・ヘリウム上の真空中に浮いている電子を用いて量子コンピュータを実現する!
量子コンピュータは、量子重ね合わせ状態(図1(a))や量子もつれ状態といった量子特有の性質を利用して、現在のコンピュータでは解くことが難しい問題を解決する可能性を持つ新しい計算機です。量子コンピュータにおける情報の最小単位は「量子ビット(qubit)」と呼ばれ、この量子ビットをどのような物理系で実現するかについては、現在さまざまなアプローチが研究されています。
代表的な物理系は、「固体中の量子ビット」と「真空中の量子ビット」に大きく分類されます(図1(b))。固体量子ビットは微細加工技術を用いて高密度に集積化できる点が強みであり、真空中の量子ビットは量子状態が長く保たれる「コヒーレンス時間」が長いという利点があります。量子コンピュータの実現には、集積化のしやすさと長いコヒーレンス時間の両方が重要です。
川上研究室では、ヘリウム表面上の真空中に浮かぶ電子という、固体と真空の中間的な特徴を持つ新しい系を対象としています。この物理系は、まだ研究例が少ないものの、両者のメリットを兼ね備えており、将来的な量子コンピュータの構築において有望な候補と考えられています。
図1 (a)ブロッホ球を用いて量子ビット状態として用いる量子重ね合わせ状態を表している。(b)固体量子ビット・真空中の量子ビットのそれぞれの代表的な物理系。それぞれ高密度な集積化、長いコヒーレンス時間という利点があり、ヘリウム上に浮いている電子は両者のメリットを兼ね備える。
・なぜヘリウム上の真空中に電子が浮くの?
ヘリウムは低温で液体になります。図2のように、液体ヘリウムの上には真空があり、電子はその真空中に浮かんでいます。液体ヘリウムは真空中よりもわずかに誘電率が高いため、電子はヘリウムの方へ引き寄せられますが、ヘリウム原子の閉殻構造によって中に入ることはできず、近づきすぎると斥力を受けます。この引力と斥力が釣り合う位置が、ヘリウム表面から約10ナノメートル上の真空中であり、電子はそこで浮かんだ状態になります。
最近では同じ希ガスで閉殻構造を持つネオンの上の真空中に浮いている電子を用いた研究も始めています。
図2 ヘリウム表面の真空中で、引力と斥力が釣り合う位置に電子が浮かぶ。斥力はヘリウム原子の閉殻構造によって生じる。
当研究室は、5〜10名ほどの国際色豊かなメンバーで構成され、英語を基本とした研究活動を行っています。週に1回、研究の状況を共有するミーティングがあり、量子コンピュータの実現を目指して、多様なバックグラウンドを持つ仲間と意欲的に取り組む方を歓迎します。海外留学の機会もあります。
研究活動を通じて、実験系の立ち上げや希釈冷凍機を用いた低温技術、量子情報の基礎を学ぶことができます。さらに、クリーンルームでの微細加工や、自身で作製したサンプルの測定・解析にも取り組むことができ、実験物理に必要な実践的スキルを総合的に身につけることができます。
図3: (a)電子をネオン上の真空でトラップするための超伝導共振器のサンプル。(b)理研にある希釈冷凍機