≪ティーボールと山形県連盟の活動≫
1977年(昭和52年) 早稲田大学教授の吉村正氏(日本ソフトボール協会理事長・全日本学生監督・早大ソフト部監督)が小学校低学年・生涯ス ポーツの研究会としてスタート
1993年(平成5年) 日本ティーボール協会発足(会長 海部俊樹氏)
各都道府県に準備委員会を設置。山形県は県ソフトボール協会会長 杉本新太郎氏を準備委員長に
1998年(平成10年) 第一回全国ティーボール大会を東京ドームで開催
2002年(平成14年) 文部省体育指導要領で、ボール型スポーツとしてティーボールの体育指導と、全国の小学校へティーボール用具の普及要請
2003年(平成15年) 山大附属小野球スポーツ少年団監督の山川彰夫が杉本準備委員会委員長と打合せをしながら引継ぎし、
日本ティーボール協会ルールによる活動を開始
2007年(平成19年) 日本ティーボール協会の要請により、「日本ティーボール協会 山形県連盟」を発足
6月17日(日)わずか4チーム(山大附属・山二小・山五松・桜田小)の参加で「第一回山形県大会」を山大附属小
グラウンドにて開催、山大附属が初優勝し全国大会へ出場
2008年(平成20年) 6月29日(日)県内各地より17チーム参加で、山辺町民グラウンドにて各界の来賓をお招きし「第二回山形県大会」を開催
寒小(寒河江)が優勝、準優勝の山大附属とともに全国大会へ
寒小が初出場で全国ベスト8に進出
2009年(平成21年) 各地域で予選会を経て県内32チームが参加し「第三回山形県大会」を開催。中山会場・山辺会場の2ブロックで運営。
寒南ガッツ(寒河江)と鈴川小(山形)がそれぞれブロック優勝し全国大会へ
鈴川小が全国ベスト4、寒南がベスト8のダブル入賞
2010年(平成22年) 県内各地域予選会に約60チームが参加、32チームで「第四回山形県大会」を開催。
寒小と山辺小がブロック優勝。全国大会では寒小が山形県に二年連続のベスト4をもたらす
2011年(平成23年) 日新製薬(株)様より優勝旗を寄贈して頂く。また文部科学省の「新・学習指導要領」の実施に伴い小学校の体育の授業で ティーボールが実施される。
県内各地域予選会に約70チームが参加、32チームで「第五回山形県大会」を開催。
寒小と蔵桜RFがブロック優勝。全国大会では蔵桜RFが山形県勢初の決勝進出、惜しくも準優勝。寒小もベスト8に輝く
2012年(平成24年) 県内各地区予選会に約70チームが参加し、32チームで「第六回山形県大会」を開催。
神町スーパースターズ、日新レッドスターズがブロック優勝。
全国大会では日新がベスト8の入賞
2013年(平成25年) 県内各地区予選会に約70チームが参加し、32チームで「第七回山形県大会」を山形市総合スポーツセンターで初開催。
舟形ビッグサンダーズが優勝、天童南部小リトルファイターズが準優勝で全国大会へ
全国大会では天童南部小が県勢4度目のベスト4入りを果たす
2014年(平成26年) 県内各地区予選会を実施し、初めて酒田・飽海地区を含む32チームで「第八回山形県大会」を山形市総合スポーツセンターで開催。
陵南ジュニアが優勝、寒小スラッガーズが準優勝と寒河江・西村山地区の2チームが全国大会へ駒を進める。
全国大会では、4度目の出場となる寒小スラッガーズが悲願の県勢初となる全国制覇を成し遂げる。
2015年(平成27年) 昨年同様各地区予選会を勝ち抜いた32チームで「第九回山形県大会」を山形市総合スポーツセンターで開催。
寒小スラッガーズが4回目の優勝、舟形ビッグサンダーズが準優勝で全国大会へ駒を進めるも、ベスト8に留まる悔しい結果となる。
この年初めて、11月22日に快晴の下、山辺町民グランドにて「第一回山形県新人交流大会」を24チームで開催。
3年生以下によるブロック戦を行い、ブロック優勝を競い合った。