第57回研究例会が、2026年7月25日(土)午後1時半より6時半まで、国士舘大学世田谷キャンパス メイプルセンチュリーホール5階第1会議室およびZoomにて開催されましたので、以下の通りご報告いたします。対面参加者は20名ほど、加えてオンライン参加者が5人程でした。ご参加いただいた方々には改めてお礼申し上げます。
開会の挨拶 澤田直(代表理事)
研究発表・講演と質疑応答 以下、司会者からの報告です。
(発表原稿は、加筆の上、今後の『エレウテリア』に掲載予定です。)
大川拓真(新潟大学大学院) 司会:森功次(大妻女子大学)
「前期サルトルにおける意識的なものの出現の問題
──『想像力』第二章のベルクソン『物質と記憶』批判から」
大川氏の発表は、『想像力』第二章に見られるベルクソン批判を読み解きながら、サルトルのイマージュ論の萌芽的アイデアを取り出し、そのアイデアを後の著作へと接続させようとするものであった。
全体の構成は以下のようなものである。まず大川氏はベルクソン『物質と記憶』第一章から、サルトルが批判していた論点に限定してベルクソンのイマージュ論を取り出し(第1節)、続いて、サルトルの『想像力』に立ち戻って両者のズレを確認する(第2節)。その後、「フッサール現象学の根本概念」や『存在と無』の「諸論」へと範囲を広げ、ベルクソン批判の論点がその後のサルトル思想にどのように活かされているかを示そうとする(第3節)。
以下、各節の内容を細かく見ていこう。第1節ではベルクソンのイマージュ論の基本軸が確認される。ベルクソンにとってイマージュは、「(実在論者が言うところの)もの」と「表象」との中間にあるもの、という位置づけにある。ベルクソンからすれば、われわれをとりまく事物はすべてイマージュであることになる。
第2節では、そうしたベルクソンのイマージュ論をサルトルがどう批判したのかが考察される。大川氏によれば、サルトルが問題視したのは「一つのものであるはずの意識に受動と能動の関係が持ち込まれる」点である。ベルクソンのイマージュ論を敷衍すると、あらゆるものが意識ということになってしまい、自己意識という関係を理解できなくなってしまう。
第3節では、まずベルリン留学中に執筆したとされる「フッサール現象学の根本理念」の論点が取り上げられる。そこで提示されているのは、意識とは何ものかに向かうものであるという志向性の論点、そして意識と対象は互いに絶対的なものではなく相対的関係にあるという論点である。
大川氏はその論点を『存在と無』諸論の議論につなげて考察を進める。サルトルは、意識の対象は、意識とは別に意識の外側に存在するものと考える。この点をふまえ大川氏は、サルトルはベルクソンの言うような「事物イマージュの超越性は認めることができても、そうした超越的存在が表象イマージュとして構成されることは認めることができない」とまとめる。最後に大川氏は、こうした議論が『存在と無』の自己意識論へとつながっていることを示し、初期のイマージュ論が『存在と無』で発展的に議論されていると主張する。
本発表は、ベルクソンのイマージュ論に向けられた批判からサルトルの想像力論・意識論の特徴を示そうとするチャレンジングな試みであったが、やはり両者の「イマージュ」概念が指すものがそもそもかなり異なっているため、質疑における多くの質問は、その比較作業がどこまで整合的に行われうるのか、という点に向けられていた。
