば、同ワークショップでは丹羽氏が提示した「88の提案」のリストの中から、『そのままで実現できそうなもの、少し解釈を加えることが必要となりそうなもの、更にそのままでは実現が非常に困難か、公共区間では実施不可能な項目も選ばれ、その「諸条件を検討」することが目指され』ました[2]。「88の提案」は『2015 年夏のワークショップ「昼の家 夜の家」を受けて そこで実際に行われたこと そこで見聞きしたこと、連想されたことなどが88 個の短い文章で示されており、それらを読むことで ある程度は観客もワークショップを追体験できるようにとの意図もあったらしい』と報告書にはあります[3]。
報告書[1]にはこのイベントで実際に何が行われたかの詳しい説明はありません。イベントを告知するギャラリー@KCUAのホームページには以下のように記載され、イベント後に簡単な報告が追記されました[4]。
<引用ここから>
2016年1月30日(土)14:00~
「88の提案の実現に向けて」丹羽良徳
アカデミーと社会との往来 のなかで「88の提案」よりピックアップした提案の以下の実現に向けて実践的な行動を開始します。
便宜的に講義ということにしておきますが、実際には参加者の実践的な参加が求められます。当日はビデオ撮影を予定しているので、参加者はビデオに映ることをご了承のうえ参加ください。同時刻より増本泰斗 featuring 吉濱翔「bar spiritual fitness」と同時並行で開催。持ち物なし、途中参加・途中退場自由。
14. デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ
78. 男子トイレと女子トイレを入れ替える
74. 階段で野菜の天ぷらを揚げる
85. タクシーで城の周りを5周する
(イベント終了後追記)
上記提案のうち、74と85は実現に向けての実践的な行動が行われ、14については急遽、事情に詳しい方にお越しいただき、仮にそれを行った場合におこるさまざまな問題点について、お話を伺いました。78は未検討です。
<引用ここまで>
この中に「14. デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ」という項目があったことが批判を招く発端となりました。直接的な説明はされていませんが、報告書には『「昼の家 夜の家」ワークショップの講師であったアルトハメル氏とジミェフスキ氏の過去の展示において、会場に「ホテルの部屋もしくは依頼人の家などへ性的サービスを行う労働 を派遣したり 旅先へ同行させたりする会社」』の労働者がゲストとして招かれたことが記されており[5]、この項目が「88の提案」に含まれていたのはそれを受けたものと考えられます[6]。
2. 当日およびその後に起きたこと
2016年1月30日当日にギャラリー@KCUAで起きたことは、げいまきまきさん、ブブ・ド・ラ・マドレーヌさんらがまとめたサイト「Don’t exploit my anger!わたしの怒りを盗むな」に経緯が記されています[7]。また、当日の参加者の方による電子書籍[8]にも当日起きたことの記載があります。以下はそれら記述と、げいまきまきさんおよびギャラリー@KCUAの関係者からの聞き取りに基づいた、本座談会企画メンバーの認識を記したものです。
ワークショップの参加者で「デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ」という項目について話し合いが行われた。そしてセックスワークについて詳しいアート関係者に話を聞いてはどうかという提案がなされ、げいまきまきさんにコンタクトが取られた。電話を受けたげいまきまきさんは、たまたま遠くない場所にいたこともあり、また電話で聞いた話からよくない予感がしたので、現地へ行って話をすることにした。
現地でげいまきまきさんは、この企画がセックスワーカーに対してリスクと恐怖をもたらすものであることを指摘し、ワークショップ参加者との話し合いがなされた。
ワークショップ終了後にげいまきまきさんはその日あったことと感じたことをツイッターに投稿。また有志が当日あったことのまとめとその問題点を指摘したサイト「Don’t exploit my anger!わたしの怒りを盗むな」[7]を公開。
ツイッターに本企画に対する批判の投稿が多くなされた[9]。また本件の参加者ではないアーティストから「アートは人権侵害をすることもある」という趣旨の投稿があったことなどもあり、いわゆる「炎上」のような状況になった[10]
京都新聞が本件を記事に[11]。また学術書や研究者・アート関係者によるブログ、対談等でも本件について批判的に言及されている[12]
京都市芸術大学およびギャラリー@KCUAは、ワークショップ「昼の家 夜の家」の報告書[1]を発行し、その中で「88の提案」についても記載されているが、本件についてネットや書籍等で寄せられた批判に対しては、公式な応答はしていない。
[1] Artist Workshop @KCUA House of Day, House of Night(昼の家、夜の家)
事業報告書, 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA, 2016
[3]同報告書 p22
[3]同報告書 p21
[4] http://gallery.kcua.ac.jp/events/20160109_id=8029#ja 2022年2月時点でこのリンク先のページは削除されていますが、サイト「わたしの怒りを盗むな」に引用として記載されています。
https://dontexploitmyanger-blog.tumblr.com/post/139272281222/アクア事件の時系列による確認-2016年2月14日 (2023.1.4 追記:この情報はギャラリー@KCUAのHPの「昼の家 夜の家」のアーカイブページに掲載されています。 https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2016/2385/ )
[5] 同報告書p11
[6] 2022年2月22日時点で、その意図を丹羽氏に確認はできていません。
[7] https://dontexploitmyanger-blog.tumblr.com/
[8]Art-Phil 『フレーミングするパレルゴンのパルマコン: 丹羽良徳の〈88の提案〉を後に』 Kindle版, 2017
[9] https://togetter.com/li/932391
[10] https://togetter.com/li/932439
[11] 京都新聞 「デリヘルを呼ぶ」は芸術か 提案に賛否飛び交う 2016年5月7日)
[12] 関連文献・サイトのページを参照