「バーニングマウス症候群」BMSについて
口腔内のヒリヒリとした灼熱感を訴える患者さんが、器質的な異常が見当たらず、診断に難渋されているケースは少なくありません。そうした慢性的な疼痛は、近年の研究により、**「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」**の概念で説明されるバーニングマウス症候群(BMS)の可能性を考慮する必要があります。
BMSは、特に閉経前後の女性に多く見られる難治性疼痛疾患であり、患者のQOLを著しく低下させます。長年の研究により、近年その病態の理解が深まっており、適切な診断と集学的な治療が必要です。
バーニングマウス症候群の病態生理
BMSは、単一の原因で説明できるものではなく、末梢神経系の機能異常と中枢神経系の痛覚調節機構の変調が複合的に関与していると考えられています。
末梢神経系の関与:
一部の患者では、末梢の感覚神経、特に痛みを伝える細い神経線維(小径線維)の損傷が示唆されています。
味覚に関わる神経の異常が関与している可能性も指摘されています。
中枢神経系の関与(痛覚変調性疼痛):
BMSは、末梢からの明確な刺激がないにもかかわらず、脳内で痛みが過剰に増幅されてしまう中枢性感作の状態を呈していると考えられます。
「痛覚変調性疼痛」の概念が導入されたことにより、BMSは神経損傷だけでなく、神経系の機能的な変化によって生じる痛みとして捉えられています。
診断と鑑別
BMSの診断は、器質的な疾患を除外した上での除外診断が基本となります。
診断基準(国際口腔顔面痛分類:ICOP)
口腔内の灼熱感または異常感覚が、3か月以上にわたり1日2時間以上、毎日繰り返して出現する。
口腔粘膜には臨床的に明らかな病変を認めない。
他の疾患でよりよく説明できない。
鑑別すべき疾患
BMSの診断に至る前に、以下の全身疾患や局所要因を除外する必要があります。
局所要因: 口腔カンジダ症、ドライマウス(口腔乾燥症)、不良補綴物、義歯不適合など。
全身疾患: 栄養欠乏(鉄、亜鉛、ビタミンB群など)、糖尿病、甲状腺機能障害、特定の薬剤の副作用など。
当科における治療アプローチ
BMSは完治が難しい疾患です。そのため、症状を軽減し、患者さんのQOLを向上させることを第一目標としています。
薬物療法: 神経障害性疼痛へのアプローチとして、抗てんかん薬・神経障害性疼痛治療薬: プレガバリン(リリカ)やガバペンチン(ガバペン)は、神経系の痛みを抑制する作用があり、低用量から検討されます。
抗うつ薬:
三環系抗うつ薬: トリプタノール(アミトリプチン)は、神経障害性疼痛として、さらに中枢神経系に作用する薬として低用量で効果が期待されます。
SNRI: デュロキセチン(サインバルタ)も、痛みを調整する中枢神経系に作用し、慢性疼痛に対する有効性が示されています。
漢方薬を選択、併用する場合もあります。
患者さんの症状や副作用、精神的合併症の有無などを考慮して、これらの薬剤の中から最適なものを選択・併用します。
心理社会的アプローチ: ストレス、不安、うつなどの精神的要因が関与している場合、心理的サポート(認知行動療法など)を組み合わせます。
対症療法: 口腔乾燥対策や、刺激の少ないうがい薬の使用など、局所的な症状に対する治療を行います。