私のみるところ、やはりサルトルとベルクソン、両者の「イマージュ」は、指しているものも、想定されている具体例もきわめて異なる。初期のサルトルはまだ自らの存在論をはっきり確立できていないまま、(半分は心理学研究に依拠しつつ)独自のイマージュ論を組み立てようとしており、その試行錯誤の中で、自説に都合のいいように先行論者のヒュームやベルクソンのイマージュ概念を批判しているが、そもそもサルトルとベルクソンの存在論・世界観が大幅に異なっており、両者の存在論の中で「イマージュ」がもつ位置づけも極めて異なっている。両者の言う「イマージュ」は、もはやまったく別概念と言ってもいいくらいのものだ。サルトルのベルクソン批判の折り合いの悪さの大元には、この両者の存在論の大きな違いがあり、そのせいで初期サルトルのベルクソン批判は、妥当な批判になっているのか検証するのがきわめて難しい。大川氏も、「ベルクソン思想とのずれを扱った研究は手薄」だと指摘しているが、それはある程度理由のあることなのだ。大川氏の発表はそこに切り込もうとする意欲的な発表だった。
初期サルトル想像力論の研究は、2018年のÉtudes sartriennesにDES論文が掲載され、近年新たな展開を見せている。本研究もそうした流れに乗る研究の一つと言えよう。初期サルトルの想像力論がどういう経緯で、誰をどう批判することで形成されてきたのか――これはまだまだ開拓可能な問題領域である。そう思わされた発表であった。本発表は大川氏の修士論文の一部に組み込まれる構想になっているそうである。今後の展開に期待したい。(森功次)
有田英也(成城大学) 司会:竹本研史(法政大学)
「ドリュ・ラ・ロシェルを読むサルトル ― Cahier Lutèceを中心に」
サルトルの「リュテス手帖」の読書メモでは、彼とは政治的に対極にあるドリュ・ラ・ロシェルに大部分が充てられている。「僕と共通する特徴」という記述があるように、ドリュ・ラ・ロシェルとサルトル自身が頻繁に対比され、「リュテス手帖」にも、同時期に執筆された遺稿「現実の習得」にも、ドリュ・ラ・ロシェルが好んだ「指導者(chef)」と「独裁者(dictateur)」という言葉が登場する。有田英也氏による講演は、「リュテス手帖」に見えるドリュ・ラ・ロシェル像を再現することで、当時のサルトルの関心の在りかを探ろうとしたものである。
有田氏はまず、「リュテス手帖」以前に書かれた匿名記事「ドリュ・ラ・ロシェルあるいは自己嫌悪」を取り上げ、サルトルが、ドリュの心根とナチズムの底には自己嫌悪と、それが生み出す人間嫌悪があると喝破し、「協力者とは何か」、『文学とは何か』、『ユダヤ人問題の考察』などにおいても、同様の論を進めていると指摘する。つまり有田氏は、1940年代のサルトルにとって、ドリュ・ラ・ロシェルは敵手として位置づけが確立していたと主張する。
次に有田氏は、「リュテス手帖」でサルトルが、絶対の要求をめぐり、「僕と共通する特徴」と相違点をまとめるが、ドリュにとっては政治行動が破綻し、作品が内破すれば、死において絶対が成就される一方、サルトルにとって死は終わりではなく、作者の死後に作品が絶対的評価を得て神格化されるという大仰な身振りをしていることを指摘した。
さらに有田氏は、ドリュの「宗教的全体性」に、サルトルが革命的ロマンティシズムあるいはファシスト的恍惚感を読むには、サルトルの1954年段階での革命観を紐解く必要があるが、「リュテス手帖」では、革命については寡黙であり、その代わり、「指導者」と「独裁者」に寄せる遺恨のこもった想いが鮮明であることに着目する。これら二つの語が、1950年代半ばの彼の複雑な社会意識を物語るだろうと有田氏は論じている。
有田氏はまた、サルトルの「指導者」への言及が自身に回帰する一方、「独裁者」への言及は創作者としてのドリュ・ラ・ロシェルに直結すると喚起する。有田氏によれば、サルトルはみずからを「独裁者」に祀り上げ、世界のほとんどを占める大衆に法を説く。だが、彼の生きる環境が激変すると、暴力に免疫のないサルトルは級友たちに苦しめられた。他方、「王の子」という自己認識は、若いドリュを鼓舞する一方、過度のエリート主義が実力との落差を痛感させ、彼も指導者の器ではなかったと有田氏は述べる。
