当会の会員のひとりが、能面に魅せられ忙しい日常をやりくりして、「必死!」に仕上げた能面の数々。作者の思いのこもったコメントと共にご覧下さい。
【 面解説参考文献】
玉川大学出版部 中西通著「能のおもて」
学習研究社 三井家旧蔵 能面
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もっとも若い女性の面がこの小面である。
小面の「小」には年若いというだけでなく可憐なあるいは美しいという意味も含まれている。
平安時代の貴夫人や天女などを表す「松風」「井筒」「羽衣」に用いられる。
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この小面は私が生まれて初めて打った能面です(同じ面を二つ作って次に進むため実際には二作目)。仕事で福井県に長期出張中、休日に白山とその周辺の山歩きをしていてたまたま能面工房を覗いたのがきっかけでした。滞在期間が残り1年でしたが即弟子入りして月2回、多い時は4回、約60㎞の工房まで通いました。彫るのが楽しくて毎晩遅くまでやった事を思い出します。始めて完成した時の嬉しかったこと、今でも忘れません。
秀吉が愛蔵していたとされる、雪・月・花3面の小面の内 「花の小面」が三井記念美術館に保存、展示されており、8月初旬に観賞してきました。写真では見ていたが実物を見るのは初めてです。彫り、彩色、全体のバランスすべてがすばらしい。この様な面を打ってみたいと思うが無理ですね。
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翁面は能成立以前に宗教的な儀式などで行われていた歌舞が能に取り入れられ、「翁」として演じられるようになった。肌が白いところから「白色尉」とも呼ばれる。
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小面の次に手がけたのがこの「翁」で福井滞在中の最後の面です。帰るまでに何とか仕上げたいと、脂やに抜きの行程を省略して彩色をした為、数年後表面に脂が出てしまった。この後も翁は2面作ったが、いろいろ表情を変えることも出来るので彫っていて楽しい面です。
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増女(ぞうおんな)ともいい、増阿弥が創作した面なのでこの名がある。
女面の中でも最も気品に溢れた面である。女神や天女、仙女など神性の強いものに用いる若い女面で
『羽衣』「龍田」「三輪」「吉野天人」など神格化された女性の面に用いる。
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増の特徴・表情が何となく出ているが、3作目にしてようやく出来たのがこの面です。1,2作はとてもお見せできません。女面は特に難しいといわれますが本当にそう思います。
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平安時代の貴族 在原業平の表情を写したといわれる。
業平はもちろん、天皇、貴族をシテとするものや、平家の公達を主人公とする曲に使用する。
業平を扱った「小塩」「雲林院」はもちろんのこと「忠度」「清経」にも用いられる。
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眉の描き方、眉根を顰しかめた皺が特徴でどこか憂いの有る表情が中将の特徴の一つだそうですですが、この面もそんな表情になるよう努力したつもりです。業平はかなりハンサムだったようですが、この面は業平になれるでしょうか。彩色もまだまだ未熟です。
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般 若(はんにゃ)
「般若」は室町時代の面打ち般若坊の創作になるところから、この名がつけられたともいわれる。
女の嫉妬や恨み・悲しみや怒りを一面の中に凝縮した凄しい形相の鬼面である。頭に二本の角を生やし口を広く裂いて金属を被せた歯と牙をあらわにし、眼に大きな金環(かなわ)を嵌(は)め、額中央から両脇に分けた髪に乱れた毛を数本垂らし、眉墨を刷いているところが女性であることを示している。赤般若と白般若があり、赤般若は「道成寺(どうじょうじ)」、白般若は「葵上(あおいのうえ)」などに使われる。
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面打ちを始めると誰もが早く般若を彫ってみたいと思うようです、私もそうでした。でも最初から般若は彫らせてはもらえません。私の所属する工房では、小面・翁・増・中将・そして般若に進みます。私は5年目に般若に挑戦しました。この般若は白・赤2面製作した内の赤般若です。
角は別材で作り頭部に取り付けたり(はめ込む)、眼球と上前歯には金属を被せるなど今までの面とは違う技術や工程が加わります。眼球や歯の成型のために専用の道具が必要になり、これらも全て自分でつくります。道具造りや工具探しも結構楽しいものです。
面本体に「角」を取り付ける際に角の太さや湾曲の度合い・先端の向き・前傾・左右の開き具合など取り付け方によって般若の怖さ・凄味或いは迫力が大きく変わることも指導して頂きました。
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作者の小牛清光の名をとって「小牛尉」ともいわれる。翁を別にして老人を示す能面が尉である。
尉面の中では最も品位が高いとされ「高砂」など神の化身として登場する老翁の面である。
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小面・翁・増・中将と般若までが所定の教科でこの5種類を終了することで、彫と彩色について一通りの技術を習得したことになり、(実際には殆ど習得できていないが・・)これ以降は自分のやりたい面を打たせてもらえます。
能面の中で最も品位の高い小尉を選びました。顎髭は翁で経験済で頭髪を植える面は初めてです。
この面の造形はまあまあ良くできたと思っています。彩色は本来のものと少し違います、ご容赦ください。
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元来ただの老女ではなく、年おいた女神であったが、のちに生きた老女にも用いられるようになった。
比較的多くの曲に用いられる。このため造形も様々である。
「高砂」「絵馬」「卒塔婆小町」「当麻」などに使われる。
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お爺さんの次に彫るのはお婆さんと思い挑戦しました。確かにいろいろな表情の「姥」が有るが、この「姥」は悲しい表情が強すぎて自分の作品ながら好きではありません。この次はもう少し穏やかな表情の「姥」にしたいと思っています。
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少年の面で、「枕慈童」(まくらじどう)に用いられるように永遠の生命を象徴する神性を帯びた面として使われます。また「岩船」(いわふね)や「田村(たむら)」「大江山(おおえやま)」などでは、のちに神霊となって出現する予感を漂わせる童子としても用いられ神の化現としての性格が濃厚である。
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少年の面とは言えこの「童子」は可愛い男の子になりました。神霊となって出現するような予感は無理でしょうか?
