病原性大腸菌などの細菌は、食べ物などに付着して人に感染するとき、胃の強い酸性環境を通過して小腸にたどり着き,そこで感染を成立させます。
大腸菌は2重の膜構造により外界から隔離され、一定のバリア効果がありますが、外膜が多孔質(穴が開いており、物質の通過を許す)為に外膜と内膜に挟まれた「ペリプラズム」という空間は外の環境変化、例えば酸性化、に敏感に反応します。この時、ペリプラズムの中の大切な蛋白質が酸にさらされ、形を失う(変性する)危険に陥り、機能喪失、そして菌の死滅につながります。
そこで、ペリプラズムには蛋白質を酸から守る「分子シャペロン」と呼ばれる専門の蛋白質を保有し、環境が酸性に陥ったときにこれらの蛋白質を保護する様にしています。
ペリプラズムの分子シャペロンであるHdeAは蛋白質を酸から保護する時、少し他の蛋白質とは異なる仕組みを活用します。HdeAは,通常のペリプラズムでは分子シャペロンとした働かず、環境が酸性に偏って水からの構造を失ったとき(変性したとき)始めて分子シャペロンとして働きます。そして環境が再び中世に戻るとHdeAは元の「休眠状態」に戻ります。通常の蛋白質とは逆の、「構造を持たないときに機能を持つ」というHdeAのこの仕組みは一種の「pH」センサーをこの蛋白質に付与し、不必要なときに分子シャペロンの機能が発揮されないような巧妙な仕組みになっています。
我々の研究グループではHdeAの構造にはもう一つの形態、パーキンソン病やアルツハイマー病に見られる「アミロイド線維」という規則正しい線維状の沈殿構造を作ることを見いだしました。
HdeAのアミロイド線維は一般的なアミロイドとは異なり、中性pHでは溶解するという「pHに依存した可逆性」が見られました。他のアミロイド線維は一度できるとその形の安定さのため再び溶解する事は難しいために細胞に沈着して病気の原因ともなるのですが、HdeAの場合は養液のpHに応じて「休眠構造」「活性構造」「繊維構造」の間を自由に行き来する性質を見せました。
この特徴は「蛋白質の構造の動き」を研究するうえで大変珍しく、貴重です。
ペリプラズムにはHdeAの他に、構造と働きが大変似ている第2の分子シャペロン、HdeBがあります。最近、我々の実験でHdeBもまた、HdeAと同じように「中性では休眠構造」「酸性では分子シャペロン」「同時にアミロイド線維元来る」事を見いだしました。HdeBの場合はHdeAとは異なり、そのアミロイド線維化の仕組みはかなり複雑である事がわかってきております。両者の比較を通して更に詳細な蛋白質の構造と動きの理解へ到達したいと思っています。
蛋白質工学研究室ではこのHdeAやのダイナミックな構造の動態を詳細に解析して、状況に応じて変化する蛋白質の構造の仕組みを解明する事を目指しています。
いずれはこの研究を通して疾患の治療などの有益な成果につなげていきます。