2024年版研究紹介動画です
新しい筋電解析と義手応用
電子アメーバ
電子アメーバと自律ロボット
ナノ人工物メトリクス
研究室合宿で作成した研究紹介動画です(2023年版)
電子アメーバの自律歩行ロボット応用
アナログ電子アメーバの研究
ナノ人工物メトリクス(セキュリティデバイス)の研究
電子デバイスの1/fゆらぎの研究
リザバーA計算と筋電義手制御の研究
・確率共鳴(Stochastic resonance)
厳しい環境で生き残るために獲得した反直感的な生物機能
確率共鳴とは、雑音によって微弱信号に対する感度が改善・向上する非線形現象です。1980年前半に地球上に氷河期が10万年周期でおとずれるメカニズムとして提唱されました。その後、コオロギやザリガニが雑音がある環境で敵を察知する感度をあげるために確率共鳴を利用していることがわかり、厳しい環境で生き残るため生物が進化の過程で獲得した機能として知られるようになりました。
電子機器にとって、雑音は微弱信号をかき消す望ましくない存在です。たとえば、携帯電話が圏外でつながらないのは、雑音によって小さな電波がかき消されるためです。しかし、もし、確率共鳴を電子機器に応用できれば、電波を大きくしたり雑音を除去の仕組みを省くことができ、その分、消費電力を減らし使用時間を長くすることや機器サイズを小さくすることが可能になります。
一方で、これまでに理論的研究が数多くなされてきましたが、どうして雑音がポジティブに作用するのかについてはよく理解できていませんでした。理論と実験結果に相違があるのです。そこで我々は、確率共鳴現象を電子的に利用するために必要な理論と技術の両方について取り組んできました。
研究と成果
・半導体トランジスタにおいて電子的に確率共鳴を引き起こすことに成功
・熱ゆらぎによる1個の電子が引き起こす確率共鳴の数理モデル構築と実験実証
・確率共鳴の反直感性の数理を解き明かし、定量的説明に成功(応用物理学会論文賞受賞 2020)
・確率共鳴を応用したロバストな筋電信号検出技術を開発(MNC2013 outstanding paper award受賞)
・電子アメーバ(Electronic amoeba)
生存のために餌を探す粘菌の能力を電子回路に宿す
北大・中垣らによる、単細胞で脳をもたない変形菌(粘菌、アメーバ生物)が迷路を解くという発見は、世界に驚きを持って受け止められました。その後、粘菌がさらに高度な問題を解く能力をもっていることがわかってきました。「電子アメーバ」は、この生物粘菌の高度な計算能力を電子回路上に創発させた新しい電子コンピュータです。
理研・青野らは生物粘菌コンピュータにより巡回セールスマン問題(TSP)を解き、計算機科学のなかでも非常に難しい難問を粘菌が「効率よく」解くことを示しました。「効率がよい」とは、粘菌がまぐれ当たりで答えを探し当てているのではなく、短時間に妥当な答えを探し出すということであり、単細胞の中にその戦略(アルゴリズム)が備わっていることを意味します。この戦略は、生きるために餌を効率良く探し出すために獲得したものであり、10億年以上も種をつないできた比類なき実績を誇ります。
とはいえ、生物粘菌のうごきはゆっくりであり計算に時間がかかります。我々の電子アメーバの狙いは、生物粘菌の動きを電気信号の動きに置き換えることで、生物粘菌の「効率のよさ」と電子回路の「高速応答」を兼ね備えた強力なコンピュータです。その真価は、災害時に道路が多数寸断されたなかで避難できる可能な経路をいち早く探し出すような局面で発揮すると考えられます。
研究と成果
・世界にさきがけて粘菌の動きを電子信号で模倣するアナログ電子回路「電子アメーバ」を創出
・電子アメーバで、NP完全問題である充足可能性問題(SAT)、最大グラフカット問題(Max cut)、さらに難しいNP困難問題である巡回セールスマン問題(TSP)を解くことに成功(Sci. Rep. ,Top 100 in Physics, 2020 (第9位))
・リアルタイムアメーバ最適化によって環境に適合した行動を自ら発見して実行する自律ロボットをデモ
・アメーバ計算の実社会応用を進めるAmoeba Energy Co., Ltd.への技術協力
・なぜ生物粘菌は効率よく探すことができるのか、この疑問に対し生物実験でアタックするのは非常に難しい。実験の再現性が悪く、かつ実験そのものに時間がかかるためです。そこで電子回路の挙動を仔細に観察・分析することでその理由を解き明かそうと試みています。