有田氏は以上を踏まえて、『文学とは何か』における「誰のために書くのか」という問いへのサルトルの回答は、自由な世界の自由な読者のために書くという、いたって民主的かつ人間中心主義的な解であり、「リュテス手帖」においてなお、彼の歴史的制約が見られると主張した。有田氏は最後に、当時のサルトルは、作家を自分の天命だと感じつつ、歴史内存在であることをいまだ経験によっては知りえない少年の生きた「幸福な」幼年時代の物語として『言葉』を紡ぐ一方で、共産党との蜜月時代にありつつ、「リュテス手帖」のなかでは、政治参加の極北を他者の生において再構築しようと試みているように思われると結論づけた。
このように、有田氏の講演は、緻密な読解、コーパスの広さ、そして時間軸の射程の長さなどに基づいた非常に豊潤な内容であり、そのため、講演後、会場と有田氏とのあいだで、幅広い観点から質問やコメント、そして応答が大変活発になされていた。(竹本 研史)
Jean Bourgault ( Co-responsable du Groupe ITEM-Sartre ) 司会 澤田直(立教大学)
« Penser en écrivant. Quelques remarques sur l’étude génétique de l’œuvre de Jean-Paul Sartre. »
サルトルの草稿研究の第一人者であり、現在ITEM(フランス国立近代草稿研究所)のサルトル班の哲学部門の責任者を務めるジャン・ブルゴー氏にオンラインで講演をしていただいた(講演はフランス語で翻訳なし)。発表のタイトルはPenser en écrivant. Quelques remarques sur l’étude génétique de l’œuvre de Jean-Paul Sartre(書きながら考える。ジャン=ポール・サルトルの作品の生成研究に関する考察)。ブルゴー氏は、ミシェル・コンタによって始められたサルトルの草稿研究を引き継ぎ、ジル・フィリップ、グレゴリー・コールマン、ヴァンサン・ド・コルビテールらとともにこれまで多くの草稿を活字化してきた経験に基づき、サルトルの草稿の現状とその特徴を縦横に語った。
発表は3部構成で、⑴サルトルの執筆の特徴について概観したのち、⑵サルトルの草稿の現在の状況の概要を説明、⑶いくつかの具体的な草稿について、①自伝的作品、②倫理的著作、③『家の馬鹿息子』の3分野にわけて解説した。
⑴サルトルは頭で構想したことを、紙に記すという形で執筆するのではなく、ペンを手に、文字を記しながら、思考する。それが原稿からも見てとれる。一気呵成に書かれ、ほとんど書き損じがない。書き直すときは、すべてを消して、同じことを一から書き直すという他に例を見ない執筆形態である。ブルゴー氏は、ボーヴォワールの回想録や『嘔吐』の例などを引きながら、この点を例証した。
⑵現存するサルトルの草稿の状況はITEMのサイト
Catalogue génétique général des manuscrits de Jean-Paul Sartreで誰でも簡単に確認できる。https://www.item.ens.fr/manuscrits-sartre/
フランス国立図書館(BN)所蔵のサルトル文庫はNAF 28405という番号でまとめられている。ミシェル・ヴィアンやアンドレ・ゴルツなどサルトルと親しかった人びとが旧蔵していたものの寄贈だけでなく、蒐集家が売りに出されたものの買い取りからなる。
https://archivesetmanuscrits.bnf.fr/ark:/12148/cc58343
『戦中日記』の手帖をはじめ、重要なものが多いが、10年前に死去したサルトルの養女アルレットのもとにあったものが近年6500枚ほど収蔵され、さらには7000枚ほどが整理を待っているから、それらからも新発見の可能性があるだろう。一方、書簡については、今後なお20年間は公開されないことになっている。それ以外に、イエール大学などアメリカの複数の大学にも所蔵されており、閲覧が可能である。
