現在まで、早稲田大学、高知大学、奈良女子大学、昭和大学で研究を行っています。研究概要についての紹介です。
・ エストロゲンのメントール誘導性体温上昇抑制メカニズムの解明
エストロゲンがメントールによって起こされる体温上昇を抑制するメカニズムについて、冷受容分子と熱産生遺伝子について着目し、研究を行いました。(文献22)
・ アシルグレリンが寒冷時体温調節反応へ与える影響
グレリンにはアシルグレリンとデスアシルグレリンの2種類があります。この実験では、アシルグレリンの体温調節行動への作用に着目し、研究を行いました。(文献21)
・ 若年女性において月経周期がメントール刺激時の足の皮膚温におよぼす影響
メントールは冷受容分子TRPM8の作動薬として知られています。メントール刺激時の足の指の皮膚温調節は月経周期の影響を受けることを明らかにしました。月経周期はTRPM8を介した皮膚温調節に影響するかもしれません(文献19)。
・ 若年女性において月経周期が局所冷却時の足の皮膚温におよぼす影響
冷えを感じる女性にとって、足は最も冷えを感じる場所であることが先行研究で明らかになっています。足の冷えに月経周期が関係するか、研究しました(文献15)。
・ エストロゲンのメントール刺激による体温調節反応へ影響
末梢の感覚神経には温度受容分子TRPM8があり、冷たさを感じています。エストロゲンは寒い環境で体温調節行動を促進することが、私達の研究で明らかになりました。このとき、エストロゲンはこれらの受容体も介して行動を起こしているのか、メカニズムについても、動物モデルを用いて実験しています。(文献16)
・ エストロゲンのシナモアルデヒド刺激による体温調節反応への影響
末梢の感覚神経には温度受容分子TRPA1があり、冷たさを感じています。TRPA1の作動薬であるシナモアルデヒドを用いた実験をしています。(文献18)
・ [共同研究] エストラジオール消退に伴う暑熱耐性低下メカニズムの探索
研究分担者として実験に参加します(研究代表者:早稲田大学 永島計教授)。
・ [共同研究] 若年及び中年女性における冷え症の調査―脂質摂取との関連―
冷え症に食事中の脂質摂取、更年期症状との関連があるか、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンが関係するか、アンケート調査を行いました。(森本恵子教授との共同研究)(文献17)
・ [研究協力] 精神性ストレスとエストロゲンに関する基礎研究
実験に一部協力しています(研究代表者:森本恵子教授)。
・ [研究協力] 高脂肪食摂取とエストロゲンに関する基礎研究
実験に一部協力しています(研究代表者:森本恵子教授)。
・ [研究協力] 衣類内温度計の開発
依頼があり、株式会社フジキンソフト ICT事業本部の女性を対象とした衣類内温度計の開発について一部協力しました(2016年終了)(文献10)
・ [情報提供] 自動車の開発
依頼があり、株式会社本田技術研究所の自動車開発について情報提供しました。
・ [情報提供] 機器開発
依頼があり、株式会社村田製作所の機器開発について情報提供しました。
・ 絶食およびデスアシルグレリンは寒冷時の尾隠し行動に影響するか?
空腹になると寒く感じませんか?空腹時には、グレリンとデスアシルグレリンというホルモンが胃から分泌されます。デスアシルグレリンは最近、体温調節に作用することが分かってきました。雄ラットにおいて絶食、またデスアシルグレリン投与は寒冷時に体温調節行動である尾隠し行動を増やすこと、その時、脳の特定部位のcFos蛋白発現が上昇することが分かりました(文献14)。
・ 女性ホルモンのエストロゲンは寒冷時の尾隠し行動に影響するか?
