当財団のルルド北礼拝堂の前身は、日本基督教団 西中国教区 山陰東分区に属する出雲のぞみ伝道所です。伝道所の土地・建物は、将来当伝道所のために用いられるとの用途指定をした上で、日本基督教団を名義上の所有者とする「特別財産」となっています。
ところが2015年以降、伝道所と教区との間に牧師=教師(当財団の設立者 大沢)の身分問題を中心に紛争が生じ、現在に至るまで継続、その背景には教区の極端なイデオロギーに基づく反日極左的・人権左翼的運動に対する、伝道所の教師・信徒側からの強烈な反発が根強くあり、もはや「特別財産」の土地・建物の帰属さえもが危ぶまれる事態となりました。しかしそれらを死守し続けて、今日に至っています。
伝道所は教団離脱(もしくは伝道所内からの教団・教区排除)を宣言、2025年10月に当財団を設立し組織的に移行しましたが、教区はこれらの動きを認めず、自らの「監督権」を盾に旧 伝道所への強引な人事介入を試み、更には教団に働きかけて2026年2月、財団設立者の大沢に対し日本基督教団における教師としての「戒規/停職」処分を科しました。そのような中、
教団・教区の推進する数々の社会運動においては、山口県の長生炭鉱「水非常」遺骨収拾活動において1名、沖縄辺野古への基地移設反対運動において同じく1名の死者を出していたところ、この度2026年3月、後者辺野古における反対運動の「抗議船」転覆事故によって、活動家の牧師1名に加え、無辜の女子高校生1名 計2名の死者を出すに至りました。これを「平和学習」の美名の下に黙認・看過していてよいのか。もうこれ以上、
活動家牧師らの限度を逸脱した左傾化、宗教と政治の癒着、キリスト教伝道・宣教の建前に隠れ、その実態は反社会的で危険な反日カルトであり、現代の異端であり、世の中に有害な宗教団体と化している日本基督教団の(現状のままでの)存続を許さない! そのような精神の下、私たちは戦いの輪を広げていきます。
今、日本基督教団に対し、ハッキリと否!の声を上げているのは、元教団の内部からは設立者 大沢はじめ私たちが唯一、「美術館と花の教会」(旧 出雲のぞみ伝道所)はその戦いの唯一無二の最前線です。(日本基督教団 と 日本キリスト教団 とは同一の団体を指します。/大沢章夫)
(このイメージ写真?ポスター?チラシ?はAIでの試作品です。一部読めませんし。)
日本基督教団の「正常化」は、教会が本来の教会としてのあるべき姿、その健全性を回復していく営みを意味する言葉として、従来から使われてきました。それは「清浄」であり、「浄化」であり、更には「聖浄」即ち「聖なるものへの浄め」でもあります。一部の者らが主張するように、教会は単なる地上の歴史的・人間的な組織、また此の世の存在としてのみ扱われるべきではなく、その超越性こそが真に宗教的な信仰を担保します。同教団の標榜する「多様性の豊かさ」は、教会のあり方には当てはまらない左派との妥協の産物です。教会の理想は一様、正解は一つです。
そのための働きを、私たちはしかし教団正常化「会議」とは命名しません。「会議」制は日本基督教団が盲目的に信奉する基本原則である上、「会議」と銘打たれた反日組織が現実には話し合いでなく、乱暴で横暴な実力行使にのみ頼る姿を私たちは目にしてきたからです。祈りや証しや讃美によらず、み言葉にも神学にもよらず、人々の「議論」によって教会を立てようとする試みは、「議論」によって滅びます。名ばかりの民主主義(デモクラシー)は人民支配(デーモス+クラート)ではなく、悪魔(デーモン)の支配・支持者(クラート)として、安易な人間第一主義へと堕していきます。他方、伝統的な勢力が合法的であろうとする余り、話し合いによる対話姿勢のみを貫いて、全くの無力・無効力のまま終わった事実、あるいは何もせず見過ごした罪科も否定しがたい。
形だけの合法ではなく、ギリギリの場面においては正当な非合法=正しく、程よく、清く美しい実力行使をも辞さない覚悟が必要です。実力とは、微力(美力)ながらも魅力(美力)のことだ。教勢の著しい低下によって教団自体もそうですが、教区の圧力によって私たち「美術館と花の教会」(旧 出雲のぞみ伝道所)もまた同様に、ひいては日本のプロテスタントのみならずキリスト教界全体が、今や〈有事〉、まさに〈存立危機事態〉に直面しているのです。このまま放っておいても教団は衰退→自然消滅しますが、その速度を速め、一刻も早くトドメを刺さなければなりません。
「会議」ではなく、行動を! 正しいゴールを目指し、競技のごとくに競え、戦え! 未来に向け、先を争え!