⑶①自伝的作品に関しては『言葉』の草稿はBNに所蔵され、ミシェル・コンタにより詳しい研究がなされた。今後『戦中日記』の手帖の現物の閲覧が可能になるから、さらなる発見もあるだろう。②倫理的著作についてはCahiers pour une moraleとして書籍化されていない同時代の草稿(旧ゴルツ蔵)が、この秋、Etudes Sartriennes上で活字化される予定である。そのほか、60年代のイタリアでの講演などについても研究の余地はある。③『家の馬鹿息子』については、まったく未整理の膨大な草稿がBNにあり、そこには発見されるべきことが眠っているはずだから、若い研究者にぜひとも取り組んでほしい。
ブルゴー氏は、講演を終えた後、会場からの複数の質問にも丁寧に答え、たいへん熱気のこもった雰囲気でセッションは終了した。(澤田直)
総会
2025年度収支決算報告 会計担当の翠川および会計監査の水野より報告があり承認されました。
『エレウテリア』第4号について森功次編集委員長より11月発行予定との説明がありました。
終了後、懇親会が開催され、14名が参加しました。
書籍
澤田 直『ジャン=ポール・サルトル』、水声社、2026-7.16
ジャン゠ポール・サルトル 文学と哲学のはざまの思考 《知の革命家たち》 | 水声社 Web S...
西山 雄二、渡名喜 庸哲、長坂 真澄[編著]『フランス思想におけるイスラエル/パレスチナ:1948年から現在まで』、 読書人 2026 所収
関 大聡「サルトルとイスラエル/パレスチナ ―消え去る知識人?」
アブデルケビール・ハティビ(澤田 直 訳)「反ユダヤ主義とシオニズムを越えて」
フランス思想におけるイスラエル/パレスチナ 西山雄二(編著) - 読書人 | 版元ドットコム
森岡 実穂 『劇場と表象 : オペラ・演劇・映画と批評』中央大学出版部 2026. 3 所収
加賀野井 秀一「無形態な「音」と建築的な「音楽」 : 「存在」をめぐる三島由紀夫とサルトル」
劇場と表象 森岡 実穂(編著) - 中央大学出版部 | 版元ドットコム
論文
赤阪 辰太郎 Limitrophe (10) 58-74, 2026-03-31
ヴィンコ・グロボカール「『音楽』から抜け出る」の翻訳と解題 : サルトルからの影響と「アンガジュマンの音楽」
坂本 光太 音楽研究 : 大学院研究年報 38 155-170, 2026-03-31
黒木 秀房 人文学報. フランス文学 (522-15) 143-164, 2026-03-25
張 乃烽 立教大学フランス文学 55 203-220, 2026-03-23
小倉和子教授退職記念号
テーヌ、ブロシャール、リボーとサルトル : 『想像力』における十九世紀フランス実証主義心理学の批判的継承
大川 拓真 知のトポス = Topos : 世界の視点 (21) 105,107-126, 2026-03
本学会では、これまでハラスメント対策委員会などは設置してきませんでしたが、会員相互の人間関係で生じうる迷惑行為を未然に防ぐとともに発生した場合の解決を図るため、理事会では目下ガイドラインの作成と相談窓口の開設を考えています。会員のみなさまからもご意見を寄せていただければ幸いです。
・『エレウテリア』第4号は11月発行予定です。
・本学会では、研究発表・ワークショップ企画を随時募集しています。発表をご希望の方は、下記のメールアドレスにご連絡下さい。なお例会は例年7月と12月に開催しています。
E-Mail : ajes.office@gmail.com
・サルトル関連文献には漏れもあるかと思います。ご自身で新たに発表された論文や著書などがあればお知らせいただけるとありがたいです。
・会報が住所違いで返送されてくるケースが見受けられます。会員の方で住所、メールアドレスが変更になった方は、学会事務局までご連絡ください。なお、会報はメールでもお送りしています。会報の郵送停止を希望される方は、事務局までご連絡ください。