津志田の大黒さん
盛岡市呉服町(中の橋通)に、高与旅館という宿屋がありました。
そこに古びた大きな木彫りの大黒さんがありました。
顔の直径が一尺(約30cm)以上もある大きなもので、ニコニコ顔をした典型的な大黒さんの頭部だけ。
真っ黒く、どっしりしたものです。
扇の形をした厚い台版に取り付けられているので、欄間に掛けて拝んだり眺めたりする様にできていました。
大黒さんは福の神ですので、旅館の主は、商売繁盛や家内安全によくかなっていると気に入って、古道具屋から求めてきたのです。
主は、大黒さんを神棚のそばの欄間に掛けて拝み眺めていました。
ところが、その大黒さんが、いつの間にか畳の上に落ちています。
主は、何かのはずみで落ちたのであろうと、別段、気に留めず、元の位置に掛け直しておきました。
ところが、2、3日したら、また畳の上に落ちています。
こんなに大きくて重いものが落ちたのだから物音もするはずなのに、誰も聴いた者はいなく、大黒さんに手をかけた者もいません。
主は、不審に思いながらも、大黒さまを欄間に戻して掛けておきました。
しかし、数日したら、またも落ちているではありませんか。
「不思議なことだ。これは何か深い因縁があるに違いない!」と思った主は、物知り(占い師)に行って聞いてみました。
すると、
「この大黒さんは、もともと津志田に納められていたものだ。そのお社に帰りたくて、何度掛けても下に落ちるのだ。これは私物にすべきではない!すぐに津志田にお返しした方がよい。」
と言われました。
主は驚き、すぐに津志田を訪れ、大黒さんを大國神社に奉納しました。
津志田の古老たちの話しでは、昔、大國神社の別当(神主)が金に困って、大事な大黒さんを売りとばして金にかえてしまったという言い伝えがあったといいます。
現在、大國神社の拝殿内にニコニコ顔の黒い大黒さんが掛けられ、福々しく親しまれています。
まだ、一度も落ちたことはありません。
大黒さんにこんな事があって高与旅館から大國神社に帰ってきたのは、終戦後、間もない頃です。
それまで大黒さんがどの様に渡り歩いてきたのかは全くわかりませんし、高与旅館も今はありません。
【参考文献】
・盛岡市都南歴史民俗資料館展示資料