・ナノ人工物メトリクス(Nano artifact metrics)
小さすぎてコピーできない安全な識別認証技術
ものづくり技術の発達の負の側面として、セキュリティの問題があります。小さな構造を高精度で読み取りコピーすることが容易になり、偽造技術も発達しました。このジレンマを乗り越えるために、電子顕微鏡でなければ見ることができないナノメートルサイズのランダムな構造を「人工の指紋」として用いるセキュリティ技術の研究が進んでいます。これが「ナノ人工物メトリクス」です。
極めて小さいランダム構造をつくる方法がDNPを中心に開発されて、先端の半導体製造技術を利用して作ることができます(量子集積エレクトロニクス研究センターの設備でも作ることができます)。一方で、技術的課題は小さな構造を読み出し、区別(識別)、同定(認証)する方法です。高分解能の電子顕微鏡をつかうことで識別認証は可能ですが、大きくかつ高価な読出し装置になってしまい実用的ではありません。
そこで我々の研究室では、電気的に小さいナノ構造を読み出し識別・認証する新しい技術の研究開発を進めています。具体的には、トランジスタと呼ばれる半導体デバイス+高感度センサ+微細加工技術を組み合わせて極微小構造のちがいを電流-電圧特性のちがいに置き換える方法を編み出しました。現在、テストデバイス試作評価をとおしてアイディアの実験検証を行っているところです。
研究と成果
・ランダムナノ構造の違いを電流-電圧特性の違いに変換するMOSFET型電気的読出しデバイスを考案
・単一ナノ構造を埋め込んだデバイスを試作し、ナノ構造の有無の識別に成功
・次のステップとして、複数のナノ構造を埋め込んだデバイスの試作と識別に取り組んでいる
・電子リザバー計算(Electronic reservoir computing)
いろいろなモノを計算資源として活用できる新しい計算法
リザバー計算とはリカレントニューラルネットをもちいた時系列機械学習フレームワークの1つですが、「作る」観点でこれまでの機械学習とは全く異なり、これまで計算機(コンピュータ)とは全く縁がなかった材料やデバイスをつかって作ることができる、極めて特異な存在です。リザバー計算のフレームワークを利用すると、タコ足が計算し、水が計算し、コンクリートが計算するのです。身の回りのモノがコンピュータになります。
我々は、このリザバー計算の考えを応用し、我々の身体をつかってコンピューティングを行い筋電義手*を操作する、斬新な試みに取り組んでいます。これまでの筋電義手は、身体に取り付けた電極で身体内で発生する活動電位(神経回路の信号)を読み出し、外部のコンピュータで信号を分析し、使用者がどのような動きを意図しているのか推定して、義手を制御する仕組みでした。我々の方法では、外部コンピュータを廃し、身体そのものがコンピューティングを行い分析し、直接義手を動かします。
現在、このコンセプトを実現するために、筋電検出システムとリザバー計算システムの融合に取り組んでいます。
*筋電義手:筋肉を動かす際に身体内に発生する電気信号を検出・利用して操作するロボット義手
・1/ƒゆらぎ (1/ƒ fluctuation)
電子工学を駆使し、どこにでもあらわれるゆらぎの謎を紐解く
1/ƒゆらぎは、自然や、生体内、さらには人工的につくられる電子デバイスにまであまねく観測される、普遍的なゆらぎです。1920年代にその存在が指摘されてから、1/ƒゆらぎが至るところで観測されることや、生物の機能にポジティブな影響を与えることが明らかになってきました。しかし一方で、なぜ「1/ƒ」と呼ばれる性質がどこにでも現れるのか、そのメカニズムや1/ƒの性質を生み出す条件は、依然未解明の問題として残っています。
我々はこの課題に切り込むべく、1/ƒゆらぎ発生メカニズムの有力な数理モデルを電子回路上に再現し、1/ƒゆらぎが本当に発生するかどうか検証しようとしています。もしモデルが正しければ、1/ƒゆらぎが起こる条件も明らかにすることができます。
このテーマは始めたばかりでまだ成果はありませんが、成果が得られれば電子工学に限らず生物や環境など広い分野にわたって貢献できると期待しています。
FED Gr. (Kasai Lab.), RCIQE, Hokkaido University