①「教団正常化選手権大会」略して「正常化選手権」と称する。更に略せば「正・選(せいせん)」、それは正しい選び=選択であるが、聖戦でもある。
②美を追求する財団の理念を社会的使命にまで拡げ、設立者の大沢はこの「大会」の「美化委員」に立候補する。
③教団内外、教会内外から選手の参加(エントリー)を募り、選手同士の競争・競走(狂騒?)ではなく、従来の敗走でもなく、〈一致団結して〉過激な反日極左勢力たる偽教師(牧師)らの駆逐・一掃・根絶・撲滅を計る。目標(ゴール)に向かって、我らは急ぐ。
④あらゆる手段・方法を駆使する。戦う教会(エクレシア・ミリタンス)としての〈十字軍2026〉を掲げ、専守防衛に限り軍事力(戦力・武力)=実力を行使する! と宣言することを以て、侵略に対する抑止力とする。
⑤1969年の「教団紛争」(教団内左右対決)ぼっ発以来の「失われた」50年、2017年のプロテスタント教会ぼっ興500周年を経て、我らは今、第二のまた最後の【宗教改革】へと歩みだす。
※競技にエントリーして下さる方々のお名前を当HP上に刻み、そのお働きとご貢献とに応じて表彰致します。個人・団体を問わず、奮ってご参加下さい。「賞を得るため、目標を目指してひた走れ!」(使徒パウロ/新約聖書「フィリピ書」3・14)
日本基督教団 西中国教区より、『教区月報』2026年4月号が届きました。設立者への戒規執行についての、教区側の見解が述べられています。同時に、相変わらず辺野古への基地移設反対に関するチラシも同封されていました。
①この度、沖縄辺野古の抗議船転覆事故により死者を出した責任の大半は、当財団の前身である出雲のぞみ伝道所の属していた西中国教区に代表される、日本基督教団のもつ反日極左的体質、牧師の身分を隠れ蓑とする同教団の左翼活動家らの誤った福音理解とカルト的狂信、また彼らを駆逐・一掃できないまま長らくそれを看過してきた伝統的なグループらの無力と不作為にある。この場を借りて強く抗議し、このことを理由の一つとして、出雲のぞみ伝道所は同教団を離脱し、あるいは同教団の影響を伝道所から完全に排除するために、当財団を設立したこと、当財団は反(もしくは非)日本基督教団の立場を取ることを改めて明らかにする。
②この事故に先立ち同教団は、西中国教区の要請に応えて、当財団の設立者大沢章夫を「戒規」に附し、無期限の「停職」処分とすることを決定・通知すると共に、『教団新報』誌上に公告した。「戒規」とは懲戒の側面もあるが、主として本人の悔い改めを促すための措置である。四旬節でもあり、そこに記されている事柄は概ね事実であるので、大沢本人は大きな反省を伴ってこれを受け入れることを決意する。寧ろ、その振舞いの数々は本来「停職」で済まされる話ではない。他方、指摘された事柄は当初から明確な意図をもってなされたものであり、伝統的な教会破壊を目指す同教区の顕著な傾向を一貫して退け、教会本来の健全と清潔又は聖潔を死守せんとして行った行為であることをも、同時に表明する。
③西中国教区は法規の恣意的な形式的適用によって、我々の実態を考慮しないまま一方的に、同教区前議長を伝道所の代務者とし、教団も我々の要望を無視してこれを承認し、教区ウェブサイトにもその旨記載されている。また同議長は多数の者の目に触れる公式の文書上や、会議における録音された音声内で、再三にわたり我々の「犯罪」に言及して印象操作による誤解を与えている。すぐに告訴や法的措置を取ることも可能であるが、伝道所はすでに当財団へと組織的に移行しており、当財団は今後とも同教師の介入や、その反日極左的で教会破壊的な活動家としての活動を認めることはない。
④当財団のルルド北礼拝堂(元 出雲のぞみ伝道所)の土地・建物は、伝道所自らのため用途を指定した「特別財産」として、名義上教団の所有とされている。今後、教区が教団を懐柔し、法規を恣意的且つ形式的に運用して同礼拝堂(旧 伝道所)を奪取・詐取せんとすることが予想される。極端なイデオロギーに基づく、また教区の財政難を背景や動機とするそうした暴挙には、断固として応じない。
⑤教区人事による伝道所の元牧師が犯した、会堂建築献金の多額の横領とその未返済事件、教区によるその事件の隠蔽はじめ、独自に把握している教団内の数々の重大な不祥事についても、今後世の中に広く知らしめ、詳らかにしていく用意がある。
結び:特定の政治的なイデオロギーへと洗脳せんとする隠れた動機を偽って、平和学習の名の下に、無垢な若い命を安易に奪うに至った日本基督教団、当財団の前身である伝道所に今もって迫害を加え続ける西中国教区に対し、重ねて強い抗議を表明すると共に、政治的信条の如何に関わらず、当財団の内部及び外部の人々に対し、当財団はこれからも同教団・教区との一切の悪しき関係を断ち続けることを、設立者として宣言し、この場に約束する。(以上、設立者:大沢章夫)
(2.の項に「大貴殿」?とあるのは誤入力と思われます。)