東京医科歯科大学 難治疾患研究所

病態生理化学分野

大学院医歯学総合研究科 脂質生物学分野

ホスホイノシタイド研究小史

細胞膜でのシグナル伝達に関するイノシトールリン脂質研究のはじまりは1953年に遡る。奇しくもDNAの二重らせん構造解明と同年、Hokin夫妻は、アセチルコリンでハトの膵臓スライスを処理すると、脂質画分への放射標識リン酸の取込みが増大することを見出した。この取込みの主体がイノシトールリン脂質であった。当時は、アミラーゼの分泌応答に伴うリン脂質の消失を補う機構とも考えられたが、1970年代までには、様々な細胞、様々な受容体アゴニストの組合せでこの現象が見出された。特にMitchellらは、細胞内カルシウム動員との連関を唱え、細胞外シグナルに対する細胞初期応答として一般的なものと考えられるようになった。そして、PI(4,5)P2の分解により生じるDAGがprotein kinase C(PKC)の活性化因子であることを高井・西塚らが1970年代後半に、Ins(1,4,5)P3が小胞体からのカルシウム放出を導くことをBerridgeらが1980年代前半に見出した。御子柴らによるIP3受容体の同定をもって、いわゆる”PI turnover”の意義が分子レベルで説明され、西塚とBerridgeは1989年にラスカー賞を受賞している。セカンドメッセンジャー前駆体としての働きが解明されたのと同時期に、Lindbergや竹縄らはPI(4,5)P2がアクチン調節タンパク質に結合することを見出した。また、イノシトール3位水酸基がリン酸化された微量イノシトールリン脂質やその産生酵素であるPI3KがSklarら、Cantleyらによって同定された。これら発見に派生して、イノシトールリン脂質がタンパク質に直接結合して、細胞内局在を活性や制御するという考え方が生まれ、その後の研究が進展した。