異常高価数のCrをもつ1T-CrSe2の特異な逐次構造相転移

異常原子価の遷移金属元素をもつ化合物は、その特異な価数に起因した不安定な電子状態を形成し、温度や磁場等の外場を加えることで特性が大きく変化するため、新規機能性材料として期待を集めている。特に異常原子価であるCr4+をもつ化合物は、強い磁気的相互作用に加えて、d2 の電子状態に起因したクラスター形成の自由度、Cr4+の価数の不安定性に起因した特異な電子状態の形成が期待できる(図1)。

このような化合物として、1T-CrSe2に着目し研究を進めてきた(S. Kobayashi et al., Phys. Rev. B 89, 054413 (2014).等)。1T型構造をもつ遷移金属ダイカルコゲナイドMX2 (M: 遷移金属、X: カルコゲン元素)は、多彩なクラスター形成を示し、そのクラスター構造は分子軌道形成を考慮するとd電子数により整理されることが提案されている(図1, M. H. Whangbo et al., JACS 114, 9587 (1992).)。その中で、CrSe2は2段階の構造相転移を示すものの、低温構造は明らかになっていなかった。さらに、1T-MX2化合物の多くはクラスター形成に伴い非磁性化するのに対し、CrSe2の基底状態は反強磁性である(J. Sugiyama et al., Phys. Rev.B 94, 014408 (2016).)。そこで、本研究では、CrSe2の基底状態における構造と磁性の関係を明らかにするために、放射光X線回折測定を行った。

放射光X線回折測定の結果、CrSe2は逐次構造相転移に伴い、2段階にCrの直線型三量体を形成することが明らかになった(図2)。つまり、CrSe2は分子クラスターと反強磁性が共存した特異な基底状態を実現していることになる。この基底状態形成の起源を明らかにするため、S部分置換を行ったCr(Se0.95S0.05)2の構造、磁性、伝導性を調べたところ、基底状態が長距離分子クラスターを形成しない非磁性絶縁体であることが明らかになった。両者の構造比較を行ったところ、基底状態における層間アニオン間距離が、一定量S置換を行うことで劇的に伸長したことから、層間のアニオン結合の有無(CrSe2: 結合有、S置換物質: 結合無)が両者の物性の違いの要因であると結論付けた。つまり、本系の物性には、アニオン間の相互作用とCr間の相互作用の両者が重要な役割を果たすことが明らかになった。本研究結果はCr4+のもつ化合物の特異な性質の一面を明らかにしたものである。

本研究結果は、Inorganic Chemistry誌に掲載され、論文のcoverにも選定されている。また、日本語版の解説記事が日本結晶学会誌に掲載されている。

S. Kobayashi, N. Katayama, T. Manjo, H. Ueda, C. Michioka, J. Sugiyama, Y. Sassa, O. K. Forslund, M. Månsson, K. Yoshimura, H. Sawa “Linear Trimer Formation with Antiferromagnetic Ordering in 1T-CrSe2 Originating from Peierls-like Instabilities and Interlayer Se–Se Interactions” Inorganic Chemistry 58, 14304 (2019). Chosen to be “cover” of journal.
小林 慎太郎, 片山 尚幸, 澤 博 "異常高価数のCrをもつCrSe2の特異な逐次構造相転移" 日本結晶学会誌 62, 221 (2020).