江戸の桜見物五大名所:御殿山(現在の北品川)、隅田川堤、上野山、飛鳥山(現在の王子)、そして小金井です。いずれも天然の桜ではなく植樹によって作られた見どころです。
江戸の三大桜:金王八幡宮の金王桜(現在の渋谷; 一重八重の鎌倉原産)、白山神社の白旗桜(これも鎌倉由来の品種)、圓照寺の右衛門桜(下を参照)。
他に有名だった桜
秋色桜(しゅうしきざくら): 江戸中期の女流俳人 小川秋(おがわあき 1669-1725 俳号は秋色女) が13歳で詠んだ歌にちなむ。上野寛永寺清水観音堂の枝垂れ桜のこと。
墨染桜(すみぞめのさくら):京都の墨染寺で藤原基経の死を悼んだ句に由来する桜と、福岡の天目山興国寺で足利尊氏が再起をかけた句に由来する桜の二つある。
広瀬花隠「禁中左近桜図」(1818) https://sake-museum.jp/sakura/870/ に描かれている、紫宸殿「左近の桜」の栽培品種名は何でしょうか?さくら100データベースの古典における図譜と比較して解析しましょう。
広瀬花隠 (1772-1849) は桜の絵を多く描いています。当時は禁中の桜を自由に見ることは許されず、花隠はその姿を正確に描写したと考えられます。
「怡顔斎桜品」(いがんさいおうひん) は、松岡恕庵が69の品種を絵入りで記した解説本です https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ni14/ni14_00716/index.html 。左の絵は「樺櫻」(うばざくら)とあるように見えますが同名で絵が2つ並んでいます。下の解説は右側に「怡顔斎曰、花形桐谷に似て八重なり鬱金色にして弁によれ有。黄桜とも云。樺茶色也。俗(に)誤て浅黄桜と混ず。浅黄にはあらず」とあり、図からも現在の御衣黄(ぎょいこう)品種に思われます。浅黄桜が緑色の薄い鬱金(うこん)でしょうか。(例えば宮地嶽神社の鬱金を御覧ください。)
江戸時代の書籍は現在と品種名が異なっているようです。他にも異なる品種名があるでしょうか?いつから御衣黄や鬱金に統一されたのでしょうか。
「江戸名所図会」(斎藤月岑 著; 1834,1836)には、右衛門桜が載っています。東京都新宿区の園照寺にある桜で(左の画像では左上に圓照寺とあり)、次ページの説明には「単弁にして芳香殊に優れ類なき名樹なり。里名高き桜なればとて源氏物語の柏木の右衛門といへる名に就きて」(https://dl.ndl.go.jp/pid/2563390/1/18)とあります。この桜は太平洋戦争で焼失しましたが(圓照寺による解説)、左の絵や解説から品種は何だったと考えられるでしょう?EDOMIサイトで右衛門桜の絵を複数みられます(https://codh.rois.ac.jp/edomi/travel/entity/23)。
花壇綱目(かだんこうもく)水野元勝 著 1681 40品種 (日文研 https://ys.nichibun.ac.jp/KojiruienSearch/docs/syokubutubu_1/syok_1_0288_1111.html; https://dl.ndl.go.jp/pid/2536268/1/54)
下
桜珍花異名の事 山ざくら〈壱重なり、桜の中にての中輪なり、〉 ひがん桜〈うす色白、中輪なり、〉 きりが八〈白八重壱重、大輪なり、〉 いと桜〈中輪なり〉 江戸桜〈中輪大輪あり〉 うす色〈壱重の中輪なり〉 浅黄桜〈中輪なり〉 ちもと〈小輪なり〉 伊勢桜〈中輪なり〉 匂ひ桜〈中輪なり〉 こんわう〈中輪なり〉 うば桜〈中輪大輪あり〉 衛門桜〈八重の大輪也〉 あり明〈小輪中輪あり〉 わしの尾〈中輪なり〉 霧が谷〈小輪中輪あり〉 楊貴妃〈中輪なり〉 猩々〈小輪中輪あり〉 塩がま〈中輪なり〉 南殿〈薄赤色有、中輪也、〉 いわいし〈薄赤色の大輪也〉 正宗〈中輪なり〉 てまり〈中りんなり〉 爪紅〈赤色の小輪〉 熊がへ〈中りんなり〉 せき山〈小りんなり〉 普賢像〈中りんなり〉 ひ桜〈中輪大輪あり〉 仁和寺〈中輪大輪あり〉 虎の尾〈中輪大輪あり〉 奈良桜〈八重壱重、中輪、〉 よし野〈中輪、八重壱重、〉 車がへし〈中輪大輪あり〉 法輪寺〈大輪なり〉 きりん桜〈中輪大輪あり〉 さかて桜〈中りんなり〉 糸くヽり〈中輪なり〉 はちす〈中輪なり〉 大山木〈中輪大輪有〉 八重一重〈中輪大輪有〉 右は桜の名なり、此ほかにもあるべし