雌ラットにおいて軽度な寒冷暴露時にエストロゲンが尾隠し行動を増やすこと、その時、脳の特定部位の神経活性に変化がみられることが分かりました(文献7,8,11)。
・ [共同研究] 一夫一婦制げっ歯類におけるパートナーロスに伴う社会心理ストレス性痛覚過敏
ストレス時の体温計測、解析、免疫組織化学染色について研究協力しました。(研究代表者:高知大学 大迫洋治准教授)
・ 時間特異的な体温調節に関わる脳視床下部視交叉上核の神経ペプチド分布
神経ペプチドのアルギニンパソプレシン(AVP, Arginine vasopressin)と血管作動性腸管ペプチド(VIP, Vasoactive intestinal peptide)の視交叉上核における発現に着目し、免疫組織化学法を用いて取り組みました。(文献6)
・ 脳視床下部視索前野の神経活性分布は暑熱と寒冷刺激で異なるか?
神経マーカーのcFos蛋白を用い、マウスの脳視床下部視索前野で暑熱と寒冷刺激時のcFos蛋白発現分布の違いを免疫組織化学法を用いて研究しました(文献13)。
・ 性周期と女性ホルモンの体温日内リズムへの影響
雌ラットにおいて性周期や女性ホルモンのエストロゲンが体温リズムの安定性に影響するかを研究しました(文献12)。
・ 女性ホルモンは寒冷時自律性体温調節に影響するか?
雌ラットにおいて女性ホルモンのエストロゲンが寒冷時の自律性体温調節反応、例えば、皮膚からの熱放散の抑制や褐色脂肪組織の熱産生に影響するかどうかを研究しました(文献1,2,4)。
・ 低エネルギー時の新たな寒冷時体温調節行動
寒冷時にラットは尾を体の下に隠す行動がみられ、尾隠し行動と名前をつけました。この行動が雄ラットにおいて絶食時に寒冷時の体温維持に役立つ行動であることを明らかにしました(文献3,4)。
◎女性ホルモンが寒冷環境の体温調節に与える影響~自律性と行動性の調節~ 中枢と末梢の両面から
(1). 研究概要
普段意識することはありませんが、体温調節は暑熱、寒冷といった外気温の変動下におかれる生物の生命維持に重要なシステムです。国内観測史上最高気温は2013年に高知県四万十市で観測された41.0℃ですが、もし体温調節ができず、気温に伴って脳温が41.0℃になったとしたら、私達は死に至るでしょう。
私は体温調節と女性ホルモンの一つであるエストロゲンの関わりに強い興味を持って研究を進めてきました。エストロゲンは肥満、摂食障害、アルツハイマー、睡眠障害など多数の疾患に関与することが知られていますが、体温調節への影響とその作用機序は明らかになっていません。
私は女性の寒冷環境の体温調節に対するエストロゲンの役割について一貫して研究してきました。実験動物は雌ラットを用い、脳の中枢メカニズムについては、薬剤の脳局所投与、神経マーカーのcFos蛋白を使った免疫組織化学法による解析を中心に取り組みました。
その結果、エストロゲンは雌ラットの寒冷時体温調節反応を強く修飾すること、また、そのメカニズムに脳視床下部が関与していることが明らかになりました。エストロゲンは特に視床下部の内側視索前野に作用していました。また、この作用は寒冷時の尾部の血管収縮に伴う熱放散抑制反応に関係することが明らかになりました。
つまりエストロゲンは雌ラットの視床下部に作用し、体表から熱を逃げにくくすることで、寒い環境で体温維持に貢献するといえます(文献1,2)。
一方、寒冷環境におけるラットの特異的な行動についても研究を行っています。
寒冷時にラットは尾部を体幹下に隠す行動をみせます。これを尾隠し行動(Tail-hiding behavior)と名付け、その生理学的意義について研究を行っています。
絶食し産熱能力を低下させたラットにおいて、実験的に尾隠しできない状態を作ると、寒冷環境で体温低下が起きることが明らかとなりました。
つまり、尾隠し行動は寒冷時の行動性体温調節であることが明らかとなりました(文献3)。また尾隠し行動はエストロゲンにより促進し、この反応に脳の島皮質が関与することが明らかとなりました(文献11)。このように、雌ラットにおいて、エストロゲンは中枢である脳に作用し、自律性、行動性体温調節に影響するといえます。
現在、エストロゲンが中枢だけでなく、末梢の冷受容分子TRPM8、TRPA1を介した体温調節反応に影響するかどうか、実験を進めているところです。
このような研究についてまとめた学術書籍(文献4)、総説(文献7, 8, 9, 20)を出版しています。
(2). 社会的意義
高齢化社会で女性の閉経後の人生は30~40年にもなり、日本において更年期女性の約35%は「ほてり」や「冷え症」といった体温調節異常と思われる不定愁訴を訴えています(文献5)。
現在行っている研究によって、寒冷時の行動性体温調節のメカニズムが明らかにされるだけでなく、摂食や女性ホルモンバランスの乱れが行動性体温調節をいかに変容させるかが解明され、将来的に治療薬の開発に役立つことが期待されます。
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2. Uchida et al. Estrogen modulates central and peripheral responses to the cold in female rats. The Journal of Physiological Sciences Vol.60 Number 2(March): 151-160, 2010.