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乙御前(おとごぜ)とも呼ばれる狂言面です。
お神楽では「お多福」、狂言では「ふくれ」などと呼ばれています。
醜女の役に使用されたりもしますが、この面は健康的で愛らしい表情をしています。
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狂言面には「乙」の他に「空吹き」「賢徳」動物では「狐」「猿」など数多く有りますが今までに手掛けたのはこの「乙」だけです。この「乙」の健康的で愛らしい表情が気に入ってます。
余談ですが数年前、杉並能楽堂(山本東次郎先生のご自宅でもあります)で100面余りの面(一部能面を含む)を拝見させて頂きましたが種類や数の多さに驚きました。特に「乙」については表情の異なる面を幾つも見せて頂き参考になりました。
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「おおべしみ」は天狗魔障てんぐましょうのたぐいとして用いる。(魔障=仏道の修行を妨げる悪魔のしわざ)
「べしみ」とは口を強く一文字に結んで力んだときのいわゆる「へしむ」から転化したものといわれる。
「おおべしみ」は能面としては早くからあったと考えられるもので、天狗として使用されており、「鞍馬くらま天狗てんぐ」「善界ぜんかい」「大会だいえ」に使われる。
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越前(福井県)池田町が毎年行っている「全国新作能面展」に、平成25年度に応募して秀作に入賞した面です。26年2月初~24日池田町能面美術館で展示、その後2月28日~3月24日まで名古屋能楽堂展示室に展示して頂きました。
この作品も2作目のものですが彫り・彩色共自分なりに良く仕上がったと思っています。
今まで数回応募したが入選止まりでした、今回初の入賞でうれしく思っています。
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「しかむ」は顔の皮を縮めて皺をよせる意味であるが、極度の怒りで猛悪な相となった鬼の面が「顰」である。古くは獅噛とも歯噛とも書かれているようです。
眉間に皺を寄せ、眼を怒らし、牙の出た上下の歯列をむき出しにカット口を開いて怒号するような激しい表情が特徴で「羅生門」「紅葉狩」「土蜘蛛」「大江山」などの鬼神の面として用いられる。
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室町時代の有名な能面師 赤(しゃく)鶴(づる)作の「顰」(重要文化財に指定)が三井記念美術館に有ります。これに近い「顰」を打つ、 との意気込みで1年以上かけて出来たのがこの面です。自身ではかなり良く出来たと思っていますが、赤鶴さんの足元までには遥かに遠く、及びません。
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以前紹介した「姥」と同じ名称で、2作目の面です。
1作目の「姥」より少し穏やかな表情の姥を作りたいと思って打ったのがこの面です。
眼と額の皺の形は1作目とかなり違います、また口の両端を少し上げて前のものよりも多少穏やかな表情にしました。
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「猩々」は中国の想像上の精霊で顔は人間に、声は子供に似て、人の声を解し酒を好むといい、能では「猩々」の専用面として使われる。
親孝行の徳をめで、海中から浮かび出た猩々が舞をまい、不思議な酒の壺を授けるという中国の説話に登場する酒好きの精霊の面で、彩色は酔った状態を表現して殆どが朱色である。
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この面は平成25年11月の万葉会で「猩々」独吟に出演させて頂いたのを機に、次に打つ面は「猩々」に挑戦しようかと考えていました。
彫るのも彩色でも苦労し、根気の持続も乏しくなり完成まで1年半もかかってしまいました。
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『曲見』は中年の女性の面で『桜川』『隅田川』『百万』『三井寺』など狂女の役に用いられます。
女面の瞳は通常方形であるが、この『曲見』の瞳は上部が円形にあけられている。
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謡のお稽古で『百万』を始めたのを機に『曲見』に挑戦、完成までに約1年を要しました。
彫りは良くできたと感じていますが、彩色の段階で古色を少々強く掛け過ぎたようで反省しています。