地錦抄(じきんしょう)伊藤伊兵衛 三之丞 著 1695(日文研 https://ys.nichibun.ac.jp/KojiruienSearch/docs/syokubutubu_1/syok_1_0287_1110.html; https://dl.ndl.go.jp/pid/2569460/1/25 )
三
桜のるい〈木春中末〉 〈桜は、蕚くヽり花茎長くさがりて咲およしとす、猶うるわしき色ありて、〉 吉野〈中りん、ひとへ、山桜共いふ、吉野より出るたねは花多く咲て見事也、古今序に、春のあした、ふじの山のさくらは人丸が心にはもヽるこのみなんおぼえける、〉 なでん〈うすむらさき、八重くヽりてさがる、〉 奥州なでん〈なでんより木形よく、木ちいさくして咲ゆへ、桜の枯には是おつぐ、〉 楊貴妃〈うるわしき色あり、大りん、八重、よほどさがる、〉 きりがやつ〈八重、ひとへ有、大りん、さがる、〉ちやうちん〈八重、大りん、くヽりて長くさがる、〉 大手鞠〈色あり、ずいぶんくヽりさがる、〉 小手鞠〈色有、小りん、〉 大ぢやうちん〈右之花形成ほど大りん〉 わしの尾〈よほど色あり、大りん、くヽりてさがる、〉 らいてう〈うすむらさき、八重、よくくヽりさがる、〉 とらの尾〈色あり、大りん、くくり長くさがる、〉 浅黄〈水あさぎ色、八重とひとへあり、〉 しだれ〈少色有、ひとへ、小りん、木はおほく柳のごとくしだるヽ也、〉 ひがん〈うすあか色、ひとへ、小りん、二月時正の時分花咲、秋のひがんにも自然花咲事有、〉 大しだれ〈花形つねのしだれ也、木しだるヽ事おふふうなり、〉 色よししだれ〈花形色よし〉 右衛門桜〈少色有、しべ長く少くさがる、〉 ふげんざう〈色有、八重、花中より葉一枚づヽ出るよし、〉 丸山〈色あり、よくくヽて長くさがる、〉 たいさんぼく〈色有、くヽり長さがる、〉 こんわう桜〈澀谷金王丸が植雲、桜の種か、色は白、一重、大りん、〉 ちもと〈色有、せんやう、小りん、〉ぢしゆ〈色有、大りん、くくりてさがる、〉 にはざくら〈白紫の二種有、成程せんやう、小りん、〉 なら桜〈いにしへのならの八重ざくらか〉 しほがま〈色あり、せんやう、大りん、成ほどくヽりてさがる、〉 ぼたん桜〈色有、大りん、八重、くヽりさがる、〉 ひよとり〈むらさきせんやう、大りん、くヽりて長くさがる、〉 うば桜〈色有、八重、大りん也、落花迄葉なし、〉 ちござくら いぬざくら ひたちころ はちす きりん うすいろ ひざくら おそざくら いとざくら いとくり くまがへ ありあけ しやう〴〵 さこん〈禁中に有よし〉 まさむね ほうりん寺
怡顔齋櫻品(いがんさいおうひん)松岡玄達 著 1758 (六十有九種と原典にあるが https://dl.ndl.go.jp/pid/2536945/1/25 数え方は不明。目次に別名として書かれているものを以下では = で表現)三好学は「桜花概説」(品種の章)で20余種が現存と書いています(もっとありそう)。
彼岸櫻 (単, 婆彼岸, 八重彼岸), 糸櫻 (大志だれ, 小志だれ, 芳野垂枝, 千瓣糸桜), 熊谷櫻, 婆櫻, 児櫻, 殿櫻, 芝山櫻 =鷲尾, 逆手櫻, 帆立櫻, 帆掛櫻, 駒繋櫻 =駒留, 山櫻 (紅 白), 小櫻, 白櫻, 雪山櫻, 一文字, 薄墨櫻, 桐谷 =八重一重=車返, 江戸櫻 (大 小), 法輪寺, 江戸法輪寺 =法善寺泰山府君, 樓間櫻, 海棠櫻, 千本櫻, 九重櫻, 浅黄櫻, 樺櫻 =黄桜, 樺櫻 =白樺, 爪紅, 楊貴妃, 有明櫻, 手毬櫻 =毬櫻, 糸括 =大手毬, 提灯 (大 小), 五所櫻, 照君櫻, 香櫻, 緋櫻, 薩摩緋櫻, 虎尾 =紅, 泰山府君, 真櫻, 外山櫻, 暁櫻 =明星櫻, 普賢象, 犬櫻 =奈天=上溝, 瞿麥櫻 (なでしこ), 鳳来寺, 鹽竈櫻, 名嶋櫻 =名嶌櫻, 大膳櫻, 伊勢櫻, 奈良櫻, 遅櫻, 不断櫻 (単 重)=若木櫻=節會櫻=十六日櫻=三度櫻