3. Uchida et al. Tail position affects the body temperature of rats during cold exposure in a low-energy state. Journal of Comparative Physiology - A Vol.198 No 2 (February): 89-95, 2012.
4. Yuki Uchida*. The Role of Estrogen in Modifying Thermoregulation and Related Behavioral Responses, Waseda University Press, ISBN:978-4-657-13511-7, 2013.
5. Melby, Chilliness: a vasomotor symptom in Japan. Menopause 14(4): 752-759, 2007.
6. Uchida et al. Characteristics of activated neurons in the suprachiasmatic nucleus when mice become hypothermic during fasting and cold exposure. Neuroscience Letters Vol.159 No 5 (September): 177-182, 2014.
7. 内田有希*. 女性の冷え症~ヒトと動物の基礎研究からの視点~. 繊維製品消費科学 Vol.56, No 9 (9月):725-731, 2015.
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10. 内田有希*, 永島計, 森本恵子. 新たな衣服内温度計による女性の就寝中の衣類内温度計測の試み:ケースレポート. 人間科学研究 第30巻1号(2月):15-18, 2017.
11. Uchida* et al. Systemic estradiol administration to ovariectomized rats facilitates thermoregulatory behavior in a cold environment. Brain Research, Vol.1670 (September):125-134, 2017.
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13. Uchida et al. Regional differences of cFos immunoreactive cells in the preoptic areas in hypothalamus associated with heat and cold responses in mice. Neuroscience Letters Vol. 665, 130-134, 2018.
14. Uchida* et al. Fasting or systemic des-acyl ghrelin administration to rats facilitates thermoregulatory behavior in a cold environment. Brain Research, Vol. 1696 No.1 (October), 10-21, 2018.
15. Uchida* et al. The effect of menstrual cycle phase on foot skin temperature during mild local cooling in young women. The Journal of Physiological Sciences Vol. 69 No.1, 151-157, 2019.
16. Uchida* et al. Estradiol administration suppresses body temperature elevation induced by application of menthol to ovariectomized rats. Journal of Thermal Biology Vol. 78 (December), 281-289, 2018.
17. Uchida* et al. Correlations between “hie-sho” interview score and progesterone, fat intake, and Kupperman index in the pre- and post-menopausal women: A pilot study, The Journal of Physiological Sciences, in press
18. Uchida* et al. Cinnamaldehyde application decreases tail temperature in ovariectomized rats with and without estradiol administration. Journal of Thermal Biology, Vol.83, 54-59, 2019.
19. Uchida* et al. Effect of the menstrual cycle phase on foot skin temperature during menthol application in young women. Journal of Thermal Biology, in press.
20. 内田有希*, 女性の性周期. 体育の科学 Vol. 70 No. 2, 112-116, 2020.
21. Uchida* et al, Systemic acyl-ghrelin increases tail skin temperature in rats without affecting their thermoregulatory behavior in a cold environment. Neuroscience Letters Vol. 737 (October), 135306, 2020
22.Uchida* et al. UCP1 and TRPM8 expression in the brown fat did not affect the restriction of menthol-induced hyperthermia by estradiol in ovariectomized rats. Journal of Nutritional Science and Vitaminology in press.
女性ホルモン、摂食ホルモンと体温調節の関係を研究することで、ヒトの健康で快適な生活の維持、実現に貢献したいと考えています。