メダカの可動性遺伝因子の転位頻度調節に関与する要因
メダカのTol2因子は脊椎動物で初めて見つかった転位活性を現在でも保持したDNAトランスポゾンである。我々はTol2の転位頻度への関与が示唆される要因をいくつか見いだした。またTol2が生殖細胞で転位することで、次世代の表現型に影響を及ぼす遺伝的変異を引き起こすことを示した。これは、DNA型トランスポゾンが現在でも、ゲノム再構成の原動力として機能していることを示唆している。
背景
可動性遺伝因子(トランスポゾン:transposon)は染色体上を移動することのできる塩基配列であり、転位の方法により「レトロトランスポゾン」と「DNA型トランスポゾン」に大別される。レトロトランスポゾンは自己を複製したRNA中間体を介してコピー&ペーストで転位するのに対し、DNA型トランスポゾンは転移酵素によりカット&ペーストで転位する。トランスポゾンは移動に伴って塩基配列の改変や、遺伝子の破壊を引き起こす場合があり、ゲノム再構成の原動力のひとつであると考えられている。だが脊椎動物においては壊れた状態で発見されるトランスポゾンが殆どであり、現在ではゲノム改変への関与は小さいと考えられていた。特に転位能を保持したDNA型トランスポゾンは見つかっていなかった。
そんな中、1996年に初めて、古賀章彦らにより内部に完全な転移酵素をコードした遺伝子を持つDNA型トランスポゾンがメダカにおいて同定され、Tol2(Transposable element Olyzias latipes #2)と名付けられた (Koga at al., Nature, 1996)。Tol2は2倍体ゲノムあたりおよそ20コピー存在しており、ほぼ全てのコピーで配列は保存されている。また、ニホンメダカとごく近縁な数種のみがTol2を持っていることから、Tol2は比較的新しくメダカゲノムに出現したトランスポゾンであると考えられている。
その後、プラスミド上にクローニングしたTol2配列が、転移酵素による触媒下で様々な生物種で転位することが示されたが、メダカのゲノム内の内在性Tol2コピーが自然状態で転位するかどうかは証明されていなかった(発表論文1)。
研究成果 私はメダカのアルビノ変異体のひとつが、Tol2因子の挿入による突然変異で引き起こされたものであることを示した。メダカi b系統は、初期発生において黒色素の形成が遅延する表現型を呈するアルビノ変異体である。この系統は、チロシナーゼ遺伝子(メラニン合成酵素)の上流領域にTol2の挿入を持っていることを見いだした(発表論文2、図1)。このTol2コピーは体細胞ではわずかに切り出されているが、次世代に野生型表現型に復帰した個体は生じない。つまり生殖細胞での転位は起こっていないと推測された。
次に、Tol2の転位頻度を低く抑制している要因の探索を行なった。トランスポゾンの転移反応は核内DNAを基質とした酵素反応であるため、その転移酵素は核移行シグナルを保持し、核内に局在することが知られている。そこで、Tol2の転移酵素をLacZで標識した融合タンパク質の細胞内局在を調査した。当初の予想とは異なり、Tol2転移酵素は哺乳類培養内では核を避けて主として細胞質に分布し、中央部の33アミノ酸が核外局在活性を持つことを明らかにした(発表論文3)。
また基質側での転位頻度調節要因として、ゲノムDNAのメチル化にも着目した。5-Azacitidine処理によりDNAの低メチル化を誘導したメダカ胚では、Tol2の切り出し反応が上昇することを見いだした(発表論文4)。この上昇は複数のメダカ系統の異なるコピーで観察されたため、挿入箇所に依存した機構ではなく、Tol2配列内部のメチル化に依存した転位頻度調節機構だと考えることが出来る。
以上の結果から、Tol2の転位頻度は条件次第では生殖細胞においても上昇するのではないかと考えた。そんな折、上記の研究と並行して兄妹交配を重ねていたi b系統から、体色が野生型に戻る個体がわずかに生じることを発見した(図2)。野生型の体色を持つ復帰突然変異体のゲノムでは、チロシナーゼ遺伝子上流のTol2コピーが完全に消失していた。切り出し後のフットプリントには数bpの範囲で配列の多様性が見られた(発表論文5)。またチロシナーゼ上流のTol2コピーが切り出された個体では、他の場所に挿入されたTol2コピーも転位しており、ゲノム全体で構造変化が起こっていることを示した(発表論文6)。以上の結果から、Tol2は挿入による遺伝子の破壊のみならず、切り出される際にもゲノム配列に多様性を及ぼし、表現型に影響を与えることが明らかになった。切り出しにより生じた多様性はTol2の痕跡が残らないため、トランスポゾンがゲノムの構造変化に及ぼす影響は、これまでの予測よりも大きく見積もることができるのはないかと考えられる。
その後
以上の研究により、現在でもゲノム構造を変化させ得る内在性トランスポゾンが脊椎動物にも存在していることを初めて明らかにした。その後、古賀や堤らにより、発見当初は崩壊した因子だと考えられていたTol1因子も転位能を持ち(Tsutsumi et al., Pigment Cell Res, 2006)、内部に転移酵素を持った自律的コピーの存在が明らかとなった(Koga et al., J Hum Gent, 2007, Watanabe et al., Genome, 2014)。このようにDNA型トランスポゾンは、現在でも脊椎動物のゲノム構造の変化に大きく貢献している可能性がある。
発表論文
(1)Koga A, Iida A, Kamiya M, Hayashi R, Hori H, Ishikawa Y, Tachibana A.
The medaka fish Tol2 transposable element can undergo excision in human and mouse cells.
Journal of Human Genetics 48 (2003): 231-235.
(2)Iida A, Inagaki H, Suzuki M, Wakamatsu Y, Hori H, Koga A.
The tyrosinase gene of the i b albino mutant of the medaka fish carries a transposable element insertion in the promoter region.
Pigment Cell Research 17 (2004): 158-164.
(3)Iida A, Tachibana A, Hamada S, Hori H and Koga A.
Low transposition frequency of the medaka fish Tol2 element may be due to extranuclear localization of its transposase.
Genes Genetics Systems 79 (2004): 119-124.
(4)Iida A, Shimada A, Shima A, Takamatsu N, Hori H, Takeuchi K, Koga A.
Targeted reduction of the DNA methylation level with 5-azacytidine promotes excision of the medaka fish Tol2 transposable element.
Genetical Research 87 (2006) 187-193.
(5)Iida A, Takamatsu N, Hori H, Wakamatsu Y, Shimada A, Shima A, Koga A.
Reversion mutation of i b oculocutaneous albinism to wild-type pigmentation in medaka fish.
Pigment Cell Research 18 (2005): 382-384.
(6)Koga A, Iida A, Hori H, Shimada A, Shima A.
Vertebrate DNA Transposon as a Natural Mutator: The Medaka Fish Tol2 Element Contributes to Genetic Variation without Recognizable Traces.
Molecular biology and evolution 23 (2006) 1414-1419.
図1:i bアルビノ変異体におけるチロシナーゼ上流領域へのTol2の挿入。
図2:メダカ初期胚における黒色素出現の表現型。i b系統で見られるマイルドなアルビノ表現型が、Tol2の切り出しが起こった復帰変異体では回復している。